1997年大阪で結成して以来、マージービートを追い求め、常にどこかのライブハウスで夜な夜なビートを奏でているビート貴公子・THE NEATBEATS。
彼らが4/4にリリースしたアルバム『DYNAMIC BEAT TOWN』には世界標準のロックンロール・サウンドが散りばめられており、2012年を代表する名盤と言っても過言ではない。聞くところによると同作は、G./Vo.MR.PANが5年前に設立したビンテージ・レコーディング・スタジオ「GRAND-FROG STUDIO」にて制作されたという。
その“素晴らしい音”の秘密を暴くべくMR.PANに話を聞いた今回、アルバムの内容に触れられることはほとんどないままに、MR.PANが延々と“こだわり”について語り倒したスペシャルインタビュー。
世界最高峰の音を求め、東大阪のネジ工場の職人のようなこだわりを貫き通すMR.PANの生き方は、こんな時代だからこそとても眩しく見えた。
●今までTHE NEATBEATSのCDを聴いてきましたけど、今回リリースされたアルバム『DYNAMIC BEAT TOWN』は本当に素晴らしいですね。なんか音が違う気がするんです。"耳が痛い"という感覚がまったくない。語弊があるかもしれないんですが、めちゃくちゃ聴きやすいんですよね。音に耐久力があるというか。
MR.PAN:それがいちばん。アルバムを聴くとき、1曲目から12曲目までストレスなくサラッと「もう終わってもうた!」っていう風に聴けるのがベスト だと思う。また他の音源を聴いたときに、"あれもう1回聴きたくなる!"っていう。"あれもう1回食いに行きたいな"みたいな。
●そうそう。
MR.PAN:そういうアルバムにするのがいちばん正しいんちゃうかなと。だから完全なA級グルメではないですよ。B級グルメです。いつ行っても味は一緒やけど食いたい。
●うんうん。
MR.PAN:僕は音楽もそうかなって気がする。そういうことをみなさんはやっていないし、みんないわゆる流行りというかご時世の音っていう。それはアリだし、そういう時代だからあって当然だと思うんです。ただ、その中にこだわりを持って味も変えずにやっている店があってもええやん? そういう感覚で、もっと追求したというか。
●なるほど。
MR.PAN:5年前にGRAND-FROG STUDIOを作って、5年間タレを注ぎ足して注ぎ足してやってきたようなもんかな(笑)。それでやっとコクが出ましたと。
●スタジオを作ってから5年かかったというのは、真鍋さん(MR.PAN)が求めていた音に近付けたという感覚があったからなんでしょうか?
MR.PAN:単純にそうですね。もちろんまだまだこうやりたいというものが頭の中にあって、それを実現させたいという想いはあるけど、やっとニュアンスとしては近くなったかなと。機材の相性もそうだし、いろんな部分でのマッチングの問題があって。ケーブルもこれからあれにしてみたとか、すべてにおいて細部まで手を入れることができたから、ようやくそういう音になってきたかな。
●真鍋さんが自分でビンテージのレコーディングスタジオを作ってまで求める音というのは、何かモデルというか目標があるんですか?
MR.PAN:やっぱりTHE BEATLESは頭にありますね。THE BEATLESというか、アビー・ロード・スタジオ(以下、アビー・ロード)という限定したスタジオ。他にも僕が大好きなサウンドはめちゃめちゃあるけど、アビー・ロードはとくにすごい。スタジオを使う人もすごいし、エンジニアもプロデューサーもスタジオ自体も全部がすごい。
●うんうん。
MR.PAN:全部が揃っていて、THE BEATLESの初期のエンジニア、ノーマン・スミスもそうだし、ジェフ・エメリック、ジョージ・マーティンもそうで。結局その辺の使い手、開発する機材のメーカー、スタジオのすべてがハイグレード。そういうものって、今はありえへんよね。
●そうですね。
MR.PAN:例えばバンドがスタジオでレコーディングするとなったら、どこかから借りてくる。言ってしまえば、そのスタジオは誰もが使っている。いろんな人が使っているから、その度にエンジニアが出入りする。でもメインはそのスタジオの卓だったりレコーダーだったりするから、結局本質の音というのはそこ そこの感じで終わってしまうんですよね。「このくらいのグレードのスタジオです」みたいな。アビー・ロードのすごいところは、エンジニアによって音がまったく違うところと、それでもアビー・ロードの音がちゃんと残っているところ。「これはアビー・ロードのドラムの音だ!」とか「アビー・ロードのハイハットの音だ!」というのが全部残っているんだけど、今のスタジオにはそれがないから、じゃあどうしたらいいかと考えたときに"自分で作った方がいいな"って。それを偏って考えた(笑)。
●偏って(笑)。
MR.PAN:だから、いろいろ反対されたんですよね。
●そりゃあされるでしょう。
MR.PAN:エンジニアの人にアドバイスをもらおうと思って、「こういうスタジオを作りたい」と相談したんですよ。「でも僕の中には条件がいくつか決まってて、まずアナログである。モノラルをメインで録る。Pro Toolsは絶対に入れない」…そう言ったら「そんなスタジオ誰も使わないよ!」と。
●そうでしょうね(笑)。
MR.PAN:でも、そう言われたら余計にやりたくなるんですよね。「いや、俺は絶対やる!」みたいにさ。もう、子供の言い合いみたいになって、そういうスタジオの方針にしたという感じですね(笑)。
●アハハハハハハ(笑)。
MR.PAN:THE NEATBEATSが昔インディーズレーベルでやっていた時期は、大阪で録っていて、けっこう手作りでやっていたんです。自分たちでTHE BEATLESとかローリング・ストーンズの写真を印刷して持っていって、「ここにアンプが置いてある!」とか言いながら手探りで。そのときは機材の不足もあったけど、やり方としてはおもしろくて。そこからメジャーで出すとなって。
●はい。
MR.PAN:でもメジャーでやってた期間はあまり思い出がないというか、音作りに関してあまり関わった感がなくて。作品として悪いとは思わないけどね。その時代の音があるから否定はまったくしないけど、やっぱり俺たちはのらりくらりとやるよりも、決まったものを常にやっていた方がバンドとしてもいいのかなと。決まったことをどんどん追求していく方が向いているというか、好きということが分かってきていたから、10年くらい前から"スタジオが欲しいなあ" と思っていたんです。
●なるほど。
MR.PAN:実際、いろんなレコーディングスタジオに行くにも、ちょっと機材を集めていたから、持っていって繋げて録っていたんですよね。そうやっていると「俺、もうこの卓を使いたくない!」ってなってきて(笑)。「48チャンネルって何なん? 俺らここ(端っこの数チャンネル)しか使ってないやん!」みたいな。
●アハハハハ(笑)。
MR.PAN:マイクプリも「こうして録りたい」とかをだんだん言うようになって。ドラムも最初はスネア、タム、フロアタム、トップだったんやけど、「もはやマイク1本で録って!」という感じ(笑)。そう考えると、48チャンネルもある大それた卓よりも、マイクプリが最高のアンプが欲しいという気持ちになってきて。"だって1個だけでいいねんもん!"みたいな。48等分されたものより、1つのアンプに1つのトランス。現在のPAシステムは心臓が1個あって、そこから血管がいっぱい出ているじゃないですか。身体のいろんなパーツが48個あるわけですよ。心臓が1個あって、そこから血液を48箇所に送って動かしているわけです。そうじゃなくて、僕は1個の部位に1個の心臓が欲しいんです。手を動かすのに1個の心臓! 足を動かすのに1個の心臓! 俺らは8チャンネルくらいで録れるから、8個の心臓で8個のパーツを動かしたい。それだけの機械の活動力が欲しいという。
●分かりやすい(笑)。
MR.PAN:そう考えたとき、昔の機材ってそうなんですよね。1個のアンプを動かすために、インプットトランスとアウトプットトランスがある。心臓が全部に1個ずつ付いていて、単独で動かしているんです。だからものすごく重たいんですよ。運ぶのもたいへんやし。でもやっぱり違う。戦車を動かしている感じよね。俺はこんな軽自動車みたいな音楽はしてへんねん。戦車を動かすような音楽をしてんねん。
●ハハハ(笑)。
MR.PAN:でも戦車って小回りが利かへんし、1発大砲を撃ったら終わりとかで、はっきり言ってすごく不便やん。でもあの重量感は戦車に変えられないものであって、俺はそういうものがしたいし、そういう音が録れるスタジオをやりたいと、沸々と思うようになったんです。
●真鍋さんは以前からビンテージ機材に詳しいですけど、何か原体験があるんですか?
MR.PAN:19~20歳くらいの頃に1年間イギリスにいたとき、トー・ラグ・スタジオというビンテージ・スタジオによく出入りしていて、スタジオ ミュージシャンでギターを弾いたりしていたんですけど、その思い出がすごくて。トー・ラグ・スタジオはアビー・ロードの卓を払い下げでもらってメインで使っているスタジオで、コンピューターは1つも入っていない超アナログなスタジオなんですよ。
●ほお~。
MR.PAN:今のレコーディングと使い方が違って、ダイヤルを回すとか押すとかフェーダーを上げるとか、そういうレベルでしか目も手も使わないんです。耳はスピーカーだけ。今みたいに画面上でクリックしたり、デジタルな目の使い方は一切ない。そういうやり方が自分の中で普通やし、それで最高の音が出ているんですよね。そういうことが忘れられなかったから、「俺は絶対デジタルを入れへん」って。最近なんか、Pro Toolsをスタジオに持って来られるのも嫌です(笑)。
●アハハハ(笑)。
MR.PAN:別にPro Toolsが悪いわけじゃないし、製品としては便利でいいと思いますよ。ただ、僕は何が嫌なのかというと、ツールがプロなだけで、使う人はプロじゃないんですよね。それがすごく嫌なんです。完全に使いこなせる人がPro Toolsを使ってプロの音を作っていたら、「すごいですね」って言うしかないねん。僕はそれを使えないですから。でも、自宅でちょろっとできる人が 「Pro Toolsを使って作りました」って言っても、「お前アマチュアやんけ!」と言いたくなるんですよ。音の研究ができていないというか。エフェクトの感じにしてもプラグインやし。下手したら、違法ダウンロードとかでもらってきているかもしれない。
●そうですね。
MR.PAN:そこには自分のリスクがないですからね。でも、ビンテージの機材って、本当にリスクがあって、買っても使えない場合の方が多いねんやんか(笑)。
●ああ…(苦笑)。
MR.PAN:買って使えるのは、ほんまのラッキーで(笑)。買って線を挿して100%と思うものはまずなくて。
●ないんですか?
MR.PAN:ほぼないです。買ってから調整プラス修理。
●買ってすぐに修理ですか?
MR.PAN:当然です。上手くいけば調整だけで済むけど、それはラッキーかな。修理までするのもまだいいわ。パーツがなくて絶対無理ですっていうのもあるから、それが最悪。
●うわぁ…。
MR.PAN:お金を捨てたようなもんですからね。でもいちばん問題なのは、自分がその機材の音を知らないこと。本当に誰も知らないという場合がありますからね。
●基準がどこにもないと(笑)。
MR.PAN:誰に訊いても「そんな機材知らん」とか「そんな音、聴いたことがないから分からへん」という上で買わないとあかんっていうね(笑)。じゃあどうやって買うねん? と訊かれたら、見た目しかないわけですよ! 基準はフェイス。
●アハハハハハハハ(爆笑)。フェイスて!
MR.PAN:顔とパーツ。あとはちょっとした噂。
●ビンテージ機材選びってすごく難しいんですね。リスクがものすごくある。
MR.PAN:機材は、50年代のものの色は特にグレーがメインで、軍用だったこともあって、派手な色ではないんですよね。だからグレーと黒が50年代のシンボル的な色で、いわゆる機械みたいな色。あととにかくノブがデカい。特にアメリカ物は大胆にノブが付いているのね。
●はいはい。
MR.PAN:それでイギリスのものは、ノブが5段階とか3段階とかのセレクター式が多いんですよ。そこの潔さがアメリカと違うんです。「俺はこれでええねん」みたいな。「アメリカはデカいだけで迷っているやん」みたいな(笑)。
●ハハハ(笑)。
MR.PAN:イギリスは「俺はAでいいわ」みたいな潔さがある。ただ、イギリスは完全にオリジナルではないんです。
●というと?
MR.PAN:潔いとはいえ、結局アメリカのものを持ってきて改造したものを「俺のオリジナルだぜ」と言っているようなコピー文化がある。アビー・ロードも、実はそうなんですよ。
●え? そうなんですか?
MR.PAN:アビー・ロードにはEMIが開発した機材がいっぱい揃っていて。今のEMIは機材を作っていないんやけど、昔はレコーディング機材を作っていて、アビー・ロードっていう自分のところのスタジオに納品していたわけです。それは、もともとアメリカの機材を手に入れてきて、中身のパーツをちょっと 入れ替えてEMIの機材だと言っていたようなもので(笑)。
●そうだったんですか。
MR.PAN:でもそれはコピーになってしまうから、一般市場には出ていないんですよ。そのスタジオにしかない機材。だから結局世界に何百台、何十台しかないというレベルのすごく希少なものになってくるんですよね。そう考えてみたら、アビー・ロードの音ってすごいやん! と。もともとがオリジナルじゃなくても、自分のスタジオの音に仕上げといて、しかも今の時代に聴いてもいいというのは、すごいことなんですよ。中小企業の 原点のように感じますよね。
●ああ~、確かに。
MR.PAN:厳選した機材の使いにくい部分を、自分たちが使いやすくするためだけに作って、それを利用し続けたというのは今では考えられなくて。別に万人受けするものじゃないし。でもそれがあのTHE BEATLESの音なんやと考えたときに、自分のスタジオもそういうものでいいやと。いろんなエンジニアさんが来て「使いやすい」と言うスタジオなんか 作っても仕方がないんです。誰が来ても「真鍋くんもいてもらわないと分からへん!」と、それくらいのスタジオでいいんやって思ったんです。そういう方が、 スタジオとしての色があるかなって。
●ほお~。
MR.PAN:今の日本に「この曲はあそこのスタジオで録った」と分かるスタジオってないと思うんですよね。"このエンジニアは誰だろう?"とかもあまり思わないでしょ。今はそういう文化がなさすぎるから、音楽業界としてはすごく嫌で。当然アーティストありきやけど、その裏にいるプロデューサー、エンジニア、ディレクターっていうスタッフ陣の思っていることとか、やりたい音とかが、なんでもっと表に出ないのかなと思っていて。THE BEATLESの時代にはあったじゃないですか。The Rolling Stonesやアンドリュー・オールダムとかも一塊になっているような時代があったけど、今はないと思う。そう思ったときに、THE BEATLESたちがいたあの時代は、すべてが動いていたんだろうなと。巨大なパワーというか。
●うんうん。
MR.PAN:みんなが研究していたと思うんですよね。機材を作る人も燃えていたというか、「俺は次のTHE BEATLESには8チャンネルを使って欲しいんだ」って言うけど使ってくれないという葛藤もあったと思うし、ステレオにしたいけどジョージ・マーティンは「モノラルがいい」と言っているとかね。そういう葛藤の中に文化ができていったんだと思うんだけど、50年後にまだあの最高峰を超えられていないという のは、"やっぱりアレが本物なんちゃうの?"と。
●ああ~、なるほど。
MR.PAN:そう考えたら、自分がやりたかったこともそこやし、やるしかないなと。そこに近付けるかは分からないけど、極端にそこを目指してやってみようかなと。
●アビー・ロードの精神性を受け継いで、同じような精神性や方法論でいい音楽を作ることに邁進しようと。
MR.PAN:そうです。マイクはこの位置で立てなさいとか、昔はすべてに規則があって、その規則の中でいい音楽を作るというのは、すごくおもしろいなと 思っていて。今は、誰も彼もが「自由に」と言うけど、"とことんやっている人がいるのかな?"と疑問で。それはとことんお金をかけるのでもいいし、とこと ん時間をかけるのでもいいし、特定の人で"あの人はやり方としてすごい"と感じる人はいますけど、少ないんですよね。
●そうでしょうね。
MR.PAN:それに正直に言うと、今はCDのメディア自体にみんなが飽きていて、価値がないと思う。メーカーとかも「CDじゃないほうがいいんじゃないですか?」「でもCD以外にないじゃないですか」というレベル。じゃあ配信にしてみたら、違法ダウンロードが増えて。最近は罰則で取り締まるようになってきたけど、"広げたのはあんたらやん!"と思うわけですよ。CDもコピーできるようにしたのはあんたらやし。最初から音楽メディアとしてのCDとデータとしてのCDを別にしておいて、共有できないように作っておけばコピーできなかったのに、いつからか自由化して価値を下げたのも開発した方の責任だと思う。 レコードのときはそれが無理だったじゃないですか。
●そうですね。
MR.PAN:レコードはテープに落とすのがギリギリで、友達と貸し借りし合うときに「テープ貸して」と言うのは負けた感があった!
●ハハハ(笑)。確かに(笑)。
MR.PAN:「俺もレコード欲しいねん!」と。テープはレコードからコピーしたやつやし劣化しているじゃないですか。でもレコードなんて、本当に友達じゃないとなかなか貸してくれへん(笑)。そういう感覚の音楽って、守られていたじゃないですか。絶対に買わないとあかんかったし、お金を貯めないとあかんかったし。それがレンタルレコードで誰もが聴きやすくなって、一気に飛び火してCDになって、CDからテープだったものがCDからCDにコピーできるよ うになってしまって。デジタル上はコピーできないことになっていても、アナログに繋いだら一発でコピーできるし、パソコンが出てきたらパソコンで簡単にで きるし、生産までリスナーがやってしまうところになってきたから、僕は生産者と消費者の区切りがないように感じてしまう。バンドでも、ちょろっと演奏ができるからちょっとリハスタを借りて、機材を入れて録って、CD-Rもすぐにできる。じゃあツアーに行こう、みたいな。全部が軽い生産者じゃないですか。 でも、ほんまの生産者はめっちゃこだわってる。
●うんうん。
MR.PAN:でもそれには作る側にも原因があって、とことん作っていないから。軽くいっぱい作っちゃうんですよね。例えば農家やったとしたら、ビニールハウスで生産システムを作ってトマトを作ろうと。害虫も売っている農薬でも撒いたらええわと。それを音楽業界に置き換えると「あそこのスタジオにみんなが行っているから、あそこでええやん」「みんながPro Tools使ってるから俺らも使ったらええやん」ということですよ。そうしていくと、みんな同じ音になるじゃないですか。
●そうですね。
MR.PAN:それを消費者が買うときに、みんなが味の美味さを追求していないから、分からなくなっているんですよね。ほんまに美味いトマトを食ったことがない。そのことが、制作する側としてはすごく歯痒いんですよね。
●なるほど。
MR.PAN:よく思うんですけど、THE BEATLESのなにがすごいかと言ったら、例えばデパートで何気なくかかっていても、"かっこいいな"と感じるところですよ。
●本当にそうだと思います。
MR.PAN:ラジオでかかっても、美容室でも、どこでかかってても"THE BEATLESはかっこいいな"と思いますもんね。「I Saw Her Standing There」という曲では、ポール・マッカトニーが最初に「1・2・3・4!」ってカウントするんですけど、そこで既にかっこいいやん? それは楽器ではなくて、ただのポールの掛け声なのに、THE BEATLESの音やし、あの音、あの楽器の鳴っていないところでのあの声質を真似ようとしても、かなり難しいと思う。
●うんうん。
MR.PAN:でも僕はそのレベルまで再現したいんです。そういう感覚を、スタジオの音を作る側としてはもっとこだわりたい。ほんまに偏屈な農家みたいなもんですよ。
●偏屈な農家(笑)。
MR.PAN:「お前んとこの畑、虫とかすごいけど絶対農薬使わへんなあ」って言われるような。「俺は絶対に機械を使わんと、雑草は自分で抜くねん!」と…ちょっと意地になっているところはあるけど…そういう感じ(笑)。
●それは"こうやって生きていこう"という覚悟みたいなものですよね?
MR.PAN:そうやね。残るものとして、どれだけ価値を上げられるかというところやと思うんですよ。結局CDやレコードは自分が死んだ後も残るだろうし。自分が死んだ後も残って受け継がれていくんだと思ったときに、残す音は自分が納得した音じゃないとダメじゃないのかなと。もしも何かの事情で手を抜いたり妥協したりしたものが残るのは嫌やなと。中身の質がどうこうよりも、最大限の努力をしたか、こだわったかという部分でね。
●かっこいいですね。
MR.PAN:そういう努力やこだわりをちゃんとしたいと考えたときに、自分が思った音を作れるスタジオがなかったんですよね。探したらたしかにすごくいい所もあるけど、自分の録りたい音とはちょっと違うというか。そうなると、ただの文句言いやと思われたら嫌やんか(笑)。
●どこに行っても「ちょっと違うなあ…」ばかり言っているとね(笑)。
MR.PAN:だから、自分でスタジオを作ってしまった方が早いなと。一生文句を言いながらやるのは嫌やからね。文句を言うより自分で作る!
●ハハハハ(笑)。
MR.PAN:別に裕福な資金があるわけでもないから、20年近くかけて徐々に機材を買っていったわけですよ。言ってみれば、20年間小銭貯金をしていたようなもんです。
●小銭貯金って(笑)。
MR.PAN:ちょっとずつお金を貯めて機材も貯めていく感じで、一気に買うことはなかった。でも、スタジオができるまでとにかく集めようと思って、それは辞めずに続けてきたんですよね。THE NEATBEATSを始めた頃から買っていたかな。もう、使えないけど買う。
●とりあえず流通しているときに買うということ?
MR.PAN:そうそう。「たぶんこれはもう手に入ることがないだろうから買っておこう」と。そうして買っては並べる。
●アハハハハ(笑)。
MR.PAN:"20年後にお前を使う日がやってくるんだよ"と思いながら(笑)。時間と一緒に想いもヒートアップしていくから、絶対に気持ちに妥協することだけはやめようと思った。
●1人の音楽人として、日本の音楽シーンに対する挑戦ですね。
MR.PAN:かなりの挑戦ですよ。日本人ってやっぱり手先がすごく器用だと思うんです。パーツとかの物を作ることに関しては世界的にもトップだと思う。
●そうですよね。
MR.PAN:でも、変な気質を持つ人が少なくなってきたと思うんです。いわゆる職人気質で、東大阪のネジ工場じゃないけど、「ネジを絶対に引っかかりがないように作る」とか、そういう考えは本来みんな持っていると思う。でも同時に、便利な方に流れる…怠ける気質も持っているから、集団気質とそれが合わさったら楽になると努力しないようなところがあるんですよね。やっぱり便利な方に流れて「みんながそう言うならそっちかな」となってしまう。そうじゃなくて、1人でも「俺はまだこれを作らないとあかんから、先に行っておいて!」と、こだわって最後までやり遂げる人が少ないのが勿体ないと思います。音を作る側としては、唯一頑固でいたいなと思っているんです。「あそこの寿司屋の親父怖いねん」みたいにさ。だから、僕がスタジオでエンジニアをやるときって、みんな僕のことを普通のエンジニアやと思っていないんじゃないかな?
●というと?
MR.PAN:全然優しくない…というか、言うことを聞かないんですよ(笑)。
●アハハハ(笑)。
MR.PAN:みんなが「やってほしい」と言うことも、僕がなしと思ったら「なし」と言うし、やらないですね。そういう意味では優しくないよね。別に怒っているわけじゃないけど、「こういうのをやりたいんです」と言われても「それはないな」って。
●でもそれは、どうやればいい音が出るか、という確信があるからですよね。
MR.PAN:音が自分の中でも決まってきた。僕が世界最高峰に近いと思う音質を見付けていて。まだ改良する余地はあるけど、現状の機材とシステムでできるベストだろうという感じはありますね。
●それはいろいろポイントがあると思うんですが。
MR.PAN:そうですよ。本当にマッチングなんだと思いますけどね。
●組み合わせなんですか?
MR.PAN:そう、結局は組み合わせなんですよ。パズルみたいなもので、本当にアナログな世界よね。
●電気も大きく関係しているんですよね?
MR.PAN:そう。電気が生きているか死んでいるかも大事。
●生きているか死んでいるか(笑)。
MR.PAN:電圧もそうなんやけど、電気のスペシャリストのアキノさんという人がいるんです。もともとは一流のエンジニアさんで。そのアキノさんという方は、電気のことに関しては本当にすごくて、来るなり電気の話ですよ(笑)。この話を東京電力とかに聞かせてやりたいもんね。どれだけ電気を愛している人か!
●電気を愛しているんですか。
MR.PAN:東電とか関電よりも、いちばん電気を愛していますよ。原発問題とかいろいろあるだろうけど、そんなこと以上に電気のことを大切やと思っている人で、電気のことに関して熱弁を振るうわけですよ。
●熱弁を振るうんですか(笑)。
MR.PAN:「世の中では"100ボルト"と言いますけど、あれは嘘です。あんなまやかしはないです。各家庭へ届くまでにいろいろな抵抗があって、本当にちゃんとした配線をしないと100%の電気を使うことはできない。それは電気を使う機械たちに対して失礼なんです」と(笑)。
●は、はい…(笑)。
MR.PAN:「電気を使う機械は100ボルトの力を出すために生まれてきたのに、90%の電気だと90%の力しか出せない。それは電気の機械にとって本当に可哀想なことです。だから100ボルトなら100ボルトの完璧な電圧のために、すべてのシステムが必要なんです」と言って、トランス1つからすべてを作ってくれたんです。スタジオのある建物まで引いてくるケーブルですらアキノさんの指定ですからね。
●そうなんですか(笑)。
MR.PAN:もはや東電に対して指定ですよ。「あなたそのケーブルを使っているけど、そんなケーブル使わないでください」って。ほんまに電気のことを考えるならこのケーブルを使えと(笑)。そんな感じで、完璧な配線にしてもらいました。GRAND-FROG STUDIOはそういうところから始まったから、圧倒的にノイズが少ないんです。ビンテージの機材で何がいちばんの弱点かっていうと、ノイズとマッチングの問題。ノイズが少なくてベストなところにくるというのは、電圧、ケーブル、真空管、小さなパーツ1個でも、本当に全部が関係してくるんです。でも元はやっぱり電気やから。
●そうですね。
MR.PAN:元となる電気がいちばん最初に解決できたから、かなりよかった。そこで"とことんこだわってやろう"と決意をしたくなったよね。
●アキノさんに出会ったときから?
MR.PAN:うん。徹底的にやろうと思った。最初の段階ではTHE NEATBEATSオンリーのスタジオとしか考えていなかったから、そこまでの気合いではなかったかもしれんけど、電気のなんやかんやから始まって、いろんな人に配線をしに来てもらったり、いろんな人から機材を譲ってもらったりする中で"これは自分たちだけじゃなくて、他の人にも使ってほしいな"と思うようになって。正式なスタジオとして、レコーディングを請け負おうかなと。ただ、普通のリハスタではないから何時間パックとかはないけど、人づてに来てくれる人が多くて。その"人づて"がすごく強くて、けっこうレコーディングが入っているんですよね。
●今までどういう人のレコーディングをしたんですか?
MR.PAN:曽我部くん(曽我部恵一)とか、KING BROTHERSとか、フラワーカンパニーズとか。最近だったらTHE BOHEMIANSやOKAMOTO'S。他にもジャズ系のバンドとか、THE BEATLESの完コピバンドのTHE BELIEVEってバンドとか。それも全部人づてで。そういうのっていいなと思っています。「あそこはどんなスタジオなん?」って、ちょっと気になるくらいがいいかなって。
●口コミで広がるという。
MR.PAN:だから一般に売り出してやる感覚は特にないです。取材お断りな店もあるじゃないですか。そういう感覚をちょっと残しておいた方がいいかなって(笑)。
●アハハハ(笑)。今、取材してますけどね(笑)。
MR.PAN:「ちょっと忙しいねん!」みたいな。インターネットに載せていないから場所も分からへんし、時代に全部反している感じがいいなと(笑)。
●なるほど(笑)。でも今回のアルバムは何かが違うと思ったんですよ。だからTHE NEATBEATSのアルバムはもちろん、ここでレコーディングする人が増えるにつれて伝わっていくと思うんです。
MR.PAN:そういうのも嬉しいけどね。やっぱり新しいアルバムも、一部の感想だけど「これは今なんですか?」と言われるし、極端に言えば「何がしたいんですか?」って感じやと思う。むしろそれが嬉しいんですよね。試聴機に5枚入っていたら1枚だけ飛び抜けて違うようなCDにしたいと思っていたから。それがなんでなのかは分からないけど、違うというレベルの方がいいから、僕はそういう感覚でやりたい。同じ車が5台並んでいて、1台だけ飛び抜けて速いと "どんな改造をしているの?"って気になるやん。そういう感覚がやっぱり好きやし、男としてそういうものに魅力を感じるから、そういうのが性格にも出ているというか。スタジオも自分の性格のままやね。
●マニアだからビンテージの音を再現しようというわけじゃなくて、いい音を求めたときに、その音が50年代や60年代にあった、ということなんですよね?
MR.PAN:そうなんですよ。今いちばん間違えているやり方というのは、デジタルな機材でアナログみたいな音をやろうとすること。それがかっこいいというブームのようなものが、ちょっとあるじゃないですか。
●懐古趣味みたいなことですよね。
MR.PAN:そうそう。GRAND-FROG STUDIOはそれとはまったく逆で、俺は50年代や60年代に生まれた機材で、めっちゃ新しい音を作りたいと思っているんです。だから俺、生まれる年を間違えたんですよ。たぶん1940年代生まれなら、めちゃめちゃよかったんだろうなと。レコーディングスタジオとして、エンジニアとして、最近の機材にまったく興味がないんですよね。1ミリも興味が湧かない。
●アハハハ(笑)。
MR.PAN:「使ってみて」と言われたら使うし、ビンテージっぽい音が出ているしいいとは思うけど、本物を使ったら「やっぱりこっちやな!」と思う。だから今の機材はなるべく入れないですね。
●素晴らしいこだわりですね。
MR.PAN:ただ、いろんなバンドが録りに来るという事情があるから、1個だけ…レコーダーでデジタルのものを入れてしまって…。
●え、そうなんですか?
MR.PAN:それだけが今の葛藤の原因ですね。それをなくすかなくさないかで、常に葛藤していて。極力使いたくないんです。
●要するに、マスターの音源を持って帰るためにメディアに入れるレコーダーですよね?
MR.PAN:そうです。データとして持って帰りたいじゃないですか。1/4インチのテープを持って帰りたい人なんて誰もいない。
●誰もいないでしょうね(笑)。
MR.PAN:無理矢理渡していますけど。
●渡すんだ(笑)。
MR.PAN:でも、「やっぱりマスターテープが1/4だけだとアレなので、すみませんがデータももらえませんか?」って言われるんですよね。その葛藤がすごくあります。「データはない」と言い切りたい(笑)。
●アハハハハハハ(爆笑)。
MR.PAN:でも相手がすごく困るみたいなんですよね。「データがないとみんなに聴かせられないし…」とか「うちの会議室にテープレコーダーがないので…」とか。「じゃあテープレコーダーを入れてください」なんて言っても、まず無理じゃないですか。
●ラジカセじゃないですからね(笑)。
MR.PAN:リールテープを持っていっても、みんな聴かれへんからね。そこが葛藤です。
●病院と処方箋薬局のような感じで、スタジオの隣や駅前に、テープからデータに落とす機材だけを置く場所を設けたらいいんじゃないですか?
MR.PAN:なるほどね! 完全に違う建物で自分は関わっていないことにすればいいね! 「俺ちゃうで! 俺は嫌やねんで!」と(笑)。…でもそれがないので時代に負けた感がある。この俺が時代の波に負けたのかなと。
●大して負けていないと思いますけど(笑)。
MR.PAN:唯一悔やまれる1敗です。でもPro Toolsじゃないからプラグイン・ソフトは使わないので「まだ俺の中では引き分けや!」みたいな感じもあるけど。
●どっちでもいいです(笑)。
MR.PAN:それにデータになったとしても、そのデータをいじることはできないんですよ。データにするだけっていう最低限のシステムなので、まだ引き分けやと思うんですよ!
●ハハハハハハ(笑)。
MR.PAN:だから自分で自分に「まあまあ、ええやないか」と言い聞かせているんです。
●こだわりがちょっとキチガイじみてきた(笑)。
MR.PAN:逆にそういうものがおもしろいと言って録りに来てくれる人も多いからね。
●絶対におもしろいと思います。どこに行ってもできないことができるんですもん。
MR.PAN:そうなんですよね。逆にどこでもできないことをやっているので。俺はこれが普通のシステムやと思うけどね。レコーディングはいつも最初に 「1発録りやし直せません」と言ってるんです。「Aメロのあそこだけなんとかしてほしい」とか「Bメロだけいじりたい」とかは無理ですからね。それを踏まえてレコーディングをして、終えたときにみんなが言うのは「昔の人はすごかったんやな」ってこと。
●ああ~、なるほど。
MR.PAN:「みんなこれでやっていたなんて、すごいなあ。上手いなあ」と。そういうことが分かるだけでもいいことだよね。「やっぱり僕たちはまだまだ練習しないとダメですね」と言えるだけでも、すごくいいことだと思う。もうね、学校みたいなもんですよ。
●頑固オヤジの学校ですよね(笑)。
MR.PAN:卒業する頃には、みんなの意識が変わっているはずです。
Interview:Takeshi.Yamanaka
Assistant:Hirase.M
2007年にMR.PAN(THE NEATBEATS)が都内に設立した国内唯一といえるフル・ビンテージ・レコーディング・スタジオ。楽器から録音機材まで全てがレアでハイ・クオリティーな1950~60年代のアナログ機材で揃えられている。インディーからメジャーまでコアなモノラル・サウンドを求めるアーチストを数々プロデュース。現在は一般使用のレンタル等は行われていないが、ビンテージ録音を熱く希望するアーチストからの相談や問い合わせは可能。
(問)grandfrogstudio@gmail.com