いきなり告白するが、VELTPUNCHのVo./G.長沼秀典はミュージシャンと社会人という2つの顔を持っている。筆者は「ミュージシャンとライター」という関係性だけではなく、印刷会社の常務取締役である彼と仕事上の付き合いがあるのだが、仕事で彼と会うたびに、“この優秀なビジネスマンとステージの上で下ネタを言っているバンドマンは本当に同一人物なのだろうか?”という疑問が浮かんでいた。今年で結成20周年を迎え、3/15にDVD『THE NEWEST SHOCK』をリリースするこのタイミングで、ミュージシャンと社会人という2つの顔を持つ長沼秀典の本質に迫るべく、インタビューを敢行した。
「“おちんちん”はよくても“フェラチオ”はダメじゃないですか。具体的な画が浮かぶものは気持ち悪いし不快感を与えるので、そういうものは限りなく少年ジャンプレベルを意識しています」
●昨年9月〜11月の東名阪ツアーを中心にしたDVD『THE NEWEST SHOCK』が3/15にリリースとなりますが、ここ最近のVELTPUNCHはライブの本数が少ないにも関わらず、ライブのクオリティがめちゃくちゃ高いですよね。ファイナルの新代田FEVERのライブを観て、改めてびっくりしたんです。
長沼:コンスタントにスタジオに入っているからというのもあるかもしれないですけど、ただライブの本数を沢山入れるんじゃなくて、キチッと“この日のライブはこのためにする”という目的を立てて、何ヶ月も練習して、ライブを観に来た人は100%腹いっぱいになってもらって帰す、ということをパッケージとしているので、当然のことながらある程度のクオリティが出せなければステージには立たないです。
●ちなみに、あのツアーの準備はいつごろからしていたんですか?
長沼:3ヶ月前くらいからです。
●え!
長沼:スタジオ練習は週1で4時間くらいですけど、4時間ほぼ休憩を取らずにずーっとやるんです。長時間の演奏に耐える身体を作っていかなくちゃいけないので、ガッツリと疲れるまでやるし、後は地味に身体を鍛えたりもしています。
●お。何かやってるんですか?
長沼:ジムに行ったりはしないんですけど、ライブが近くなるとタバコをやめて、通勤も3駅くらい手前で降りて早歩きで帰るだとか。
●あら。
長沼:会社から駅までの間に地下街があるんですけど、その階段を敢えて降りたり上がったりとか。とにかく日々の通勤でヘトヘトになるまで身体に負荷をかけるんです。
●社会人の生活の中で、とにかく鍛えると。
長沼:いかに遠くまで歩くかとか、いかに早く歩くかとか。あとはVELTPUNCHの曲でセットリストを組んで、ひたすら聴きながら歩く、というようなことをしますね。…あまりかっこいい話ではないですけど(笑)。
●確かにかっこいい話ではないですけど、勤勉な感じはします。
長沼:それをやることで、40歳近いおっさんが3時間近くステージで立ち続ける体力を日々準備していくというか。
●身体を鍛えることと、曲をもう一度身体に入れる。
長沼:歌詞が飛んだりするので。スタジオで演っているときは飛ばないですけど、やっぱり本番はウワーッと色んなことが起きて、お客さんもいて、その時の情報処理の量ってものすごく多いんですよ。だからどんなことがあっても歌詞がちゃんと出てくるレベルまでは毎日毎日刷り込み続けるということはします。
●ということは、あのツアー4本のライブのためにかなりの準備をしたと。
長沼:私生活の中での自分の時間はかなり投資しました。
●あのツアー、ご自分の手応えとしてはどうでした?
長沼:メンバーチェンジもあったし、ベスト盤を出した後のはじめてのアルバムが昨年の『THE NEWEST JOKE』だったんですよね。音源として満足ができるものになったし、ツアーは当然新曲をメインに演りつつ、過去の曲もいっぱい演って。正直なところ、手応えはありました。
●お。
長沼:どこもお客さんがいっぱい来てくれたし、盛り上げ方も自分たち的にはわかってきたので、来てくれたお客さんは満足してくれたんじゃないかなと思っています。ただ、バンドってどんどん規模が大きくなり続けたり、ずーっと上がり続けるものでもないじゃないですか。20年間やっていれば当然離れていく人もいるし、逆に新しい人が入って来てくれることもあるし。
●はい。
長沼:だから上を見ちゃうと「ああしたい」「こうしたい」という想いはいろいろとあるんですけど、ずーっとマイペースに続けてきて、少なくともここ10年くらいはワンマンやイベントをやると必ず満員になって、来てくれた人たちも盛り上がってくれる…そういう状況を考えると本当に恵まれているし、幸せだなということを再確認できたツアーだったような気がします。
●FEVERのときに思ったんですけど…20年やっている割には、若くて綺麗な女性のお客さん多くないですか?
長沼:えへへ(笑)。そうなんですよ。若くて可愛い子多いんですよ(笑)。
●あんなに下ネタばかり言ってるのに。
長沼:年齢も幅広いし、受け止め方も広く評価されているのかなって。すごく心酔してくれる若いお客さんもいたりして。音楽が好きではるばるアメリカから観に来てくれた人もいたり。自分たちの価値観が幅広く届いているんだなって思いましたし、僕らはそもそも「こういう風に聴いてくれ」みたいに、固定概念を植え付けるのは好きじゃないので。だから真の意味でみんな自由に楽しんでくれてるのかなっていう気がしています。
●この話は後ほどじっくりするつもりなんですが、僕は長沼さんと仕事上のお付き合いをさせていただいているじゃないですか(※筆者は長沼が勤める会社と仕事上の取引があり、営業窓口は長沼が担当している)。
長沼:はい(笑)。
●普段スーツを着て仕事をしている姿からすると、ステージの上でスパークしているVELTPUNCHの長沼さんが想像つかないんです。乖離しているというか、テンションが振り切れていて。
長沼:きっとステージの上では解放しているんでしょうね。やっぱり楽しいし。自分がステージに立っていて、とにかく楽しくて嬉しいっていう感覚は、ちゃんと持ち続けているんです。
●ステージに上がったらスイッチを入れるとか、意識的にテンションを振り切らせるわけではない?
長沼:そうですね。日常生活の中で音楽が占める率というのは、僕はたぶん時間でいうと1割にも満たないんですよ。それまでにずっと準備して、ステージに立って、お客さんがバーッと来て、曲が始まった瞬間にワーッ! となるともう、楽しくて仕方がない。だからちゃんと客観的に見ている部分はありますけど、瞬間的には楽しくて仕方がないっていう感じなんです。だから自然とテンションが上がりますね。
●MCの下ネタは?
長沼:逆にMCはその場のノリだけでしゃべると、すごくえげつない下ネタにまでいっちゃう可能性があるので、“ここまではOKだけど、この先は言わないようにしよう”ということはある程度事前に考えます。
●下ネタ言うことが前提なんですね。
長沼:そうです。“おちんちん”はよくても“フェラチオ”はダメじゃないですか。具体的な画が浮かぶものは気持ち悪いし不快感を与えるので、そういうものは限りなく少年ジャンプレベルを意識しています。
●少年ジャンプに載せられる程度だったかな?
長沼:少年ジャンプやコロコロコミックに載せられるラインですよね。女の子や子供が来ても笑えるパッケージにしたいなと考えていて。
●そこも考えているんですね。
長沼:そこをいちばん考えています。ライブ前はずっとそのことばかり考えてます。
「この色とこの色を重ねたらどんな色になるんだろう? とか、僕らはその発見がおもしろいと思うタイプなんです。音の組み合わせなんて無限じゃないですか。それがいつまで経ってもおもしろい」
●今年は結成20周年ということで、3ヶ月連続で“20th Anniversary Special LIVE”が控えていますが、他にも色々と考えているんですか?
長沼:色々と考えてます。新曲もまだ1曲だけですけど出来ました。
●お! どんな感じですか?
長沼:激しくてかっこいいです。
●前からかっこいいのは知ってます。
長沼:キャッチーというよりは、ライブ映えしそうな感じの曲ですね。3ヶ月連続で下北沢SHELTERで行うSpecial LIVEでも披露するつもりです。
●楽しみですね。
長沼:でも今まで70〜80曲作ってきたわけじゃないですか。81曲目を作るテンションって…。
●いやいや、それ言っちゃダメでしょ!
長沼:フフフ(笑)。でもその割には楽しく作れていると思いますよ。
●でも言われてみると、1曲目や2曲目のテンションとは全然違うでしょうね。想像するに、最初の頃の曲作りは発見の連続だったと思うんですが。
長沼:そうですね。たぶん、最初の頃はそれまでに聴いてきた音楽だったり、“こんなバンドをやりたい”と思ってきたアイディアを構築していけば曲は勝手にできると思うんですよね。でもだいたいアルバムを2〜3枚作っちゃうとそのアイディアは使い果たしてしまうわけで。
●そうでしょうね。
長沼:だから作家というか、作り手としては4枚目以降が勝負だと思うんですよね。その割には僕らはずーっと作り続けることができているし、作ること自体も楽しいと思っているので、健全だとは思うんです。
●最近作った新曲の、曲作りのモチベーションは何だったんですか?
長沼:“なんか作ろう”と思ってギターを持ったときに出てきたものが、何かの二番煎じだとかスッカラカンの残りカスのようなものだと、それはマンネリの状態だと思うんです。でもそこまでならずに、こないだ作った新曲も、ギターを持って出てきたものを“おもしろい”と思えて、次の展開を考えたり、パズルを組み合わせるように「あーだ、こーだ」と作れているので、まだまだ僕らは続けることができるかなと思うんです。それが事務的な作業になっちゃって、自分でやってて“つまんない”と思うんだったら、やってる意味はないと思うんですね。
●なるほど。
長沼:僕らは世の中に何か言いたいという具体的なメッセージがあって音楽を始めたというよりは、もっと数学的というか、パズルとか実験というか、理系的なモチベーションなんですよね。これとこれを重ねたらどんな形になるんだろうか? みたいな。
●ほう。
長沼:この色とこの色を重ねたらどんな色になるんだろう? とか、僕らはその発見がおもしろいと思うタイプなんです。音の組み合わせなんて無限じゃないですか。それがいつまで経ってもおもしろい。
●そうか。“音楽=組み合わせ”という感覚があるんですね。
長沼:そうですね。リズムとコード進行と歌の組み合わせっていうか。誰かの楽曲のアイディアを持ってきてとかじゃなくて、音があって、それはどんな和音で、そこにベースの展開をどういう風に付けて、展開させるとメロディになって、そこにどういうリズムを付けるのか…そういうものは、子供がブロック遊びをする感覚と同じようなものなんです。だから始めると楽しくて楽しくて、その感じはずっと変わらない。
●ところで今年結成20周年ということですが、感慨みたいな気持ちはあるんですか?
長沼:うーん、自分がバンドを始めた頃の感覚でいうと、20年やってるバンドって相当ベテランなイメージがあるじゃないですか。“大御所”みたいな。
●そうですね。
長沼:でもVELTPUNCHを省みると、その感覚とは違いますね。自分たちのペースでやってきて、仕事をしながら出したいときにCDを出して、やりたいときにライブをやって。かと言って、それはアマチュア趣味レベルのものではなくて、ちゃんと世の中には発信していて。
●はい。
長沼:自分が始めた頃にはあまり前例がなかったというか想像も付かなかった20年だったなと思うんです。年間何百本ライブをやっただとか、すごく売れてTVやフェスに出まくったこととかがなかったので、すごく健全に、楽しいことをやり続けてきた末の20周年かなと思ってます。
●“売れたい”とか“TVに出たい”とか“有名になりたい”と思ったことは一度もないんですか?
長沼:うーん。若い頃に漠然と“こうなれたらいいな”と思っていたことはあるかもしれないですけど、VELTPUNCHの音楽性とか、自分たちのキャラクターとしてはこれが健全っていうか、これでよかったのかなと思います。たぶん本当に“売れたい”と思っていたら、自分では歌ってないですね。
●あ、最初からだったのか。
長沼:VELTPUNCHを結成した時点で“このバンドはメインではなくサブのバンドだ”と思ってやり始めたし、でもサブだからこそやりたいことを自由にできる。高校の頃にバンドをやり始めた頃から、自分はギタリストでメインのヴォーカルは別に立てて、と思っていたし、いい相方みたいなヴォーカリストがいたんですけど、そいつはあまりバンドをやる気がなかったから結局そいつとは組めなくて。
●はい。
長沼:それで次の人を探すまでの間のつなぎとして、自分が歌ってやりたいことをやろうかなと。でも自分1人で歌うとなるとあまりにも歌唱力や表現力が通じないと思っていたので、ベースを弾きながら歌えて、しかも性別が違って歌の音色を変えることができる人…アイコが同じサークルにいたから誘ったんです。そういうバンドもあまり前例がなかったというか。
●なるほど。
長沼:本当に天才的なヴォーカリストと出会っていれば、もしかしたら売れることを目指していたかもしれないですけど、そうではなかったので。でもメインストリームで勝負できる人たちってほんのひと握りだと思うんですよ。そこに挑戦して結果ダメだったときは、自分のすべてを否定されたような感じになって、敗北感を味わって、心が折れちゃうと思うんです。もちろんそういうフィールドでは流行りにも左右されるだろうし、そこでやっていくのは相当大変で辛いこともあると思うんです。ある種、そういうところに巻き込まれなかったのは運がよかったのかなと思います。20年を振り返ってみると、改めてそう思いますね。周りで辞めていったバンドも多いので。
●極端に言うと、自分が考える“いいもの”を世間がどう評価するかを実験する場所というか。
長沼:そうですね。だから今でも、20年間の各時代の楽曲を混ぜたライブでも成立してると思うんです。そこは一貫して変わらない音楽性の価値観みたいなものを築けていたんだと思います。
「アルバムができ上がってマスタリングスタジオで1曲目から最後まで通して聴くんですけど…あれほど幸せな時間というのは他にはないです。本当に至福の時間です」
●今年は20周年ということで色々あると思うんですが、21年目以降はどう考えているんですか?
長沼:うーん。ある意味、21年目以降も変わらずなのかもしれないですね。
●そこについて、メンバーに対する責任の自覚はあるんですか? 若いメンバーもいるじゃないですか。「長沼さん、今後のVELTPUNCHどうなるんですか?」とか訊かれたら…。
長沼:「知らねえよ。そんなことより曲作るぞ」と答えます(笑)。
●ハハハ(笑)。
長沼:僕は音楽の世界を客観的に見る時にお笑いの世界に当てはめて考えることが多いのですが、例えば大好きなバナナマンとかは毎年単独ライブをやり続けていて。ライブの準備に時間をかけるっていう感覚というのは、彼らが数回のライブのために時間をかけて全て新ネタを準備するっていうところからの影響が大きいんです。
●最近バナナマンはあまり時間をかけてないっぽいですけど。
長沼:まあそうですね(笑)。でも集中して稽古して、ライブをやって、それで終わりじゃないですか。次の年はまた新しいことをする。お芝居や演劇も同じですよね。
●はい。確かに。
長沼:なのにミュージシャンはなんでずーっと同じことをやり続けて、“このライブのために準備する”という感覚が薄い人が多いのかな? と疑問に思ってて。
●目的意識が薄いというか。
長沼:日々の生活の中にあまりにもバンドが溶け込み過ぎちゃうと、ライブして打ち上げして飲んでっていうのが生活のサイクルになっていて。あの緊張感のなさが僕的にはあまりおもしろくなくて。
●ほう。
長沼:ライブやるんだっら何ヶ月も前に決めて、そこで何をするかを一生懸命考えて、そのために準備してライブ当日に臨むっていう方がおもしろいし、来てる人もそうだと思うんです。「いつでも観れるぞ」っていうのはお互いにとって良くない気がするんです。
●ということは、ある意味、今のバンドのペースというか、VELTPUNCHが健全でいることができる方法論は既に確立していて、今後も…ちょっと語弊があるかもしれないけど…21年目も22年目も淡々とやっていく。
長沼:方法としてはそうですね。
●ずっと続けるつもりなんでしょ?
長沼:いちおう続けるつもりです。
●いちおう?
長沼:ハハハ(笑)。いや、辞めたくなったらいつでも辞めようと思っているんです。それが半年後かもわかんないし。
●あんなに可愛いお客さんがいるのに?
長沼:それを言われちゃうと困るんですが(笑)、義務になるのは嫌だなと。続けることが目的じゃなくて、そこは自問自答の繰り返しなんですけど、“曲を作ろう”と思ってギターを膝に乗っけても何も出なくなったら辞めるし、ライブにお客さんが入ったとしても自分的に“おもしろくないな”と思ったら辞めるだろうし。
●ということは、保証や約束はできないですけど、今の感覚が続く限りは…。
長沼:やるつもりです。でも辞めたくなったらいつでも辞めようという考えは、2枚目(2ndアルバム『question no.13』/2004年12月リリース)辺りから思っていることなんですよ。でも結局ずーっと週1回スタジオに入って、アンプの電源入れたら未だにワクワクするし、曲を作っているときは楽しくて仕方がないし。レコーディングしたり形になっていく過程とか、アルバムができ上がってマスタリングスタジオで1曲目から最後まで通して聴くんですけど…あれほど幸せな時間というのは他にはないです。本当に至福の時間です。自分が“こんな音楽があったら最高だ”と描いて描いて、長い時間かけて作って形にして、それを素晴らしい音響設備の中でぶっ通しで聴くことは…目をつぶって1時間くらいかけて聴くんですけど…あれはもう本当にね、他では絶対に味わえない幸せな時間なんです。
●前のインタビューで「中学と高校が男子校だったけど、音楽のアイデンティの9割はそこの経験が占めている」とおっしゃっていましたけど、学生時代の悶々とした気持ちも、その瞬間は解消される?
長沼:たぶん、僕が知りうるいかなる快感よりも幸せです。
●え? セックスよりも?
長沼:そうですね。瞬間的にはセックスが勝るかもしれないですが。
●まじか。
長沼:中高の同級生数人と年末によく飲むんですけど、みんな結構仕事で成功していたりして、そうなると「何人女を抱いた」とか「年収がどうだ」みたいな話になるんですよ。
●バブリーですね。
長沼:僕はその集まりに行かない時期もあったんですけど、毎年声をかけてもらえるし、音楽をやめたときとかはそういう友達って貴重なので、顔を出せるときは出そうと思っているんですけど、「こないだ離婚したんだけど今は彼女5人いる」と言っているやつもいるんですね。
●すごいな。
長沼:僕はチャラチャラした遊びは一切しないんですけど、自分のライブを観るために何百人と集まってくれて、自分が作りたい音楽を作る喜びを知っていると、申し訳ないけど彼らのそういう話を聞いても羨ましいと思わないんです。“そういうの楽しいんだ”と思いつつも、自分が得ている楽しみや喜びというものは、ものすごくデカいんだなって逆に実感するんです。他の生活だと味わうことができないことだと思うし、だからこそそれが辛くなったりしても続けるのは違うと思うし、仕事にしちゃうことで自分の作品が50,000枚売れるか、5,000枚売れるか、500枚しか売れないかで生活レベルが変わっちゃうのも違うと思うんです。だからキチッと音楽を“楽しい”と思いながら続けたい。
●そういう意味での「いちおう続けるつもり」なんですね。至福のエクスタシーの瞬間を今後も守るために。
長沼:そうですね。そのための努力は惜しまないです。
「“俺がこいつらの上をいくためには、こいつらがしゃべっている間にギターの練習をしたり曲を作らなきゃいけない”と思って、1人帰って家でギターの練習をしていたんです」
●ついさっき「そのための努力は惜しまない」とおっしゃいましたけど、仕事をされているときの長沼さんを見ると、仕事をしっかりとやることが音楽を続けることと密接に繋がっているように思うんですが。まさに、音楽のために仕事の努力を惜しんでいない。
長沼:そうですね。
●今の仕事はいつからやっているんですか?
長沼:2ndアルバム『question no.13』の頃からなので、13年くらいです。
●その前がTSUTAYAで働いていたんでしたっけ?
長沼:そうです。販売CDのバイヤー的な仕事も任せてもらえたんでTSUTAYAでの仕事は楽しすぎて、音楽に対するモチベーションというか音楽欲が結構解消されてしまうので、逆にバンドや曲作りに対してはよくない部分もありました。やっぱり音楽に飢えていた方が曲は浮かんでくるので。
●ハハハ(笑)。今現在は印刷会社で働いておられますが…。
長沼:ミュージシャンって、社会というシステムの中では弱者なんですよね。芸人さんやスポーツ選手も同じだと思うんですけど、エンターテインメントの業界って、それを売り出す会社や組織は自分たちの生活をキチッと守っていますけど、あくまでもコンテンツとなる中身のプレイヤーは使い捨てで。
●はい。
長沼:宝くじのごとく、勝ち抜いた一部の人たちだけがすごい人気やお金を得ることができる。それは注目されるので当然みんな“ああいう風になりたい”と思うけれど、それは売り出す会社や世の中の流行りに左右されることも大きいじゃないですか。
●そうですよね。
長沼:そういう社会的弱者として大人になって、お客さんにはキャーキャー言われるかもしれないですけど、生活は貧乏で、同窓会とかでみんなが「車買った」「家を買った」「子供が私立通ってる」とか言ってる中で、アルバイトしながらギリギリでバンドやってるって、大人としては正直かっこわるいと思うんです。
●はい。
長沼:好きな音楽がやれるといっても、だからといって社会的弱者のポジションにいなきゃいけないというのは違うと思うんです。そりゃあ好きな音楽を作って、それが社会の中で評価されたいと思いますけど、だからといって自分たちの生活が不安定であるべきだとは思わないというか。
●ふむふむ。
長沼:僕がやりたいのは音楽を作ることであって、レコード会社や音楽業界の中で使い捨ての駒になることではない。だからこそキチッと生活して収入を得て、事務所やレコード会社とは大人同士として「このプロジェクトを一緒に成功させましょう」という関係がいいと思っていて。
●なるほど。長沼さんは今の会社では常務取締役で、バリバリ営業もこなしつつ印刷部門の責任者で、経営者的な仕事もされていますよね。僕から見た社会人としての長沼さんは、非常に優秀な方だという印象がありまして。
長沼:ありがとうございます。
●人当たりもいいし、痒いところに手が届くというか、親身になって取引先のことを考えてくださるし、トラブルが起きたときのことも想定してリスクマネジメントをされていて。社会人としてすごく立派だと感じるんですが、仕事上やり取りをしていて、“この人、本当にミュージシャンだっけ?”と思うことがよくある。
長沼:ハハハ(笑)。
●仕事に関してのポリシーはあるんですか?
長沼:印刷会社って…実は音楽と出版って似てるんですよね。本の著者は音楽でいうと作詞者/作曲者で、著者のやりたいことや作りたいイメージを世の中に広めるために具現化するのが編集者で、それは音楽でいうとアレンジャーだったり、エンジニアだったり、プロデューサーだったり。
●はい。
長沼:今度それを店頭で売るときには、TSUTAYAで働いていたことがすごく活きていて。世の中の流行りや流れにも左右されるし。要するに、音楽と印刷の二足のわらじで川上から川下までの工程を結構経験してきているんです。音楽では0から1にアイディアを出す立場で、印刷の仕事では著者や編集の方が形にするときのお手伝いの立場…これは真逆なんですけど、真逆だからこそ相手が求めることとか、その背景とか責任の重みがわかるんですよね。
●ああ〜、なるほど。それが長沼さんにとって仕事の美学に繋がるんですか。
長沼:そうですね。
●今の会社では日中はしっかりと仕事をしつつ、定時になったらすぐに帰るし、土日はしっかりと休むじゃないですか。それは音楽のため?
長沼:そうですね。僕が今やっている仕事は、13年前に入社した当時は社員3人で担当していたクライアントを全部引き継いで、更に新規のクライアントも担当していて、更に経営の仕事もやっているんですけど、それを全部やりつつ定時で帰っているんです。要はやりようなんですよね。
●うんうん。
長沼:仕事は、極論を言えば時間ではなくて結果じゃないですか。当然仕事では結果を出さなきゃいけないし、でもバンドをやる以上はダラダラ仕事できないし。ということで、いかに効率的に仕事をするか、いかに効率的に結果を出すか、ということを常に考えてますね。仕事と音楽を両立させていることで、実は両方がうまくまわっているのかもしれないですね。
●確かに。長沼さんの場合は相互作用がある。
長沼:ダラダラ仕事してたら音楽ができないし、音楽は音楽でメジャーでずっとやってきているバンドとかとも対等に闘えるだけの音楽を作らないといけない。短い時間で結果を出さないといけない…両方ともそうなんですよね。
●しんどくないですか?
長沼:しんどいと思ったことはないですけど(笑)、ただ、仙人みたいな生活してます。自分の時間なんてないですし、遊ぶ時間もない。
●そういえば同僚の方が長沼さんについて「あんなストイックな人間、いままで見たことない」と言ってましたよ(笑)。
長沼:あ、そうですか(笑)。でもだからこそ、それが報われたという意味で、アルバムができた瞬間に代えがたい幸せを感じるのかもしれないですね。
●なるほど。仕事も生活も、すべてのベクトルが“いい音楽を作るため”という方向を向いている。
長沼:そうですね。ミュージシャンとしていいのかどうかわかんないですけど(笑)、根がド真面目なんでしょうね。中学の頃、たいして勉強しなくてもそこそこいい成績だったので調子にのってたんですけど、高校で成績がガクッと落ちて、アホほど勉強しないと大学にいけない状況まで追い込まれたんですよ。それでクソほど勉強して大学に入れたときに、“もともと自分の能力や才能みたいなものだけでは世の中では生きていけなくて、努力しないとダメなんだ”ということに気付いたというか。アホほど努力すればギリギリのラインまでいけたという感覚があったとき、“努力することはすごく大切なんだ”ということを身をもって知ったんです。
●これミュージシャンのインタビューだったよな…。
長沼:音楽をやるようになってからも…クソほど才能あれば別ですけど…いいものを作り続けるためには努力をしないとダメだということはわかっているので、そこに対しては努力の量を惜しんじゃダメなんですよね。音楽では、努力をし続けないと自分が満足するものを作り続けることはできないし、仕事は仕事で努力することが当たり前の世界だし。
●なんだこの人…。
長沼:大学の音楽サークルで内輪でキャッキャやってるよりも、僕は外に出てバンド活動をしたいと思っていたんです。みんな授業の後で部室に集まって、遅い時間まで音楽談義を「あーだこーだ」やってるんですよ。そういうのを見てて、“俺が彼らの上をいくためには、彼らが楽しそうにしゃべっている間にもギターの練習をしたり曲を作らなきゃいけない”と思って、1人帰って家でギターの練習をしていたんです。“みんなどんどんサボればいいさ”と。
●ハハハ(笑)。
長沼:だからストイックにやることが幸せかどうかはわかんないですけど、ストイックにやるからこそ結果に繋がるだろうし、結果を出すためにはストイックにやる必要があって。ストイックにやって、自分が欲しかったものが形になって、そこに喜びを感じていて…それをずっと20年間続けてきたのかなって。まあ、こういう話をするのもかっこ悪いんですけどね(笑)。「これだけがんばってます」とアピールしてるみたいだし。
●いや、かっこいいと思いますよ。常人には理解しがたいキモさがあるけど、美学があるかっこよさ。キモかっこいいです。
長沼:ハハハ(笑)。
●しゃべっててふと思ったんですけど…。
長沼:はい。
●長沼さん、友達いるんですか?
長沼:うーん、少ないでしょうね。
interview:Takeshi.Yamanaka
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