キノコホテルの創業10周年記念作品『プレイガール大魔境』は、いわゆる“ベストアルバム”とは全く趣きを異にするものだ。過去に発表された5枚のオリジナルアルバムからレーベルの垣根を超えてセレクトされた10曲に、それぞれ大胆なアレンジを施して新録。完全未発表の1曲も含め、定番曲というよりも“隠れた名曲”と呼ばれるような楽曲を、現メンバーによる“今”の姿にアップデートしている。この10年で大きな進化を遂げたバンドの超絶グルーヴと、自由奔放にしてポップな楽曲を生み出す支配人・マリアンヌ東雲の鬼才ぶりを見せつける濃厚で強烈な傑作だ。
「この1枚でキノコデビューできる方は逆にラッキーかもしれませんね。ジャケットがかわいいからって何も知らずにジャケ買いして、人生が狂えば良いと思っているわ」
●今作『プレイガール大魔境』はキノコホテル創業10周年記念作品ということで、いわゆる“ベストアルバム”とはまた違うんですよね?
マリアンヌ:そもそも“ベストアルバム”という言葉が好きではないし、キノコホテルには非常にマッチしないネーミングだと思っていて。ベスト盤というものはヒット曲がいっぱいあるような人たちが出せば良いと思っているので、キノコホテルとしては“総括作品”という感じなんです。過去にもレーベルを色々と渡り歩く中で「ベストを出しましょう」とお声がけして頂いたこともあったんですけど、「やるんだったら全部新録じゃないと嫌だし、“ベスト”っていう言葉は使いたくないの」と言って逃げ回ってきたんですよね。今回も作る時に「全部新録で」と言ったらキングレコードの担当の方が一瞬“えっ?”っていう顔をされたんですけど、「10周年だからやらせて」と押し通しました。
●10周年を記念して、これまでの歴史を総括したいという気持ちにはなった?
マリアンヌ:そこは自分自身でも意外だったんですけど、“そういう心境になるものなんだな”と思いました。今となってはステージでやらなくなった、古い曲が多かったりもするんです。マネージャーからも「あの曲をやれば良いのに」と言われたりする曲も多くなってきて。でも初期の楽曲を今聴き直してみると色々と稚拙な部分があったり、“今だったらこれはあり得ないな”というものがたくさんあったんですよね。「1stアルバム(※『マリアンヌの憂鬱』)が一番好き」とおっしゃる胞子(=ファン)もいるんですけど、それに関しては断固として「否」と言いたい自分が常にいて。
●それはどういう理由で?
マリアンヌ:曲自体はワタクシが作ったので良いんですけど、それから何年も経った今の4人で満を持して過去をアップデートさせたくて。胞子たちや自分たちの記憶を塗り替えたいと思ったんです。そのタイミングとして、今しかないのではないかと。もしかしたらそれは後づけで、単純に“楽しいものを作りたい”というシンプルな気持ちだったような気もしますけど。
●今の自分たちが楽しく演奏できるように、過去の楽曲をアップデートするということなのかなと。
マリアンヌ:そうなんですよね。キノコホテルの場合はワタクシ個人の意志で、半ば(過去の曲を)捨ててしまっているような感覚があったので。それが何故なのかと言うと、当時のアレンジやセンスと今のワタクシとの間にはどうしてもズレが生じてくるんですよ。従業員(=メンバー)が一部変わったりしたことで、自分の中での変化も生じましたし。そうすると自分の曲をやっているのにちっとも楽しくなかったり、しっくり来ないことがありまして。そういうところから解放されたいという想いがあったんだと思いますね。
●収録曲のセレクトも、各作品のいわゆるリード曲ではないものを選んでいますよね?
マリアンヌ:それが冒頭でも申し上げた「ベスト盤ではありません」というところにもつながっていて。M-9「おねだりストレンジ・ラヴ」だけは昨年出した作品(『マリアンヌの革命』)のリード曲だったものがたまたま入って、あとはちょっとクセのある名脇役のような役目を果たしていた楽曲を集めました。
●名脇役的な曲を選んだ理由とは?
マリアンヌ:脇役だっただけにここ数年の実演会でも披露していなかったので、改めてアレンジなどを考えるにあたっても逆にすんなりいけたんですよね。アルバムのリードになるような曲って、リリースツアーで演奏する回数も必然的に多いわけで。だからわざわざ機会を作らずとも、ステージを重ねて披露する回数が増えることで自然にアップデートされていくんですよね。今回はそういう機会に恵まれなかった曲たちの敗者復活戦…というわけじゃないですけど(笑)。
●名脇役たちを集めたからこそ個性が強烈で、幅広い選曲になったのかなと。
マリアンヌ:曲によっては荒々しさやバカバカしさだったり、逆に原曲よりしっとり大人の方向に持っていったものもあるので、弊社史上随一の振れ幅がある作品だと思います。
●アレンジは大幅に変えている?
マリアンヌ:完全に変わっているものもあれば、そこまで大幅に変わってはいないものもあって。でも新しい要素を1つか2つは入れて、明らかに違うものにはしたいと思っていました。自分にとってもそうですし、過去の楽曲をずっと聴いてきた方々にもそう感じて頂けるものになったと思います。
●タイミングの話もありましたが、メンバーが進化を遂げてきた今だからこそ表現できる振れ幅なのでは?
マリアンヌ:特に電気ギターのケメさん(※イザベル=ケメ鴨川)には頭を使って、工夫をして頂きました。彼女のギタリストとしての幅も、歴代の作品中で最もヴァラエティに富んでいるんじゃないでしょうか。ワタクシが無茶ブリをしても、一生懸命考えて彼女なりに答えを出してきてくれるので、それが良ければ採用するし、ダメだったら「今日いっぱい考えて、また明日やれば?」みたいな感じで。長年やっているとただ「これをやりなさい!」と言って、押し付けるだけでは自分的にも面白くないので。皆さんが自立して立派なプレイヤーに成長した証を、アルバムを作る度に見せてもらいたいという部分もありますね。
●任せても、ちゃんと期待以上のものが返ってくるようになった?
マリアンヌ:はい。「あっ、それそれ! それよ!」みたいな、良い感じのところに着地するようになりましたね。そういう意志の疎通ができるようになっただけでも、10年間続けてきた価値はあるのではないかと。
●2012年末に電気ベースのジュリエッタ霧島さんが加入したことも大きかったのでは?
マリアンヌ:未だにキノコホテルを続けてこられているというところでも、彼女が入ってきたことは非常に大きいと思いますね。彼女の存在がワタクシのストレスを軽減しているというか。従業員としての立ち回り方とか色々なことが彼女は上手くて、絶対にワタクシをイライラさせないんですよ。人柄的にも穏やかですし、“私が!”みたいな余計な主張は全くないのに、プレイではちゃんと表現ができるから“あなたは何をしたいの?”ということにもならなくて。彼女が入ったことによって、バランスが良くなりましたね。
●それゆえにジュリエッタさんが入る前の曲を、今回は多めに選曲しているのかなと。
マリアンヌ:そうなんです。別に前任者がどうとか言うつもりは全くないんですけど、胞子たちの中にはそこで時が止まってしまっている方もいるのではないかと思うんです。確かに当時、あれはあれでキノコホテルとして1つの完成形ではありましたから。でもワタクシとしては、それについても「過去は過去、今は今なんだから、今を楽しみなさい」と言いたいんです。「1枚目や2枚目が良かった。それ以降は聴いていない」なんて声をたまに耳にすると、「ああ、わかってないわね」って思うの(笑)。2013年から心機一転やってきたつもりですし、今はこの4人でキノコホテルなんですから「それをあんたたちもいい加減受け入れなさい!」っていう気持ちですね。
●今の自分たちの音をちゃんと聴いて欲しい。
マリアンヌ:今の4人になってからキノコホテルを好きになってくれた胞子もいれば、人事異動(=メンバーチェンジ)があった時点で離れてしまった胞子も当時はいたと思うので。バンドのファンって一度離れたらなかなか戻って来ないものだと思いますけども、今回はジャケットもインパクト大ですし、つい目に留まって懐かしい気持ちになる方も多いんじゃないかと(笑)。ついでに聴いて下されば、新鮮な驚きを感じて頂けると思います。普通の耳を持っていればね。
●そこは自信があると。ちなみにM-10「風景」ではマリアンヌさんが三線、ケメさんがスチールギター、ファビエンヌ(猪苗代)さんが島太鼓というすごい組み合わせで演奏していますが…。
マリアンヌ:しかも途中の2分間は、ひたすら波の音。
●ハハハ(笑)。三線や島太鼓を入れたのは、元々の楽曲に沖縄的なイメージがあったから?
マリアンヌ:元々、ギターのフレーズに何となく沖縄音階の要素があったので、それを今回は誇張してやってみようと思って。でもギターはハワイアンだし、途中にはジャーマンっぽいところもあって、だいぶ奇妙なことになっていますね。結果的に、沖縄〜ハワイ〜ベルリンという3都市を結ぶ、超大作になりました。
●M-1「ゴーゴー・キノコホテル」の冒頭でもキャビンアテンダントによるアナウンスとジェット機のSEが入りますが、今作には色んな場所を旅するようなイメージもあるんでしょうか?
マリアンヌ:“魔境を巡る旅”というトラベル的な意味合いは、どこかしらにあると思います。「おねだりストレンジ・ラヴ」には異国情緒感があったり、M-7「還らざる海」ではフレンチっ気を主張してみたり、M-5「悪魔なファズ」はミュンヘンディスコだったり、M-3「球体関節」は古ぼけたSFの風味もあったりして、色々とイメージはあったんですよ。それらをつなげていけば、大旅行になるわけです。この間も台湾とマカオに行ってきましたけど、キノコホテルをやっていなかったら、国内外問わずこんなに様々な地域に行くことはなかったですし。そもそも飛行機が怖くて仕方がない人間でしたから。そんな自分のことも少しダブらせたというか。そこから1曲目の「ゴーゴー・キノコホテル」に、アナウンスと飛行機の離陸音を入れるというアイデアが固まりましたね。
●1曲1曲が魔境を旅しているような独特の世界観があるというか。
マリアンヌ:1つ1つの楽曲の世界観が、アクの強い仕上がりになっていますから。1曲ごとに、それぞれが色んなタイプの魔境かもしれないわね。
●色んな曲がある中で、M-4「あたしのスナイパー」のMVを撮った理由とは?
マリアンヌ:特に今作は、自分の中でどれがリード曲というのはないんですよね。どの曲をリードにしても良いくらいの個性や世界観をそれぞれが持っている中で、単純に今作の窓口として「あたしのスナイパー」が良い意味で単純明快で映像化しやすいかと思いまして。大衆的でありながら、どこかシニカルな娯楽作品にしたかったので、そういうことをMV監督の加藤マニさんとお話しながらスムーズな流れで撮れましたね。
●ラストのM-11「惑星マンドラゴラ」は、実演会でも披露したことのない完全未発表曲ということですが。
マリアンヌ:これは自分で歌うために作った楽曲ではなくて、“もしもアイドルに楽曲を提供するなら…”というコンセプトで、半ばギャグで作った曲なんです。でも結果的には今のアイドルというより、“花の82年組(※小泉今日子、中森明菜など)”くらいの良い年代感に着地しましたね。最近、ソロのトップ・アイドルが出てこないなのが寂しくて(笑)。本当に“この子、トイレに行くのかしら?”なんて思うくらいの子が出てきたら、この曲を歌って欲しいというささやかな願望があります。
●ちょっと電波っぽい感じもあるような気がします。
マリアンヌ:そうですね。あえて狙ってみました。世相感というか。そういうものも含めて自分の中では、パロディソングなんですよね。病んでいる現代社会や人間を題材に、という今風のスタンスってキノコホテルには今ひとつそぐわないので、普段はあえて出さないようにしている部分があって。
●そういう意味で、この曲は特別なんですね。
マリアンヌ:普段の新作には入れない曲ですね。完全未発表曲が入るということで胞子の方々は“今のキノコホテルの最先端の音なのだろうか?”と思っていらっしゃるかもしれないですけど、まあ一聴してズッコケて頂ければと(笑)。でもポップで良い曲ですよ、非常に。
●これまでのアルバムと違って『マリアンヌの◯◯』というタイトルにしていないのも、純粋な新作とは立ち位置が違うから?
マリアンヌ:数年に一度出す新譜とはそもそも立ち位置が違うし、アレンジやアプローチの振れ幅も通常の作品とは異なるので、それを“勘違いしないでね”という意味でタイトルをわかりやすく変えました。これが“新作”っていうと、また違うので。
●いわゆる“オリジナルアルバム”ではない。
マリアンヌ:でもそういうことって、よっぽどキノコホテルのことを贔屓にしてくれる方じゃないとわからないじゃない? そうじゃない方々にも手に取って頂きたいという気持ちが大きいですし。キノコホテルはこれからも活動していく予定ですし、またそう遠くない未来に純粋な新譜も出したいと思っているので、その流れの中で今回は特別な位置づけの作品なんです。だから“そこを勘違いしないでね”っていう意味ですね。『マリアンヌの○○』をやめたわけではないという。
●初めて聴く人のための入門編にもなっている?
マリアンヌ:その役割は十分果たせるかと。特別な作品ではありますけど、キノコホテルらしさが惜しみなく出ている作品なので、この1枚でキノコデビューできる方は逆にラッキーかもしれませんね。ジャケットがかわいいからって何も知らずにジャケ買いして、人生が狂えば良いと思っているわ。
●ハハハハハ(笑)。
Interview:IMAI
Assistant:室井健吾