THE ZIPPERZが9年にも及ぶ“活動停止”を停止し、2019年5月5日に新宿Marbleでのライブを以って活動再開することを発表した。ラッキー・クッキー・センヌッキー(Vo./Harp.)の家庭の事情を理由に、2010年9月9日に同じく新宿Marbleで開催したライブを最後に無期限の活動休止を宣言してから早9年…。そんな長い眠りから覚めたROCK'N'ROLL ZOMBIEが最初の獲物に選んだのが、活動21周年を迎えた歴戦の猛者であり盟友でもあるSTANCE PUNKSだ。ここに至るまでの経緯を紐解くべく、両バンドの中心人物同士による特別対談が実現した。
 
「ロックの面白さって、“今まで何をやってきたか”じゃなくて、“今この瞬間に何をやるか”で全てが決まるところというか」
 
ラッキー:じゃあ、まずは乾杯ということで!
 
TSURU:よろしくお願いします〜。
 
一同:カンパ〜イ!
 
TSURU:ローリング・ストーンズの物販スペースで会って以来ですね。
 
ラッキー:東京ドームであった来日公演で、物販に人がたくさん並んでいるところでバッタリ会ったんだよね(笑)。
 
TSURU:Tシャツを買うために並んでいたら、“あ、ラッキーさんだ!”となって。
 
ラッキー:あれが2014年だったから、意外と久々だねぇ。俺はいったんライブハウス界隈から完全に姿を消していたから…。
 
TSURU:確かにライブハウスに行くと、自分もやりたくなっちゃいそうですよね。
 
ラッキー:それは一理あるね。昔から“こう決めたら、こう!”というタイプなので、いったん離れるとなったらもう(近付かない)…という感じだったんです。そこから今回、私事ながら復活するという流れになって。9年という本当に中途半端なタイミングなんだけど(笑)。
 
TSURU:ハハハ(笑)。
 
ラッキー:でも実は去年くらいまでは、“(復活は)もうちょっと先なんじゃないかな”と思っていて。“やらない”という選択肢は元々なかったんだけれども、それが今年だとは思っていなかったんです。キッカケは何か1つじゃなくて、色々な要素があって…。その1つとして去年の11月頃、住んでいる街のレコード屋でSTANCE PUNKSのポスターを見かけたことがあったんだよね。
 
TSURU:へぇ〜。去年の11月ということは、ちょうど俺らのアルバム(『青盤赤盤』)が出た頃ですね。
 
ラッキー:そうそう。そこでSTANCE PUNKSは去年20周年だったことを知って、すごく感動して。“自分のバンドは今、休んで何年くらいになるんだっけ?”と振り返ってみた時に、“そろそろやろうかな”と思うキッカケの1つにはなったかな。
 
TSURU:俺は“もうやらないんだろうな”と思っていたから、単純に嬉しかったですね。たとえばラッキーさんの仕事が忙しくてライブが全くできない状況だったのか、それとも何かモチベーション的にやる気になれなかったのかという、そこの理由は気になっていました。
 
ラッキー:いったんバンドを休止しようと決めたキッカケは、家族だったんですよ。うちの家族は兄弟がいなくて、自分と両親だけで。(若い頃は)両親に対して“ここまで育ててもらって、ありがとうございました。あとは自分で好きなようにやります”という感じだったので、当時はTHE ZIPPERZみたいなバンドをやっていても何も問題はないと思っていたんです。バンドをやっている時はいわゆる“Nothing To Lose”で、他は全部捨ててロック以外に何もないという状態でやる潔さに憧れがあったというか、それこそがロックなんだと思っていて。
 
TSURU:そういうところはありますよね。
 
ラッキー:でもある時に“あとは私の人生なので、このまま好きに生きますから”というのが“果たして本当にロックなのか…?”ということをなぜか突然思ったんだよね。なぜそう思ったのかはわからないけど、父親と母親はそこに納得していないのを知っていたし、自分でもそれが気になってはいて。この世界で“家族”と呼べるたった2人の人間が納得していない状況で、好き勝手にやっているのは“ロックじゃないな”と思ったんです。
 
TSURU:親には、ちゃんとした生活をして欲しいと思われていた?
 
ラッキー:たぶん、そういうことなんだろうね。俺は勝手に“自分はちゃんとした生活をしている”と思っていたんだけれど、両親が納得していないのにそのまま続けるのはカッコ悪いなと思って。“じゃあ、納得してもらった上でやりたいな”ということで、いったん休もうと思ったんですよ。
 
TSURU:そういうことだったんですね。
 
ラッキー:そこから活動休止して就職するとなった時に、ハローワークにまず行ったんだよね。39歳まで肉体労働しかしたことがなかった男に、果たして仕事があるんだろうかと思いつつ…。それで色々と仕事を探している中で、とあるデイサービスの会社が事務を募集しているということで面接に行ったんです。その時に面接をしてくれた女性に“あなたのキャラクターだったら事務よりも、実際に介護のお手伝いをする仕事をやったほうが良いよ”と言われて。ただ、その会社は既に人手が足りていたから、とりあえず現場を見学させてもらったんですよ。
 
TSURU:なるほど。
 
ラッキー:実際に認知症の人を見るのも初めてだったんだけれども、そこですごく衝撃を受けて。無表情で一切笑わないという人がいたので、その人に勇気を出して“こんにちは!”って挨拶をしたんだよね。そしたら、その人がにっこり笑ってくれたんですよ。それを見た職員の人たちも“この人が笑ったのを初めて見た!”と、すごく驚いていて。その時に“ひょっとしたら俺はこの世界で何か役に立てることがあるのかもしれないぞ”という勘違いをして(笑)、どこか雇ってくれるところはないかと探した結果、拾ってくれたのが今の会社だったという。
 
TSURU:ラッキーさんが就職できるのか…(笑)。
 
ラッキー:自分でもビックリだよね(笑)。でも自分なりにこの仕事を極めて、自信が持てるようになったら、両親も納得してくれるんじゃないかなと思って。もしそうなったらまた自分のやりたいことをやろうということで、まずは“この世界で頑張っていこう!”と決めたんです。そこから介護の資格を取ったり、ある程度の経験も積んでいったりして、老人ホームの施設長にもなったんですよ。
 
TSURU:へぇ〜!
 
ラッキー:でもそういう施設を管理する立場になると、夜中にも電話がかかってきて急に呼び出されたりすることも多くて。正直、“この仕事をやりながらではバンドをやれないな”と感じていたんだよね。それで悶々としていた時期に、一度死にかけたことがあったんです。
 
TSURU:えっ、そうなんですか!?
 
ラッキー:このままじゃダメだと思いながら仕事をしていた時期に、施設の備品を買うために車で出かけたんですよ。でもかなりボーッとしていたんだろうね。会社を車で出たところまでは覚えているんだけど、気が付いたらすごくデカいトレーラーに激突して車はもうグシャグシャに大破していて…。一歩間違えたら死んでいたくらいの事故だったのに、自分はかすり傷1つないっていう…(笑)。
 
TSURU:そのための筋トレだったんじゃないですか(笑)。
 
ラッキー:ハハハ(笑)。そこで生かされたので“まだ死んでいないということは、自分にはまだ何かやれることがあるのかな”と思ったのも1つのキッカケでしたね。その数ヶ月後に会社から通達があって、今度は営業担当で本社勤務になって。その会社の社長が音楽好きで、バンドをやっているんですよ。それである朝、朝礼後に体操をみんなでやっている時に社長が俺のところに来て、“頑張っているか? ラッキー・クッキー・センヌッキー”と急に声をかけられたんです。
 
TSURU:調べられたんだ(笑)。
 
ラッキー:声をかけられた時は驚いて、もう何が何だかわからなかったですね(笑)。就職してからは自分がバンドをやっていたということは本当に一部の人にしか言っていなかったから。会社の同僚に昔ライブハウスで店員をやっていた人がいて、その人から聞いたらしいんですよ。それで社長から忌野清志郎さんの「雨上がりの夜空に」を歌えと言われて、8年ぶりのスタジオに入ったんです。そうこうしている中でSTANCE PUNKSのポスターを見たりもして、本当に色々と重なった結果の復活という…。
 
TSURU:…20年やってきた俺らよりも、ラッキーさんが今話したエピソードのほうがよっぽど面白いと思うけどな(笑)。
 
ラッキー:ハハハ(笑)。そこから老人ホームに行って、歌を唄ったりもするようになったんですよ。最近はデイサービスの現場で、ザ・ブルーハーツの曲を唄ったりもしていて。
 
TSURU:めちゃくちゃ良いじゃないですか! それもラッキーさんの愛が出ているんじゃないかな。やっぱり、“愛”なんですよ。俺自身もここ数年、自分の中で愛の存在を感じているんです。お互い、殺意しかなかった若い頃と違って(笑)。衝動と不満とイラ立ちばかりだった若い頃も、根底には絶対に愛があったと思うから。これは歳を取ったからなのか長くやってきたからなのかわからないけれど、最近は愛の存在を感じていますね。
 
ラッキー:へ〜、それはどういうところで?
 
TSURU:たとえば若い頃にバンドをやっていると、サラリーマンがダサいと思ったりするじゃないですか。満員電車で通勤したくないと思ったり、そういうことをしていない自分たちがカッコ良いと思ったりもして。それが歳を取るにつれて、だんだん(サラリーマンに対して)“あいつら、すごいな”と思うようになってきたんです。よっぽど俺らよりも世の中のためになっているし、逆にこの歳までパンクをやっているなんて、(自分は)良くも悪くも文字通り“クズ”だなと(笑)。
 
ラッキー:いやいや(笑)。
 
TSURU:ちゃんと働くことってすごいし、自分にできないことをやっている人ってすごいなと思って。そういうのも、俺の中では“愛”なのかなって思うんだよね。
 
ラッキー:なるほど、そういうこともひっくるめての“愛”なんだね。
 
TSURU:そういうことを最近すごく思うんですよ。だからラッキーさんの今のスタンスも、すごく良いと思うんです。そういう感じでやっているほうが、誰かに夢を与えられるかもしれないなって思うから。(普通に働いている人たちと)同じ目線でやれるというか。ちゃんと働いて老人ホームの施設長までやった人がパンクをやっているというのが、すごくカッコ良いなと思います。
 
ラッキー:なるほど…そうなのかねぇ(笑)。最初に老人ホームで唄うとなった時は美空ひばりさんや「荒城の月」みたいな曲のほうが良いのかなと思ったんだけど、逆にそういうのってエイジズム(=年齢差別)なんだよね。“高齢の人にはロックがわからないだろう”なんていうのは、もう差別でしかないから。だから今は“ザ・ブルーハーツの曲を唄ったら(良さを)わかってもらえるかもしれないぞ”と思って、唄うようにしているんです。
 
TSURU:ザ・ブルーハーツは唄っても良いんじゃないですか。(THE ZIPPERZの)「殺しのABC」はダメだろうけど(笑)。
 
ラッキー:でも「殺しのABC」を躊躇している時点で、エイジズムなのかもしれないね。社長には“「癒やしのABC」にしといてくれ”と言われたけど(笑)。
 
TSURU:そこに愛があれば、きっと大丈夫ですよ。
 
ラッキー:そう考えると、やっぱり今、やるべくしてやることになったのかもしれないな…。とはいえ現状はまだ会社でそこまで自由が利かない立場なので、バンドをやることとの間でせめぎ合いがあって。昔だったらツアーに行ったり、月に20本もライブをやったりできたんだけど、今は物理的にそういうことはできないから。
 
TSURU:それはそうですよね。
 
ラッキー:だから今は仕事をやりながら、どうやってロックしていこうかということを考えています。もちろん“そんなのロックじゃない”と言う人もいるだろうけど、自分の中で“いやいや、今はこれが俺のロックのやり方なんだ”と思えていれば良いのかなって。削ぎ落としても削ぎ落としても壊れないものをやっているわけだから。“今やれることをやるし、やれないものはやらない。誰にも文句を言わせずに、俺は今やりたいことをやる”という形で、もう一度やるのが逆にカッコ良いのかなと思っているんですよね。
TSURU:やっぱりラッキーさんの信念や真面目さが、9年という月日を要したんじゃないかな。でも自分の信念がしっかりあって、すごく考えていることは、生きていく上でもすごく大事だと思うんですよ。
 
ラッキー:あとは5/5のライブの時に、20年間やってきたSTANCE PUNKSからすごいものを見せてもらった上で、果たして9年間休んできた我々がどんなことをできるのかっていうところですね。でもロックの面白さって、“今まで何をやってきたか”じゃなくて、“今この瞬間に何をやるか”で全てが決まるところというか。ローリング・ストーンズはもちろんすごいんだけど、今日結成して初ライブをやるっていう中学生のバンドが、ローリング・ストーンズと同じくらい輝くことができるのはロックの面白さだと思うから。
 
TSURU:パンクで良かったですね。“9年ぶりにプロ野球選手に戻ります”とかは無理だと思うから(笑)。一番、差別のない音楽じゃないですか。
 
ラッキー:そうだね。
 
TSURU:絶対にTHE ZIPPERZのライブは面白いものになると思うけどな。それだけ自分の考えと気持ちを持ってやるということは、1本のライブに対する意気込みも違うと思うから。
 
ラッキー:休んでいたか続けていたかの違いはあるけれど、共通しているのはどちらも“終わっていない”というところなのかな。9年休んでいても“また始まった”ということは、“終わっていなかった“ということなんだと今日、改めて思った。最前線で戦っているSTANCE PUNKSも相手をしてくれるわけだから、敬意を表する意味でも“終わらなかったんだね”と思ってもらえるようなライブはやりたいなと思っています。
 
Interview:IMAI
[L→R] |
ライブ情報 “ZIP LOCK〜活動休止9周年vs活動21周年〜” 2019/5/05(日) 新宿Marble W/ STANCE PUNKS STANCE PUNKS INFO.→ http://stancepunks.com/ THE ZIPPERZ INFO.→ |