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中野テルヲ

既存のポップでは物足りない人々を誘う、比類なき電子音楽のユートピア。

孤高の電子音楽家、中野テルヲが3年半ぶりのオリジナルアルバム『Pandora Autoload』を遂にリリースする。 80年代からP-MODELやLONG VACATIONといった伝説的なバンドに所属し、90年代半ばからソロ活動をスタート。2016年にはソロ活動20周年の節目も迎えた中野が生み出す音は、テクノ、ニューウェーブにとどまらず、ポストパンク、ジャズ、ヒップホップなど幅広い音楽的要素を取り入れた比類なき電子音楽だ。今回の新作でも“サイン波の魔術師"と称される彼の持ち味は健在でありながら、最大の魅力でもある声質やマルチプレイヤーとしてのベースやギターのプレイにも一層の磨きがかかっている。また、重厚な空気感だけではなく、軽快なラテン系リズムを持つナンバーやブレイクビーツを用いたファンク感のある楽曲まで、バリエーション豊かな全8曲を収録。四人囃子のカバーなど豊穣な音楽的ルーツを垣間見せつつ、広い世界へと開かれたポピュラリティも併せ持つ新たな傑作が誕生した。

 

Cover & Interview #1

「今回は色んな方向を向いている曲が揃ったんですよ。そのおかげでヴァリエーション豊かな作品になったのかなと思いますね」

●オリジナルアルバムとしては前作『Swing』以来3年半ぶりと、リリースの期間がかなり空きましたね。

中野:その間にも20周年記念ベスト盤(『Teruo Nakano 1996-2016』)を出したり、会場限定シングルを4枚出したりもしているんですが、オリジナルアルバムとしては少し時間が空きましたね。

●新作を作るにあたって、20周年を経てまた新たな一歩を踏み出すような作品にしたいという意識もあったんでしょうか?

中野:“区切り”というところは意識しましたね。ただ、“こういうアルバムを作ろう”というイメージは特になくて。会場限定シングルで発表した既発曲の中から流通盤に入れたいと思うものを選んで、そこに新曲やカバー曲を加えた結果、この形になりました。

●今作『Pandora Autoload』を聴かせて頂いた印象として、『Swing』とはまた違う方向性を感じたのですが。

中野:『Swing』は最初からアルバムのテーマみたいなものがあって、それに合わせて曲を作っていったんです。だから、どの曲も1つの方向に向かっているようなところがあって。でも今回は会場限定シングルから選んだ既発曲に加えて、アルバム用に書き下ろした新曲やカバー曲もあって、色んな方向を向いている曲が揃ったんですよ。そのおかげでバリエーション豊かな作品になったのかなと思いますね。

●会場限定シングルに関しては、1作ごとに方向性を固めていたわけではない?

中野:そこまでガッチリ考えてはいないですね。会場限定ということもあって、より実験や冒険もできるというか。音響的な実験を施したり、“遊び”的なことも試せたりするんですよ。メインになっている曲に関してもわりと楽な気持ちで、“デモ”感覚で作れたところはあります。

●今作はその中からM-2「Radio Spaceship」、M-3「カナリア」、M-4「マイ・エイリアン」、M-6「Nocto-Vision For You」の4曲を収録しているんですよね。

中野:それぞれのリード曲に加えて、M-3「カナリア」はぜひ流通盤に入れたかったので選びました。

●「カナリア」は会場限定シングルにインストバージョンも収録されていますが、特に気に入っている曲なんでしょうか?

中野:自分の中で、愛着のある曲ではありますね。色んなバージョンを作りたいなと思ったので、インストも作ってみたんです。タイミング的に「Nocto-Vision For You」をシングルで出した時にちょうどできあがっていたので、そこに収録しました。

●自分が好きな曲ほど、色んなバージョンを試してみたくなる?

中野:それは好きなものだけじゃなくて、気に入らないものも含めてだと思います。色々と変えたくなるものや、アップデートしたいと思うものがあって。“もっと良くしたい”とか“もっと違う面を見てもらいたい”という感覚ですね。

●より良くするためのアイデアが浮かぶ曲を選んでいるわけですね。

中野:あとは過去の曲をライブでやっていくうちに、変わってくるところもあって。“今はこっちのほうで聴いてもらいたいな”と思うものは、ライブのアレンジを元にして新録することもあります。たとえば「Nocto-Vision For You」と同じシングルに収録していた「Legs」と「宇宙船」は過去のアルバムに入っていた曲を最新のライブアレンジを元に新録したものなんですよ。

●これまでシングルで発表してきた曲は、全てライブでもやっているんでしょうか?

中野:どれもシングルのリリースに合わせて、ライブでやっていますね。逆にライブでやっていないものは、今回のアルバムのために書き下ろした新曲3曲だけです。M-7「3rd」に関しても、過去に自分のライブでやっていて。

●「3rd」は折茂昌美(Shampoo)さんの曲ですが、これをカバーするに至った経緯とは?

中野:そもそも自分はShampooのファンで、80年代にはライブにもよく足を運んでいたんです。「3rd」は当時たまたま入手したデモテープに入っていたんですが、美しい言葉とメロディですごく良い曲だなと思っていて。そのデモテープを元にして勝手に音を足してリミックスみたいなことをやってみたら、自分でも良いなと思えるものができあがったんですよ。それで折茂さんに許可を頂いて、2006年にCD-Rで発表させてもらったという経緯があります。

●CD-Rで出した際のボーカルは折茂さんだったわけですよね?

中野:そうですね。自分がいったんライブ活動を休止していたところから、また活動を再開するキッカケになった“DRIVE TO 2010”というイベントがあって(※2009年に新宿LOFTで30日間に渡り開催されたイベント)。そこで久しぶりにステージに立つことになったんです。その時、同じイベントにShampooとして出演されていた折茂さんに私のステージにゲスト参加して頂いて、「3rd」を歌ってもらったこともあります。

●活動再開の契機になったライブでも、この曲を演奏している。

中野:そこから私はライブ活動を再開したんですが、自分のソロとは別に折茂さんとのユニット(※中野テルヲ+折茂昌美)で2012年に『真空のトリル』というアルバムを出していて。その中でも折茂さんに、この曲を歌ってもらっているんですよ。折茂さんとのユニットで活動できたことは私にとって非常に大きくて、再びエレキベースや弦楽器を弾くキッカケにもなっているんです。

●弦楽器の演奏を再開するキッカケにもなった。

中野:特に活動再開当初は打ち込みに頼っていた部分が多くて、あまりベースはプレイしていなかったんです。でもユニットでの活動をするようになってから、“折茂さんが歌っている横でベースを弾いてみたいな”という気持ちにさせてもらって。それが自分のアルバムでベースを弾くようになるキッカケにもなったので、「3rd」は自分の中で大切にしている曲なんですよ。

●歌詞のテイストも中野さん自身が書かれたものとは違うのが面白いなと。

中野:全然違いますね。“振り放け見る空”という一節がすごく印象的で、そこがグッときちゃうんですよ。そしてメロディに(言葉が)乗った時も、やっぱりきれいなんですよね。今回は「3rd」を自分で歌わせて頂いたんですけど、歌っていても気持ち良いなと思いました。

●この曲の他に「Nocto-Vision For You」も四人囃子のカバーですが、こちらをやろうと思った経緯とは?

中野:この曲を初演したのは2016年で、20周年イヤー最後のワンマンの時にレーベルオーナーの三浦俊一に対するサプライズという意味も含めてアンコールでやらせてもらったんです。彼は私よりも四人囃子が好きでもっと詳しいですし、20周年シメの感謝の意味も込めて、サプライズでやってみたんですよ。

●元々、ご自身が好きな曲でもあったんですか?

中野:この曲が入っている『NEO-N』というアルバムは1979年発売で、当時まだ自分は16歳くらいだったんです。その頃に聴いた時は“なんじゃこりゃ?”という感じで、衝撃を受けましたね。今聴いても全然色褪せることがなくて、聴きどころがたくさんある作品だと思います。

●『NEO-N』を出した頃の四人囃子はテクノ・エレクトロニカ志向が強かった時期ということで、そこも中野さんのルーツにつながっているのかなと思ったんですが。

中野:自分もテクノポップ育ちなので、入りやすかったというのはありますね。もちろん初期の森園(勝敏)さんがいた頃の四人囃子も好きですし、森園さんは後にPRISMを結成するわけで。PRISMも私は中学生の頃から聴いていましたから、ルーツの1つにはなっていると思います。

 

Cover & Interview #2

「“聴けばわかるから”というような気持ちでいて。そういう意味で“入口”として、聴きやすく作っているところはあるんですよね」

●「Nocto-Vision For You」の歌詞は、中野さん自身の歌詞にもちょっと近いところがあるように感じました。

中野:影響を受けているのかどうか自分ではわからないですけど、言葉の使い方はカッコ良いなと思います。無意識的にそういう言葉を拾い上げているのかもしれないですね。

●この曲の中でも英語表記とカタカナ表記の言葉が混在していますが、中野さんの歌詞もそういう表現が多くて。そこは意識的に使い分けているようにも思えるのですが。

中野:たとえばM-5「Summer」の“I found a bug”という部分は自分ではなくコンピューターに歌わせているので、そこを区別する意味や印象を変える狙いもあって使い分けていますね。

●「Radio Spaceship」の“こちらはRadio Spaceship”という部分や、M-1「Pandora Autoload」の“Hello, New World”もそういう意図があるのでは?

中野:そうですね。声色を変えたりして、そこだけちょっと特徴的な効果を付けたりしているので、歌詞に起こす時にも表記を変えているんだと思います。

●日本語詞の中にカタカナ英語を混ぜる手法はとりわけ80年代の音楽に多い特徴だと思いますが、そういうところとの近似点も感じられます。

中野:確かに80年代っぽいかもしれないですね。自分はそのあたりの時代に育ってきているから、そういうものが刷り込まれているのかもしれないです。

●「Nocto-Vision For You」のカバーは、そういった音楽が中野さんのルーツにあることを垣間見せる部分もある気がしました。

中野:なるほど…! すごいところに目を付けますね。今の今まで自分では考えもしませんでしたが、確かにそうだと思います。

●この曲でも使われていましたが、今回はピアノや鍵盤系の音も印象的でした。

中野:自分の中でずっと好きなピアノの音色があって、YAMAHAのCP-70というエレクトリックピアノの音なんです。80年代のものなんですが、それを今でもずっと使い続けていて。自分のスタジオのシステムを起動すると、その音も自動で立ち上がるようになっているくらいなんですよね。

●今作で使われている鍵盤の音は、基本的にそれがメインになっている?

中野:ほとんどはそうですね。たとえば曲によっては同時に鳴るところで少し変えたいなという時は音色を若干変えていますが、ベーシックにあるものはCP-70の音です。もちろん実機を使っているわけではなくて、その波形を持った音源を使って出しているんですけどね。

●『Oscillator and Spaceship』(2012年)の頃に比べると、次第にそういった生っぽい楽器の音や有機的な音色の割合が増している気がします。

中野:それは増えていっていますね。キーボードは打ち込みでやっているんですが、サイン波の発振器も手弾きしていますし、なるべく自分で演奏できるものや生で録れるものはそうしたいと思っています。

●「Radio Spaceship」のギターソロも、ご自身で弾かれているんでしょうか?

中野:そうですね。ギターも『Deep Architecture』(2013年)あたりから自分で弾いているんですよ。その前の『Oscillator and Spaceship』はわりと音数も少なくて、打ち込み中心だったんですが、『Deep Architecture』からはギターも入れるようになって。ライブでギターやベースを弾くようになったこともあって、自分が作るものの中に表現の1つとして入れてみようかという気持ちになったんだと思います。

●ギターやベースに限らず、今作には色んな音が入っていますよね。

中野:もちろん整理はしているんですけど、ダビングによってできあがるパートの面白さみたいなものもあって。思い付いた音はどんどんダビングしていって、最終的に抜き差しをして整理するという作業をしていますね。

●「Summer」には波の音も入っていますが、曲調的にはタイトルほど夏らしいイメージがしないというか…(笑)。

中野:わりと不均衡な感覚がありますよね。バランスを失っちゃっているような感覚があって…、ちょうど当時はそういうモードだったのかもしれないです。

●作っていた当時、精神的にバランスを崩していた?

中野:私だけではなく、人は色々な問題を抱えていると思うんですよ。自分の中でもそういう色んな波があったということは関係しているかもしれないですね。

●その時の精神状況が曲に反映されることもあるんでしょうか?

中野:たぶん無意識的に出ちゃってはいるだろうなと思います。自分の内側に向かっていくような作り方をするタイプですから。自宅のスタジオでずっと音響機材に向かい合っていると、やっぱりどんどん内側に向かっていきますからね。そういう気分的なものが反映されている部分はあると思います。

●「箱庭のダークマター」では“箱庭の宇宙(スペース)”という歌詞も出てきますが、ご自身が作業されている自宅スタジオもそういうイメージに近いのかなと。

中野:なるほど…。もしかしたら、そんな感覚もあるのかもしれないですね。歌詞に関しては、空想的な部分もありますから。

●この曲の“我はダークマターだ”から始まるラップ調のパートが、すごく面白いなと思いました。

中野:これを面白いと言って頂けるのは嬉しいですね。ここは自分でも気に入っている部分なんですよ。

●言葉がすごく耳に入ってくるというか。

中野:そうなんですよ。上手く耳に引っかかるなと思っていて。自分でもなかなか良くできたと思っています。

●“ダークマター”という言葉は、メロディや音色に導かれて出てきたんでしょうか?

中野:この曲はラップの部分が先にできたんですよ。そこから前後をふくらませて、作っていきました。ラップに乗せる言葉を考えている中で、語呂やノリの良さで選ばれた言葉ですね。それを元にして、自分の中で前後との整合性を付けていったというところです。

●歌詞の中での整合性を意識しているんですね。

中野:そこは意識していますね。意味のない言葉の羅列ではいけないですから。自分でも意味がわからないようなものを出しても、聴く人も何だかわからないと思うんですよ。自分の中での整合性が取れていれば、何かを感じてもらえるところはあるのかなと思っていて。だから、その曲の中での整合性というものは大事にしています。

●全く意味のないものにはしたくない。

中野:そういうものではなく、どれも自分の中では意味が通っているんです。ただ、その意味を説明することを音楽ではやらないというだけですね。

●そこはリスナー側に自由に想像して欲しい部分というか。

中野:そうですね。その曲が持つ想像の幅を狭めてしまうようなことはしたくないので、あまり説明という形ではしないようにしています。

●確かに中野さんの歌詞は、説明的なものではないですよね。

中野:説明的ではないですね。ただ、描写はしたほうが良いとは思っています。“意味”よりは“描写”というか。あとは自分の中での整合性だけですね。

●“ダークマター”もそうですが、想像力を掻き立てるような言葉も多い気がします。

中野:確かに“ダークマター”というのは、自分の中でもそこから想像を広げてみようかなと思える言葉ではありましたね。想像のキッカケになれば良いなとは思っています。

●“Pandora”もそういう言葉だと思いますが、アルバムタイトルでもある「Pandora Autoload」にはどんな意味を込めたんでしょうか?

中野:この曲が今作で最後にできたんですよね。これができた時にアルバムのキーとなる“箱”というイメージが浮かんだのもあって、これを1曲目にしようと思ったんです。

●そこから“パンドラの箱”につながるわけですね。

中野:“Autoload”というのも、自分の中での意味があって。自宅のスタジオで音楽制作用のシステムを起動した時に自動的に読み込まれる(=オートロード)プログラムがあって、それに“Autoload”という名前を付けているんですよ。そのプログラムには、これまでの20年以上で積み重ねてきた情報が色々と書かれているんです。たとえば音響的な情報や音符から、よく使っているサイン波の黄金比率的なバランスの設定まで、ある意味では私の“秘密”みたいなものが書かれていて。

●中野さんの音楽制作における“秘訣”というか。

中野:自分が曲や作品を作る上で、元になっているようなプログラムだと思ってもらえばわかりやすいですね。そういうものが書かれている上に日々記録されて、さらに更新もされていくという。それが自分にしか開けられない鍵のかかった“秘密”みたいなものだという感覚があったんですよ。その感覚をふくらませていった結果、「Pandora Autoload」という曲になって。今回のアルバムを導いていく曲にもなったのかなということで1曲目にしました。

●だから、アルバムのタイトルにもなったと。中野さんにとって音楽を作る行為は、パンドラの箱を開けるようなものだったりする?

中野:そこに直結するかどうかはわからないですが、1つの考え方としてはそういうイメージがあっても良いとは思いますね。それを自分が開けるのか、私の知らないところで誰かがこっそり開けるのかによっても、結果が違ってくると思うんですよ。そういう想像のふくらませ方をしてもらっても良いのかなと思います。

●この曲には“Hello, New World”というフレーズも出てきますが、その箱を開けることでまた新しい世界が始まるという意味合いもあるのかなと。

中野:その言葉は、すごくキーになっていますね。そこが今回、一番言いたかったことかもしれないです。

●作品を作るごとに、音楽的にもどんどん更新されていっているというか。今やテクノやエレクトロといったジャンルでは簡単に説明できない、独自のサウンドになっている気がします。

中野:そう言って頂けると嬉しいですね。オリジナルではありたいですし、そこを目指したいと思っています。でも聴いてもらえば、わかると思うんですよ。だから説明してしまうよりも、とにかく“聴けばわかるから”というような気持ちでいて。そういう意味で“入口”として、聴きやすく作っているところはあるんですよね。

Interview:IMAI

 

 
 
 
 

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