阪神淡路大震災の10年後に立ち上がり、今年で15回目を迎える入場無料のチャリティーフェス“COMING KOBE”。阪神淡路大震災を風化させず語り継ぎ、神戸からの恩返しとして被災地支援を行い、神戸の魅力を伝える事を最大のテーマし、減災・防災・そして震災からひとりでも多くの方に“気づき”の“きっかけ”を作るという目的で続いてきた同フェスを追いかける特集第2弾は、“COMING KOBE”を支え続ける企業の方に話を訊きました。
クロスメディアイベント “078”
「若者に選ばれ、誰もが活躍するまち」神戸を実現するため、未来に向け魅力と活力あふれる都市として発展する神戸を発信するための新たなクロスメディアイベント。「魅力と活力あふれる兵庫・神戸創生の実現」「新しい文化発信による都市ブランディング」「滞在型観光促進・社会人口増」を目的とし、毎年“COMING KOBE”と近い時期に神戸にて開催される。
※当記事の取材は2019/4/1と4/2に行いました。
●御社は2009年から“COMING KOBE”(当時は“GOING KOBE”)に協賛されていますが、どういうきっかけだったんですか?
永吉:当時、神戸空港の社長は森井さんという方だったんですが、その方はもともと六甲アイランドにある神戸ファッションマートの社長をされていたんです。僕は1995年10月に株式会社神戸デジタル・ラボを登記して事務所を探していたんですが、その年の1月に震災があったので、まだ三宮は全然復興が追いついてなくて、事務所を借りたくても場所が全然なかったんですよ。それで色々と探した結果、初めて「いいよ」と言ってくれたのが神戸ファッションマートだったんです。
●なるほど。
永吉:初期の“GOING KOBE”は開催場所に苦労していて、松原くんが開催場所を探すためにいろんなところをあたっていて、そのうちの1つが神戸空港がある空港島だったんです。それで松原くんが森井社長に相談したらしいんですが、その時点での神戸空港での開催は無理だということになって。2009年は最終的には神戸夙川学院大学とワールド記念ホール、神戸国際展示場での開催に行き着くんですけど、同じタイミングで森井社長に「どこかスポンサーになってくださる企業無いですかね?」と相談したみたいで、弊社に松原くんを連れて来たんです。
●そうだったんですね。
永吉:僕は森井社長にずっとお世話になっていたのと松原君のプレゼンのうまさに圧倒されて、スポンサーになることを即決しました。2009年、実際に“GOING KOBE”を観に行ったんですけど、びっくりしましてね。
●何にびっくりされたんですか?
永吉:「こんなにたくさんの若者が神戸のどこに居たんや?」と。なぜかというと、神戸は若者が定住しない街なんですよ。僕は神戸市の委員なども色々とやらせて貰っているんですけど、今いちばん深刻なのは“人口減”なんです。
●え、そうなんですか。
永吉:はい。神戸市の中期計画には必ず“人口減少問題”がテーマに入っているんですけど、実際には減る一方で。その最大の要因は、神戸市内には24校もの大学があるのに、その卒業生はほぼ神戸市で就職しないんです。だから僕は若者なんてどこにも居ないと思っていたんです。
●神戸市はそういう状況だったんですね。
永吉:でも“GOING KOBE”に行ったら「若者しかおらへん!」とびっくりしてしまって、すぐそのことを神戸市の幹部や市長に話したんです。「“GOING KOBE”って知ってる?」と訊いたら、誰も知らないんですよ。人口減で悩んでいるのに、何万人も若者が集っているイベントを知らない。「なんですって!」と、次の年に市長や幹部数人参加して貰ったんです。みんな相当びっくりしてましたね。それをきっかけに、神戸市も積極的に協力するようになり、前夜祭から市長が参加するなど若者と一緒に楽しむようになりました。
●なるほど。ところで永吉さんはクロスメディアイベント“078”の副実行委員長もされていますよね? この“078”は、“GOING KOBE”との繋がりが深いということですが。
永吉:“078”は僕が言い出しっぺで2017年から始まったんです。同年、僕はアメリカで開催された“SXSW”(サウス・バイ・サウス・ウエスト)というクロスメディアイベントに行ったんですけど、よくよく聞いてみると“SXSW”はもともと音楽イベントだったんですよね。
●そうですね。
永吉:こんなイベントでこんなに人が来るのかとびっくりしたんですけど、よく考えてみたら「神戸にあるやん!」と。“COMING KOBE”に映画やITをくっつけたら“SXSW”みたいに神戸が盛り上がる。それで松原くんに相談したんですけど、「“COMING KOBE”に乗っかるみたいな感じに見られて非難受けますよ」とアドバイスを貰ったので、別のイベントとして“078”という名前にして、“COMING KOBE”と同日開催にしたのが始まりなんです。ポートアイランドでは“COMING KOBE”をやっていて、街の方では“078”をやっているという、一体化した形にしたんです。でも2018年は、“COMING KOBE”がワールド記念ホールを使えなくなってしまったので松原くんから相談されて、“078”で借りていたみなとのもり公園を譲ったんです。
●あっ、そういう経緯だったんですね。
永吉:今でもそうして本当に良かったなと思っています。僕的には、“COMING KOBE”は止まっちゃいけないと思っています。今年は“COMING KOBE”の実行委員会なりの考えがあるようで空港島で開催されるようですけど、「どんな形になってもなんでも協力するで」と伝えています。
●永吉さんが“COMING KOBE”を応援し、“078”を立ち上げられたのは、神戸を盛り上げたいという背景が根底にあるんでしょうか?
永吉:そうですね。神戸デジタル・ラボを震災創業したということが非常に大きくて、弊社は神戸市にも色々と協力しているんですが、それは震災当時に神戸という街から受けた“恩”がすごくあるからなんです。それと、自分の中にずーっとくすぶっていた感情がありまして。
●くすぶっていた感情?
永吉:「神戸市の若者が減っている」という現状をまざまざと見せつけられたとき、“そもそも自分は若いときに神戸で楽しい想いをしたっけな?”と考えたんですけど、“あまり楽しい想いはなかったな”と。神戸は対外的には「ファッション都市」みたいなイメージがありますけど、地元に帰ってくると、おっちゃんおばちゃんばかりが喜ぶような催し物が多くて、流行も含めてその時々の若者の心にズバーン! と刺さるようなものが全然無い。そういうことをやるのは、それに気づいた人間の責任やと思うんです。そういう意味でも、松原くんがやっていることを見て驚いたんです。「なんじゃこいつ!?」と。しかも訊いてみると、当時は1人でやっていると。「こいつはたった1人ですごいことをやってるな」と。そう考えたら、僕らみたいな、彼より年上で、彼より時間やお金に余裕があるはずの年上の人間が何もしないわけにはいかないなと。
●“COMING KOBE”がきっかけになり、刺激になった。
永吉:だから松原くんのことをよく知っている何人かの人間で作り上げたのが“078”なんです。そもそもは「“COMING KOBE”の火を絶やさないように周辺事業をやろうぜ」と言って集まったメンバーで、それが今の“078”実行委員会の面々です。
●“COMING KOBE”の若者たちを見て、永吉さんは毎年どのように感じておられますか?
永吉:うらやましいですね。ステージに上がっているやつらと、観ているやつら…僕はその両方がうらやましいです。“気持ちええやろうな〜”って。バンドに対する松原くんの愛が半端じゃないし、それに応えようとするバンドの愛もすごい。それにお客さんもみんな松原くんのことを知ってて、松原くんの愛に応えようとしている。そんな純粋な状況、どこにも無いですよね。自分の損とか得とか全然関係なく、一体になれる。こういう場所や空気が神戸にあるっていうのは、すごく誇りです。
●兵庫ベンダ工業が“COMING KOBE”に協賛を始めたのは2015年とのことですが、どのような経緯で“COMING KOBE”と繋がったんでしょうか?
本丸:僕はもともと東京でIT系の仕事をしていて、6年前に関西に戻ってきて母親が代表を務める兵庫ベンダ工業に後継で入社したんですが、帰ってきた当時、神戸で服飾専門学校を運営されている辻村さんという方に出会いまして。その方と仲良くなったときに「“COMING KOBE”というイベントがあるねん、おもろいから一緒に行こう」と誘われたんですよ。
●それまで“COMING KOBE”のことは知らなかったんですね。
本丸:はい。そこで僕は“COMING KOBE”を初めて知ったんですけど、すごいイベントがあることにびっくりしたんです。それが2014年でしたね。
●その翌年から協賛を始められたと。
本丸:そうですね。僕はそれまで東京に居たので“GOING KOBE”のことも知らなかったんですが、初めて“COMING KOBE”を知ったら、すごく若い方たちがチャレンジしている場所で。しかも運営している実行委員長の人は僕の1つ年下で。「すごいことをやっている人が居るんだ」と、衝撃を受けたんです。
●はい。
本丸:こういうすごいイベントがあるんだったら、弊社もご協力したいということで、松原さんを紹介していただいたんです。兵庫ベンダ工業という会社は“若者を支援する”ということを主軸にしている会社なんですよ。
●御社のホームページを拝見しましたが、いろんなイベントやミュージシャンを応援されていますよね?
本丸:そうなんです。ホームページに掲載していないものもいっぱいあるんですが、次の時代を作っていくのは若い人たちなので、会社として積極的に若者を支援していこうと。僕自身も若い頃にベンチャーの立ち上げとかで、上の世代にすごく育ててもらったという実感があるんです。
●ああ〜、なるほど。
本丸:そういう経験の中で「次の世代をどんどん支援していけ」と教えられてきたんですよね。僕が数年前にやっと還元できる状況になってきたので、若者の取り組みを応援する機会を増やしているんです。
●そうだったんですね。
本丸:あとは子供支援ですね。従業員の子供たちの習い事にかかる費用を半分負担したり。それも2014年から始めたんです。社長は母ですが、会社として以前からそういう支援活動は積極的にやっていこうという方針だったので、特に“COMING KOBE”なんて若い人たちの塊じゃないですか。実際に会場に行ったら圧倒されて、僕らの居場所がなくなるんですけど(笑)。
●確かに(笑)。
本丸:そういう経緯で、僕たちの協賛は金銭的な部分と、イベントで使用する大型ビジョンの無償貸し出しをしています。社内のリソースを使って、出来ることでお手伝いをさせていただいている感じですね。
●なるほど。“COMING KOBE”は震災復興をテーマにしたチャリティーフェスという主旨がありますが、兵庫ベンダ工業は“若者を支援する”という側面から支援されていると。
本丸:そうです。僕は神戸出身なので阪神淡路大震災を経験しているんですが、本社は姫路市にありますので、弊社の社員が震災を経験しているかというと、実はそうじゃないんです。もちろん同じ兵庫県ですから間接的には経験しているんですが、神戸ほどの想いは無いじゃないですか。
●そうですね。
本丸:でも震災復興をテーマにしたチャリティーフェスは支援したいし、“COMING KOBE”に参加している若者を支援したい。だから僕がバンバン前に出てやっているというよりは、全社の意志として関わらせていただいているんです。
●なるほど。神戸という土地は、行政と民間と音楽業界の結び付きが強いように感じるんですが、そういう実感はありますか?
本丸:それはやっぱり“COMING KOBE”が引っ張ってきたからじゃないかなと思うんです。行政としては“文化”を大切に…ジャズを中心に盛り上げようという流れはもともとありましたけど…ロックのシーンに行政が入るというのはなかなか無いことだと思うんです。
●ロックはなかなか大人に理解されない部分がありますからね。
本丸:その辺の土壌を作り上げてきた松原さんはやっぱりすごいなと思います。“078”には音楽も含まれているんですが、そこには松原さんや僕らの先輩の方々が築いてきた土壌が活きているんだなっていう実感がありますね。
●2014年から“COMING KOBE”に関わってこられたと思うんですが、“COMING KOBE”の会場の雰囲気はどのように感じますか?
本丸:“COMING KOBE”は会場もいろいろありますけどギュッと詰まっているじゃないですか。僕はミーハーなので今まで全国のいろんなフェスに行ってきたんですが、その中でも“COMING KOBE”はいちばん高い熱量を感じますね。若者が必死になって、並んで、集まって、音楽にのって踊り出して。僕は若い頃は音楽フェスにはあまり行ってなくて、どちらかというと大人になってからビジネス目線で興行としてのフェスという見方をしていて。だから衝撃でしたし、それが神戸だったということに更に驚きました。
●今年の開催は5/11に迫ってきましたが、今後の“COMING KOBE”に期待されることはありますでしょうか?
本丸:“続いてほしい”というのがありますね。“078”はそもそも「“COMING KOBE”の火を絶やさないようにしよう」と集まったのが…全員ではないですが…始まりなんですけど、その姿勢は今も変わっていなくて。僕らは音楽シーンを引っ張ることはできないですけど、その体制を支えることは出来ますよね。行政との交渉も含めて、大人がやるべきところを僕らがやって、若者たちを中心に“COMING KOBE”の熱はこれからも続いてほしいと思っています。
●“COMING KOBE”が今まで築いてきたものは、計り知れないですね。
本丸:本当にそうで、たまたま今回は僕の話を聞いていただいていますけど、“COMING KOBE”を応援している人たちは本当にいっぱい居ますから。
●工藤さんは「学務実務責任者」ということですが、具体的にどういうお仕事なんですか?
工藤:簡単にいうと教頭先生です。現職に就いて3年になるんですが、その前は教員としてミュージシャン学科や音響学科の授業、もともとミュージシャンなので作曲に関する授業などを受け持っていました。
●貴校は“COMING KOBE”とはいつ頃からのお付き合いなんですか?
工藤:2015年なので5年前ですね。もともと弊校の広報担当が授業の一環として、いろんなフェスやコンサートに学生を派遣していて。
●いろんなイベント会場で学生のスタッフの方をお見かけします。
工藤:音楽が好きな生徒は多いので、いろんな機会を探していて、その中で松原さんとの出会いがあって。世の中にはいろんなフェスがありますけど、その多くは営利目的のイベントじゃないですか。でも“COMING KOBE”はそうではない。チャリティーを目的にしていて、出演者もスタッフもみんなそこ向かっていく。そこには金銭的な上下関係は何もなくて、当時の広報担当マネージャーが非常に感銘を受けまして、「是非一緒に何かできないでしょうか?」とご相談したのが始まりですね。
●なるほど。
工藤:我々はいろんなフェスに協賛しているんですが、やっぱり制限が出てくるんですよね。学生が立ち入れない場所があったり、出来ない仕事があったり。そこも松原さんとの話し合いの中で「チャリティーという目的もあるけど、我々は若い人たちに夢を持ってもらいたい。それで音楽シーンをもっともっと盛り上げないと音楽がダメになっていく。自分もそうやって音楽に力を貰って生きてきたので、若い人たちを盛り上げたい」と言ってくださって。だから立場が同じなんですよ。
●立場が同じ?
工藤:“COMING KOBE”では、学生が普通にオペレートしたり、照明も担当したり。音響に関してはアーティストそれぞれのご希望もあるのでなかなか難しいですが、ステージ周りも映像も全部学生が担当しているんです。要するに「1スタッフとして関わって、自分の夢が実現するということがわかったら、しんどいこともあるかも知れないけど頑張れるだろう」とおっしゃってくださっていることが、教育の現場としてはいちばんありがたいんです。
●関わり方が違うんですね。
工藤:全然違います。我々は授業の一貫として関わらせていただいていますので、前日の仕込みのときから音響やフェスに関わる生徒たちは全員下見に行かせていただいて。2年生に関しては当日ステージを作るところから、1スタッフとして動いています。そこが他のフェスとはいちばん違うところですね。
●素晴らしいことですね。
工藤:業者様との関わりなども経験できますし、もちろん何かあったときのリスクも当然ありますが、学生たちがグッと伸びていく姿を見ると、やっぱり嬉しいですね。
●“COMING KOBE”の雰囲気というのは、どういう印象を受けますか?
工藤:お客さんの立場で考えてみると、チケットを買って行くフェスと何ら変わりがなく楽しみに来ている感じがするんです。ただ、例えば去年は「ダイブ禁止」というアナウンスを徹底されていましたが、お客さんがそれをちゃんと理解して、「どこまでいいの?」「どこまでいいの?」と言いながら楽しんでいる姿が印象的だったんです。「ダイブすることが音楽じゃない」という気持ちをちゃんと汲んでいただけるお客さんが集まっている感じがするんです。だからすごく特殊ですよね。
●みんなで1日を作っている感じがありますよね。
工藤:出演者が主催者のことをちゃんと理解して、お客さんにも浸透させていく感じですよね。去年は本当にそう感じました。純粋に音楽を愛して、その音楽の力で世の中に貢献するためにここに来ているっていう。その繋がりで出来ているあのフェスは異様でもあると思います(笑)。
●異様ですよね(笑)。
工藤:出演するアーティストが好きとか…もちろんお客さんはそのために行っていると思うんですけど…と同じくらい、違うところの“愛”を求めて行っている方が多いし、そうじゃない方も実際に行くとそれを感じるんでしょうね。いろんなものを貰って帰る方が多いんだろうなという感じがします。
●貴校は「若い人たちに夢を持ってもらいたい」という“COMING KOBE”の気持ちに賛同されたわけじゃないですか。実際にスタッフとして参加した生徒さんたちの反応はどうですか?
工藤:モチベーション的には上がっていますね。例えば「このアーティストのスタッフになりたい」という夢を持っている生徒が、実際にそのアーテストが隣に立っていて、「ありがとう」と言ってもらって、終わったら「ご苦労さん」と言ってもらえる。
●はい。
工藤:それだけで自分の価値を感じることが出来ると思うんです。学校に通って技術が上がっていったとしても、社会に出て自分が役に立つのかどうかはわからないじゃないですか。でもそういうことじゃなくて、現場に居て、何かをした…それがドラム1つを運んだだけでも…それに対して「ありがとう」と、スタッフの一員として認められた。そういうところでやっぱりモチベーションは上がりますよね。
●生徒にとって、その経験はものすごく大きいですね。
工藤:大きいです。アルバイトとして行くと、どうしてもアルバイトのままじゃないですか。出演者のみなさんにもスタッフとして扱っていただける、そこはすごく意味があることだと感じています。
●工藤さんが今後の“COMING KOBE”に期待するのはどういうことでしょうか?
工藤:やっぱり松原さんの“想い”で成り立っているイベントですが、実行委員会の方々が引き継がれていく中で、違う形にしてもいいのかなとも思っているんです。1つの方法は、今の形のままずっと続けていく。もう1つは、違う方向を見出してスイッチするのもアリかなと私は思っているんです。一個人の“想い”からこれだけ大きくなっていますので、もっと複数の“想い”が集まることで出来るようなイベントに変化していっても…それが毎年変わっても全然いいと思うんです。今現在も、もともと阪神淡路大震災のところからスタートしましたけど、1年毎にいろんなところにチャリティーしたりと変化しているじゃないですか。そういう意味でもっと変化して、その都度変わって、そこに賛同する人が集まればいいんじゃないかと思います。
●上野さんはESPエンタテインメント大阪でどのような職に就かれているんですか?
上野:学生支援課の中のイベント担当ですね。「学生支援課」というのは、学生の学内の生活はもちろんなんですけど、就職とかデビューを担うセクションなんです。高校でいうところの進路指導室的な。
●進路指導室、なるほど。
上野:“COMING KOBE”ももちろんなんですけど、様々な現場に学生を連れて行って、生徒が進みたい進路を明確にしてもらおうということで、たくさんのイベントに関わらせていただいています。表舞台・裏舞台の経験の場を作るのが僕の仕事ですね。
●上野さんは元バンドマンなんですか?
上野:そうですね。実は松原さんがもともと店長を務めていたライブハウス・パインフィールズで、ブッキングをしてもらっていたこともあって。
●あ、松原さんが独立する前の話ですね。
上野:そうなんです。その後、僕はライブハウスで働いたりして、ESPに入ってから松原さんと再会したんです。
●貴校と“COMING KOBE”のお付き合いはどれくらいになるんですか?
上野:初年度からですね。“GOING KOBE”の時代からです。その時は僕はまだこの学校には来ていないんですが、当時松原さんと知り合いの職員が居て「一緒にやってもらえませんか」という相談をされて「ぜひ!」と。計画的に始まったわけではなく「やろうよ!」っていうノリだったらしいです。
●近年は、具体的にはどういう関わり方をされているんですか?
上野:協賛させていただきつつ、ステージを任せていただいて、その中で学生をスタッフとして関わらせていただいている、という感じですね。なかなか普通の授業では経験できないことをやらせていただいています。
●貴校は授業の一環としてたくさんのイベントやフェスに関わっておられますが、他のイベントと“COMING KOBE”の違いはどういうところですか?
上野:“自分のイベントだ”と思いやすいというか。他のイベントだと、やはりプロの方が居らっしゃって、そのプロの方たちのお手伝いという感じなんです。でも“COMING KOBE”はいい意味で、学生さえも頼りにしてくれる。ちゃんと“自分たちでやっている”と自覚できるんです。
●はい。
上野:これは優劣の話ではないんですが、他のイベントは“学びの場”であり、“COMING KOBE”は“イベントの一員”という違いですね。“COMING KOBE”は現場の人が直接学生を使ってくれることが多いんです。普通の現場だと僕たち引率者がついて行って、現場の人と学生の間に入ることが多いんです。“学びの場”にするために引率者が居るんです。
●なるほど。
上野:一方で、“COMING KOBE”は預けている感じですね。「学生さんも頼りにしてるよ」という感じを全面的にスタッフ側から出してくださるんです。「君らが居ないと回らないから」と直接言葉でも言ってくれますし、出演者の方も近いですし。
●“COMING KOBE”に関わった生徒たちは、どういう反応ですか?
上野:弊校ではイベントに参加した後にレポートを提出することにしているんですが、そのレポートなどを見ると、「アーティストとの距離がいつもより近い」とか「任せてもらえる仕事が多い」とか「こんなことをさせてもらえると思っていなかった」という感想が多いですね。
●上野さんはたくさんのイベントをご経験されていると思いますが、“COMING KOBE”はどういう印象ですか?
上野:お客さんがどういう想いでこのイベントが行われているか、しっかり理解されているなと思いますね。じゃないと、主催者があんなに有名にならないですよね(笑)。
●ですよね(笑)。
上野:それと、「何かを好きと想う気持ち」と「どうしたらいいかわからない気持ち」を掛け合わせたイベントというか。ライブを存分に楽しんでいるにも関わらず、自分が何かに貢献したという達成感もプラスされる。素晴らしいですよね。
●確かにチャリティーフェスって、もっと真面目でかしこまったイメージがありますね。
上野:そうですよね。でも“COMING KOBE”は出演者発表の段階から思いっきりふざけてくれるので、身構えなくてもいいんですよね。
●初年度からずっと関わられている“COMING KOBE”に対して、今後期待していることは何かありますか?
上野:うーん、こっちが期待したくないと言いますか。“COMING KOBE”は「こうである」という形が、毎年変わっていいと思うんです。好きにしてほしいというか。
●はい。
上野:先日松原さんにお電話いただいて「今年はどの規模で開催できるかわかりません」と言われたんです。
●3月上旬くらいのタイミングですね。
上野:そうですね。弊校は多い年は120人くらい学生を入れて授業としてやらせてもらっていたということもあって、「“授業で使ってくれ”といつも言ってきたのに、今年は何人入ってもらえるかわからないくらいまで縮小せなあかんかもしれへん」と言われたんです。そのときにも松原さんに言ったんですけど「いやいや、おもしろいこと考えてください」と。「僕らおもしろいから行ってるんです。授業のネタになるから行ってるわけちゃいます」と。
●はい。
上野:実行委員会のみなさん及び松原さんが“今年出来る形でこれがいちばんおもろいことや!”と考えたことに賛同してます。だから形は何でもいいです。協力はします。「やってくれ」と言われたことは出来る限りやらせてもらいます。だけど「こうしてほしい」とこっちから言うことは1つも無いので、自由にしてください…そう伝えました。
●そうなんですね。
上野:僕らは実行委員会の方が“楽しい”と思うことを追求した“COMING KOBE”に乗っかっているだけだし、繋げてもらっているだけ。そういう気持ちですね。僕らは本当にそれだけなので、この取材の話が来たときに「僕らでいいんですか? もっと協力してるところあるでしょ?」と言いましたからね(笑)。
●いやいや(笑)。
上野:僕らは幸せやなと思います。毎回「協力してもらえるんでしょうか?」と連絡を貰うんですけど、「するもなにも呼んでくれるんやったら!」と思っていて。だから僕らも呼んでもらっている感覚ですね。
2019/5/11(土)神戸空港島多目的広場
https://comingkobe.com/