別世界的な進化を遂げた矢沢洋子のニューミニアルバム『Bad Cat』が、11/13にリリースされた。彼女にとって実の父であり、日本におけるロックンロールの象徴とも言える矢沢永吉が初めて外部アーティストのプロデュースを手がけたことでも話題を呼んでいる今作。オープニングを飾る表題曲「Bad Cat」のイントロから大胆に取り入れられたエレクトロニックなデジタル音に、これまでの作品を知る人はまずは驚くかもしれない。だが何度も聴くほどに、音像の“変化”以上に大きな“進化”にも気付くだろう。それは1曲ごとにまるで別人かのごとく違う表情を見せる彼女の歌、その表現力の飛躍的な進化だ。今作を完成させるまでにはプロデューサー・矢沢永吉との間で、互いに確固たる信念を持ったアーティスト同士だからこそ生まれる衝突や葛藤もあったという。そこを乗り越えたことで新たな扉を開くことに成功した矢沢洋子は今、ネクストステージへと到達しようとしている。
●今回の新作ミニアルバム『Bad Cat』は、洋子さんにとっては実の父親である矢沢永吉さんによる初のプロデュース作品なわけですが。
洋子:今年の5月頃、急に父からそういう話があったんです。でも元々、私は別の方に今回はプロデュースをお願いしたくて、既に動き始めていたんですよ。今作のM-4「Breakaway(カバー)」はその方から、私に合うんじゃないかということで薦められた曲だったりもして。
●元々は別の制作プランで進行していたんですね。
洋子:去年に出したミニアルバム『ROUTE 405』は“矢沢洋子&THE PLASMARS”名義で自分のバンドと一緒に作ったもので、私の中ではその第2弾をやるつもりだったんです。でも父から「今回は俺が(プロデュースを)やりたい」と言われたことで全てを白紙に戻すことになって、そこで色々とすったもんだがあり…(笑)。
●洋子さんとしては次もバンド形式でやりたかったと。
洋子:でも今回はあまりにもバンドとはかけ離れた作品になったので、THE PLASMARSとして今もライブは続けているんですけど、いったん名義をソロに戻して。どちらかというと、プロデューサーありきのプロジェクトにボーカルとして参加するというスタンスで私は臨みましたね。
●作品を作る上での方針みたいなものは明示されていたんですか?
洋子:具体的な言葉はなかったんですけど、父が私に合うだろうと思う曲やアレンジを進めてくれた感じですね。まずは候補曲のオケが届いたのを聴いて、そこから合いそうなものを選んでいって。そこでも私が良いと思うものと父が良いと思うものが違ったりしたので話し合いながら、最終的には父が決めました。M-2「スパイダーウェブ」やM-5「蒼き希望」みたいな父がセレクトした曲を聴いてみると、ロックバンドとは違う感じで…アメリカのガールズ・ポップみたいな雰囲気があったんです。
●あと、AORや80年代っぽい音の質感も特徴的かなと。
洋子:結果として、そういう広い感じになりましたね。実際、今まで自分が歌ってきた曲とは雰囲気がかけ離れているので、最初はすごく戸惑いや抵抗があったんです。今は何とか形になって良かったなと思いますけど、歌詞を書く時も「どうしようかな?」という感じでかなり大変でした。
●収録曲のセレクトは基本的にお父さんだった。
洋子:そうですね。ただ「Breakaway」だけは私がどうしてもやりたいと言って、収録しました。最初は英語で歌っていたんですけど、父は日本語のほうが良いと言ったので今回は日本語バージョンを収録していて。ライブでは、英語でやっていますけどね(笑)。
●日本語にしたことで、良い意味での“昭和感”が出ている気がします。
洋子:昭和感がありますね(笑)。元々、スクーターズが日本語でカバーしている音源を聴かせてもらったりして。ロック系のDJイベントとかに行くと、「Breakaway」は定番みたいな感じでよくかかっているんですよ。そういうところで、前から知ってはいましたね。
●M-3「DON'T GET ME WRONG」もプリテンダーズによるヒット曲のカバーですが、元々知っていたんですか?
洋子:プリテンダーズは知ってはいましたが、元々すごく好きで聴きこんでいたというほどではないですけどね。あまりにも有名な曲だし、私は海外に住んでいた期間もあったので当たり前に日常生活の中で流れていたのを聴いて知っていたという感じです。
●こちらは英詞のままで歌っていますが。
洋子:「DON'T GET ME WRONG」を日本語詞にしてみようと思った時に、どうしても想像できなかったというか。無理だなと思ったので、これは英詞のままでいいかなと。
●今回は1曲1曲の歌で、まるで別人のような表情が見えるというか。ボーカリストとしての表現力の幅がすごく広がったように思いました。
洋子:今までは歌のテクニック的な部分よりも、ライブでいかにお客さんと一体感を生み出せるかという点を重視していたんです。だから大声でがなろうが、ピッチが多少おかしかろうが、熱を伝えることこそがライブハウスでの自分の役割だと思っていて。でもそういう感じだと、今回の「スパイダーウェブ」や「蒼き希望」はテクニック的にすごく難しい部分があったんですよね。単純に(音程が)高いといった部分だけじゃなくて、たとえばちょっと妖しい雰囲気とかを声で表現したりするのは新しい挑戦でした。
●確かに吐息っぽい感じのウィスパーボイスだったり、大人の女性の色香を感じさせるような歌い方というのはTHE PLASMARSではやらない感じというか…。
洋子:無理ですね(笑)。
●ハハハ(笑)。普段やらないところで、歌録りは大変だったのでは?
洋子:苦労しました。「蒼き希望」を最初に録った時は自分ではバッチリだと思ったんですけど、後から父に「歌い直して」と言われて後日スタジオで録り直したんです。今回は歌い直しが結構多かったですね。
●それはイメージと違うということ?
洋子:それもあるし、単純に私のボーカル力がまだまだだから歌い直すようにと言われたりもしました。
●かなりストイックな感じだったと。
洋子:ストイックでした。そういった意味で、スタジオにいる時間は私よりも父のほうが長かったと思います。ミックス作業も「これはお楽しみだから、洋子は立ち会わなくていいよ」と言われたので、私は一切関わっていなくて。父がかなり細かい部分まで音を調整してくれていましたね。
●親子でのレコーディングは初めてだったと思いますが、作業中の雰囲気はどうだったんですか?
洋子:いくら親子といえども父には仕事モードに入るスイッチがあるので、こっちも気を引き締めていかないといけなくて。必死に喰らいつくような気持ちで臨みました。
●求められるレベルが相当に高いので、それに応えるために食らいつくことで進化できた部分もあるのでは?
洋子:そうですね。セルフプロデュースでやるメリットとしては全部が自分の思いどおりになるというのがあるんですけど、結局それだと自分だけの快楽で終わってしまっていて、第三者から見た時には全然ダメかもしれないわけで。そういった部分では、プロデューサーという立場の人がしっかりいることで自分を導いてくれるというか。でも自分の意見も言わないとプロデューサーだけの作品になっちゃうから、どうしても譲れないところは言いましたね。
●1st〜2ndアルバムまではプロデューサーと共に制作してきて、ミニアルバム『ROUTE 405』ではTHE PLASMARSと一緒にバンドで制作したという両方の経験があったことで、今作でもそこのバランスはある程度保てたのかなと。
洋子:そうだと思います。自分では全く意識していない内に、そういう作用が働いたのかもしれないですね。
●表題曲のM-1「Bad Cat」は、THE PLASMARSのライブでのイメージも浮かびやすい気がします。
洋子:「Bad Cat」に関してはバンドの音とはまた違うけど、今作の中では今までの曲に近いところがあったのでやりやすかったですね。
●この曲の歌詞はどんなイメージで?
洋子:曲を聴いたイメージから書きました。いつも最初に曲を聴いて、そこで浮かんだ言葉を並べてから書き進めていくことが多いんです。最初にサビの“Bad Cat”というフレーズが浮かんで、そこから歌詞のイメージを広げていったというか。男の人は女のブリっ子に気付かないとよく言うじゃないですか。そういう男の人に対して、「あいつ気付いてなくて、バカだね〜」っていうイメージですね(笑)。
●自分自身を“Bad Cat”にたとえているわけではないんですね。
洋子:全然そういうわけではないです。歌詞を読むと見た目は清楚でおとなしい感じの女性をイメージすると思うんですけど、私は見た目が清楚でもないし、おとなしくもないですからね(笑)。
●ハハハ(笑)。でも不良っぽい“Bad”の意味なら、カッコ良いお姉さんみたいな感じで当てはまるかなと。
洋子:そう思って頂けると光栄です(笑)。女性は誰しも、ちょっと悪い“Bad Cat”的な要素を持っているものですからね。
●アルバムのタイトルもこの曲名から?
洋子:そうですね。全曲が揃ってから、今回のリード曲をどれにするか話し合ったんですよ。その時に一番キャッチーなのが「Bad Cat」だから、タイトルもそれにしてしまおうという感じで決まりました。
●だから、ジャケットにも猫が登場していると(笑)。
洋子:本物の猫を2匹用意して頂いたんですけど、1匹はすごく丸顔の子猫ちゃんという感じで。もう1匹はキッとした感じの猫だったので、そっちにしました。『Bad Cat』というタイトルなのにあんまりかわいらしい猫だと、イメージが違うかなと。
●過去作品のジャケットを並べてみるとわかりやすいんですが、洋子さんのビジュアルイメージも作品ごとに全然違いますよね。
洋子:私はメイクによって顔の印象が全く変わるし、髪の色だけでもすごく変わるんですよ。この時は髪を赤く染めてみたら、真っ赤になっちゃったんですけど(笑)。メイクを誰が担当するかによって、全然違う感じになりますね。2ndアルバム『Give Me!!!』以降はずっと同じ方に担当して頂いているので、その方も私の顔をメイクするのに慣れてきたんじゃないかな。やっぱりメイクさんとの相性もあるし、仲良くなるにつれて「この子はこういう感じが合うな」というのがわかってくるんだと思います。
●服装や雰囲気も含めて“大人の女性”という感じが出ているのは、今作のサウンド・イメージにもつながるかなと。
洋子:確かにそうですね。前回の矢沢洋子&THE PLASMARSの時はミュージックビデオも含めて、どちらかというとヤンチャな少年みたいな色が強かったんですよ。でも今回は“マダム洋子”っていう感じですね(笑)。
●今作を作り終えたことで、自分の中で新しい扉も開けたのでは?
洋子:歌の部分では本当にそうですね。尺の長いライブだと最初から全力を出しすぎて、後半はスタミナ切れを起こしてしまうことが多かったんですよ。でも今作でウィスパーボイスっぽい感じだったり、新しい喉の使い方や声のテクニックを身に付けられたので、そこは今後のライブでも活かしていけるんじゃないかなと思っています。
●ライブでは今作の曲をどう表現していく予定ですか?
洋子:「Bad Cat」はバンド仕様に少しだけアレンジを変えて、「Breakaway」は英語バージョンでテンポを速くしてやります。でも曲によってはバンドでは再現できないものもあるので、今回のレコ発ツアーは今までの作品との“良いとこ取り”な感じのライブにしようと思っています。今もよくスタジオに入っているんですけど、THE PLASMARSのおかげで何となく形は見えてきていますね。
●12月のツアーが楽しみですね。
洋子:今回は3本だけなんですけど、せっかくのリリースツアーなので今作の曲も大切にしつつ、今までどおりの矢沢洋子も見せていきたいですね。
Interview:IMAI