the pillowsが通算18枚目となるニューアルバム『トライアル』をリリースする。2012年には、活動24年目に突入する彼ら。
1989年の結成以来、決して順風満帆なだけのバンドヒストリーを送ってきたわけではないが、20周年の節目には武道館公演も果たした。ロックバンドとして1つのマイルストーンを刻み、その存在はもはや日本の音楽シーンにおいて比類なき位置にあると言えるだろう。
そんな状況の中で、メインソングライター・山中さわお(Vo./G.)にふと訪れた達成感。その時、これまで人生のほぼ全てをthe pillowsと音楽に費やしてきた自分の中に、“何か”が終わっていくような恐怖感が芽生えたという。
一時の達成感に甘んじるのではなく、何かが終わる喪失感に打ちひしがれるわけでもない。そこで彼が選んだのは都合の良い最終回など来ないとわかっていても、この人生を試練と捉えて乗り越える覚悟と共に生き抜くことだった。だからこそ今作『トライアル』は彼らにしか生み出しえない輝きを放ち、清らかに鳴り響いている。
●今回のニューアルバム『トライアル』の制作では音質にもすごくこだわって、時間をかけたそうですね。
山中:でも急にそういうスイッチが入ったわけではなくて、3~4年前から少しずつ音の好みが変わってきたのかな。一時期は世の中のCDがみんなthe pillowsよりも良い音に思えるっていう変な妄想に囚われていたんだけど、最初はどうしたらいいのかわからずに色々と試行錯誤していて。"こういう機材を使ってこういうふうに録ればいいんだ"とだんだんわかってきた中で、今回はしつこく時間をかけて作った感じですね。
●今作で求めていた音のイメージはどんなものだったんですか?
山中:今作はオーディオ的に印象のないものにしたくて。昔は全く逆で、一聴しただけでリスナーを驚かせたいという気持ちがあったのかな。でも自分がその当時インパクトを受けた音も、だんだん新鮮じゃなくなってくるんですよね。だから"今はこういうのが面白いんじゃないかな?"っていうところで実験的なことも考えたりしてきたんだけど、それもどうでもよくなってきた。
●オーディオ的に印象のない音というのは?
山中:音質的には印象に残らないけど、良いドラムの音やベースの音というのがあって。特徴的じゃない音というか、詞や曲とか楽器のフレーズのほうが印象に残るような、分離がすごく良い音。聴いた人がコピーしやすいハイファイな音にしたいっていうことを3~4年前から思っていたんだけど、今回が一番良くできたかな。
●目指していた音に辿り着けた?
山中:うーん…、もう既に反省点が出てきているからね。性格の問題だと思うんだけど、"明日の俺はもっと良いんじゃないか"とか思うと一生リリースできない(笑)。だからどこかで"今この時点で切り取ったら、この作品を好きになる"っていうポイントを見つけるんだけど、オーディオ的な部分で最近はちょっと病的というか。"もっともっと!"って思っちゃう。他人の音楽を聴いている感覚とは違って、the pillowsのCDを作ることに関してはきっとナーバスになっているんだろうね。
●制作中は何度も聴くので、よりナーバスにもなるんでしょうね。
山中:アホみたいにthe pillowsばかり聴きすぎると失敗することもあるっていうことが、今回でわかったかな。例えるなら1ミリ2ミリの話ばかりしていたんだよね。そんな時に他人の曲を久しぶりに聴いたら、自分たちの音がすごく小ぢんまりしているなと気付いて。そこから急に「5センチ変えてくれ」と言ってみたりしました(笑)。
●細かいところにこだわりすぎていたと。
山中:だから"気を付けなきゃ"とは思ったんだけど、やっぱりthe pillowsは難しいね! 俺が言う"ハイファイな音"って、濁りやすいコードを多く使うthe pillowsにはあまり向いていなくて。簡単じゃないほうに行きたがっているんだなって、自分で思う。
●でも今作の『トライアル(=試練)』というタイトル通り、難しい試練こそ挑戦しがいがあるというか。
山中:そうじゃないと、達成感もないだろうからね。
●前号のインタビューでも、今作のテーマについて"年を取っても才能が枯れても、生きていく。都合の良い最終回は来ない。そこをどう生きていくか?"だとおっしゃっていましたが。
山中:自分は"チャレンジャー"みたいなポジションが向いているミュージシャンだと思うんですよ。とにかく"何かに向かう途中"というか、達成できていない感じがあって。でも2009年に20周年で武道館公演をやったあたりから自分たちの座らせてもらう椅子のグレードがどんどん上がっていって、達成感を感じてしまったというか。具体的に言うと大きなフェスでトリを務めさせてもらえたり、すごくたくさんのお客さんがライブに集まってくれたりして。自分たちは何も変わっていないんだけど、…何となく嫌われてはいないなと(笑)。
●自分たちは変わらないままで、支持してくれるお客さんが増えた。
山中:そこで喜びや安心感、達成感みたいなものを感じられたんですよね。でも同時に、それが音楽を作っていく上ではエネルギーの妨げになるような感覚もあったというか。たぶん、自分は異常なまでにthe pillowsのことを日常的に考えてきていたので、ONしかなかったんですよ。
●常に音楽に向かうスイッチが入った状態というか。
山中:今もものすごく音楽に集中しているほうだとは思うんだけど、ONとOFFはあって。いつの間にかOFFの時間が増えていっているなと、ふと気付いた時にすごく恐怖を感じる。そういうのが積み重なっていったのかな。それまでの自分とは違う自分になっていくような、不思議な感覚があって。
●達成感や安心感が、逆に不安へつながった?
山中:自分は音楽だけじゃなくてthe pillowsが動いていく端から端まで全てを気にかけて世界観を作りたいタイプだったので、OFFの時間ができたこと自体が大きかったのかな。…何かを終えていくような恐怖があったというか。
●そういう感覚が今作にも表れている?
山中:今作の前に2ndソロアルバム『退屈な男』(2011年10月)を出したんだけど、そっちのほうでネガティブワールドがもっと出ていて。その頃は"もう終わるのかな"っていうくらいの気分だった。『トライアル』は、ネガティブから少しポジティブに向かっていると思う。
●ネガティブなものを『退屈な男』で出しきったことで、今作はポジティブな方向に向かえた?
山中:というよりは、タイミングの問題だと思いますね。3/11に東日本大震災があった時、僕らはちょうど"HORN AGAIN TOUR"の最中で。前日まではツアーを回りながら、ソロアルバムのネガティブな歌詞を調子よく書いていたんです。TVで震災が起きたと知った時はみんなと同じようにビックリしたし、ショックを受けて。そこから、歌詞を書いたり曲を書いたりするスイッチが入らなくなったというか。メンバーの親族も東北にいて当初は連絡がつかない人もいたので、不安で創作意欲もなくなってしまって。
●震災が制作作業にも影響を及ぼしたんですね。
山中:でも表面的なことだけで言うと、西の方では街中やライブ中のムードもそこまで深刻じゃなかったんですよ。それに戸惑いつつも、ちょっと救われた気がしたかな。震災とは無関係に昔作った歌詞が、そのタイミングで歌うと違う意味を持ってしまうこともあって。"聴くほうも自分の人生について考えさせられる時期だったから、今までとは違う受け取り方をしているんだろうな"っていう、深いキャッチボールをしているような瞬間が何度もあったんです。
●ライブ中にそういう瞬間を感じられた。
山中:そこでようやく、さっき言っていたような達成してしまった喜びとは相反する"苦悩"が生まれて。飽和状態にあることと、本当の絶望とは別物だなって。退屈なんか本当の絶望じゃないし、お腹いっぱいなんか絶望じゃない。それは当たり前のことなんだけど。
●そこからまた曲も書けるようになっていった?
山中:その後で一番最初に作った曲がM-2「Rescue」なんだけど、これには元々"被災地の人たちへ救いの手を差し伸べる"っていう意味は全くなかったんだよね。でもライブで泣いている人たちの姿を見たりすると、the pillowsの音楽に共感してくれたり大事に思ってくれたりする人に対する愛情が、自分にはあるなと感じて。
●「Rescue」はそういうことを歌っている?
山中:柔らかい言い方をすると"不器用"で、悪い言い方をすると"傲慢"なタイプの人間が生きていくのはしんどいなっていうのは自分の若い頃を思い出してもわかるし、そういう人とは友だちになりたくないなって俺も思う(笑)。
●(笑)。
山中:だけど、自分がそうだったからそういう匂いのある歌詞を書くんだろうし、それを聴いて集まってくる人たちの中にもそういう人は少なくない。そんなリスナーへのささやかな愛情みたいなものが、曲になったのかな。その「Rescue」を気に入ったことで、"これからも自分を楽しくさせて、自分の寿命を先延ばしにさせるものを作らなきゃ"って思った。
●M-7「Minority whisper」からは特にそう感じますが、今作の歌詞には山中さんが震災後の今思っていることが表れている気がします。
山中:「Minority whisper」は特にストレートですね。それぞれの曲に誕生日があるとして、いつも僕らのアルバムには同い歳が少ないというか。曲を作ってからずっと歌詞を書かないものもあったりするので、いつもはすごく歳に開きのある兄弟みたいになってしまうんですよ。でも今回は珍しく5つ子誕生みたいな感じで(笑)、短期間にまとめて作れたからじゃないかな。
●本格的にアルバムの制作に入ったのは震災後ですか?
山中:曲作りは5月くらいだったんじゃないかな。曲作り自体はスムーズでしたね。M-3「Comic Sonic」とM-5「エネルギヤ」以外はほぼ全部、震災後に作ったと思う。
●その2曲については他と心境が違ったりする?
山中:「Comic Sonic」に関してはアニメのエンディングテーマを依頼されて作ったので、今の感情は全く反映していないですね。作家的能力を発揮するというか、求められている期待以上のものを返したいという想いがあっただけで。アニメの主人公が高校生なので、自分の青春時代を思い出しながら書いたんです。だから、本来は今回のアルバムとは真逆の感じかな。
●「エネルギヤ」は元々、シングル『Comic Sonic』のカップリング用に作ったんですよね。
山中:実はM-4「Flashback Story」も、『Comic Sonic』のカップリングに入れようと思っていたんです。でもその時は歌詞が全く書けなくて結局、このタイミングでリリースすることになりました。
●曲は先にあって、歌詞を後から書いている。
山中:曲を作る時に「こういう歌詞を書こう」と決めて書けるものじゃないですからね。まず曲があって、それに対して口が何か言うのを待っているような感じです。
●タイトル曲のM-9「トライアル」を作ったのはいつ頃?
山中:これは曲作りの後半でしたね。まず、M-8「持ち主のないギター」という絶望的な歌が先にできて。そこから救いがある歌というか、明日に繋がる歌を作っていこうと思ったんです。その時点ではラストが「トライアル」で、その前に「持ち主のないギター」がくるというのは自分の中で決めてましたね。
●最初は「トライアル」をアルバムのラストに置くイメージだった。
山中:その時点では、まだM-10「Ready Steady Go!」はなかったから。「トライアル」という曲名を思い付いた時に、"これをアルバムタイトルにしよう"と思って。この曲ができ上がった瞬間に、「これが答えだ!」って思ったんですよ。
●直感があったと。ラストの「Ready Steady Go!」とオープニングのM-1「Revival」は、どちらもライブで盛り上がりそうな曲ですね。
山中:the pillowsのアルバムは、そういう形になっているものが結構あるんですよ。僕らはアルバムを作る時に、2つパターンがあって。1曲目からガツンといくパターンと、1曲目はあえてミディアムなものにして2曲目にガツンとくる曲を持ってくるパターンがある。前作『HORN AGAIN』は1曲目をミドルテンポにしたんだけど、ツアーをまわって気が済んだので今回は「1曲目からいきなり飛ばすよ」っていう感じにしたんだと思う。
●「Ready Steady Go!」の歌詞で"願望と痛み 僕は何度も感じた それをしつこく歌ったね"という意味の冒頭部分は、今まで書いてきた曲について歌っている?
山中:これは今までのことを歌いました。いつも同じことばかり歌っているけど、思っていないことを歌うのもつまらないから同じことばかり歌ってしまうんですよね。自分がより感情移入できるものを作っていくので、結局は同じことになっちゃうのかな。
●歌詞を書く上での苦悩もある?
山中:それはもう何年も前からあるし、どんどん苦悩が深まるんですよ。たとえば「エネルギヤ」の主人公は僕の中で20代までのイメージなんですけど、それを40代のバンドが歌うのは…っていう想いは正直ありますよね。曲自体は作家みたいに作れても、この顔で歌うのかと(笑)。
●(笑)。苦悩はありつつも、音楽を続けることをやめようとは思わないわけですよね。
山中:他に生きる術を知らないので、音楽をやるしかないんです。だから、苦悩はまだまだ続きますよ…(苦笑)。また1枚アルバムを作ることができたし、寿命がちょっと延びたなと。今作のツアーを回りながら、次も作れたらいいなと思いますね。
●自分でもさらにヤル気が出るような作品になっている。
山中:すごく気に入っていますね。もちろん作っている時はどの作品もお気に入りなんですけど、後々にほとんどライブでやらなくなるアルバムもあれば、"いつもやるよね"って言われる曲の入ったアルバムもあって。何となく、今回のアルバムはずっと好きなんじゃないかなと思っているんです。
●その違いは何なんでしょうか?
山中:the pillowsのアルバムには、"ロックンロール"サイドのものと"オルタナティブ"サイドのものがあると思っていて。どちらかというとオルタナティブサイドのものに、自分は手柄を感じているのかもしれない。この種の輝きを出すバンドは、日本にはあまりいないと思うんですよね。
●今作にはthe pillows流のオルタナティブさが出ている。
山中:自分はロックンロールに向いている人間ではないけど、リスナーとしては好きだから憧れとしてのロックンロールをやっている感じがあって。日本のオルタナバンドって、本格的なものが多いと思うんです。でも自分にとっての"オルタナ"は誰もがカッコ良いと思うものではなくて、カッコ良いかカッコ悪いかのギリギリにあるようなものだったりする。
●求めている"オルタナティブ"のイメージが違う。
山中:人によっては、もうロックかどうかもわからないというところにまで踏み込んでいるものが好きで。誰が見てもカッコ良いオルタナをやっているバンドは多いけど、もっとバカっぽくてダサいことを恐れないオルタナティブバンドが日本には少ないと思う。
●ロックンロールは歴史もあるのでスタイルやイメージが定まっているけど、オルタナはジャンル自体が新しい分、自由度が大きい感じがします。
山中:オルタナが面白いなと思うのは、プレイヤーのルックスがすごく自由なところなんですよ。たとえばタトゥーの入ったハードなロックファッションをしている人でも、"のび太くん"みたいなメガネをかけた人でも、オルタナ系の音はどちらにも似合う。
●確かにオルタナ系のバンドは海外でも、色んなルックスの人がいますよね。
山中:どんな見た目でも何歳でも、オルタナは音がカッコ良ければ受け入れられるというか。クラスのいじめっ子もいじめられっ子も、デブでも痩せていても、誰でもカッコ良くなれる。逆にロックンロールはその人自身がカッコ良いかどうかが、重要な気がするんですよね。
●音さえカッコ良ければ年齢どころか人種も関係がないからこそ、the pillowsは海外でも人気があるんだと思います。
山中:元々、海外進出することへの憧れみたいなものは全くなかったんですけどね。だって、僕らがバンドを始めた頃はまだ、少年ナイフもアメリカへ行っていない時代だったから(笑)。日本のバンドがアメリカでライブをするなんて、当時は考えられなかったんです。
●少年ナイフやボアダムスのような日本のバンドが海外で人気を獲得し始めたのは、1990年代前半でしたよね。
山中:もちろん憧れの気持ちがゼロだったわけではないけど、当時は日本のバンドの方が好きだったのかもしれない。そもそも海外でライブをしようと思ったのは、2004年に15周年で色んなことをやった次の年にもまた新しいことをしたいなと思ったからなんです。仲間のnoodlesがよくアメリカへ行っていたので連れて行ってもらったら、人気があってビックリしたっていう(笑)。
●自分たちでも海外での反響の大きさは意外だった。
山中:ニューヨークでインタビューされた時に「ファンはどうやって君たちのことを知ったんだろう?」と訊かれて、「俺が訊きたいよ!」って思ったくらいだった(笑)。元々は『フリクリ』というアニメのサウンドトラックに使われたことが、海外での90%の出会いに繋がっていると思うんです。最初はロックよりもアニメが好きというお客さんの前から始まって、どういうわけか地道にツアーを回っていく内に変わってきたんですよね。最近はアニメよりもロックが好きなお客さんが増えてきたなと実感しているんですけど、どうやって知ったんだろうというのは不思議でした。
●今回はアルバムと同時に、昨年9月に行った5度目のアメリカツアーを記録したDVD『WE ARE FRIENDS』も出るわけですが。
山中:いつも通りの熱狂と歓迎ぶりと、いつも通りのホテルや空港でのストレスがあり…という感じでしたね(笑)。飛行機に何十時間も乗っていると嫌になっちゃうし、空港でも日本みたいにスムーズにいかないストレスはあって。最小人数で行くので現地では自分で楽器を運んでセッティングまでしたりとか面倒くさいことも多いけど、やっぱりライブのステージに立つとまた戻ってきたくなっちゃうんですよ。
●お客さんからの反響の大きさも関係している?
山中:日本語の歌詞も覚えてきて、一緒に歌ってくれたりもするんです。the pillowsのTシャツを着ているだけじゃなくて、曲名をタトゥーで彫っている人までいて。そこまでの愛情を目の当たりにすると、また来たくなっちゃいますよね。
●アニメをキッカケにして、今ではthe pillows自体が海外でも支持されているわけですね。
山中:改めて考えると、本当にラッキーだったなと思います。アニメのサントラを出会いのキッカケにして、そこから今ではちゃんと音楽のファンになってくれて。日本人のやっている音楽を、良い音楽だからということで受け入れてくれている。海外に興味のあるアーティストにはうらやましがられるような、すごく幸運な立場に自分たちはいると思いますね。
Interview:IMAI
Assistant:Hirase.M