スタジオ・セッションミュージシャンとして数々のアーティストのバックを務め、国内外で活躍している3人が結成した、その名も“仮バンド”が1stミニアルバム『仮音源 -Demo-』を完成させた。2015年11月にG.藤岡幹大が主催するセッションイベントに、Ba.BOHとDr.前田遊野が参加したことをキッカケに結成されたという彼ら。これまでの活動で得てきた経験と技術を活かしつつ、自分たちが本当に好きなことをやるというコンセプトに基づいて作られた今作は、メンバー個々のこだわりや音楽的嗜好と強烈な個性が明確に反映されている。桑原あい、西脇辰弥、ISAO、カルメラといった実力派ゲストも交えて、腕利きのミュージシャンたちが生み出すハイテクニックな進化型フュージョン。確かな演奏技術と豊穣な音楽的背景に裏付けられた、バラエティ豊かで高品質な“本物の音”にぜひ一度触れてみて欲しい。
「“ロックからフュージョンに行った3人”みたいなイメージですね。ジャズって言うには音が歪んじゃっているし、デカいっていう(笑)」
●仮BANDは、2015年11月に藤岡さん主催のセッションイベントがキッカケで始まったそうですね。
藤岡:高円寺ShowBoatっていう昔からよく出ているライブハウスで、急にイベントをやることになって。それでよく仕事で絡んでいてセッション系もやれる人たちに声をかけて、「ちょっと付き合ってくれませんか?」と誘ったんです。その時は僕の曲もやったんですけど、マイク・スターンやジェフ・ベックの曲をカバーしたり、フュージョンのセッションでやるような定番曲をやったりもしましたね。
●フュージョン系の音をやるイメージだったんでしょうか?
藤岡:このメンバーは“仕事だったら何でもやるけど、好きなものをやるとフュージョン寄りになるんじゃないか?”っていう3人だと思っていて。“ロックからフュージョンに行った3人”みたいなイメージですね。ジャズって言うには音が歪んじゃっているし、デカいっていう(笑)。
BOH:僕も入りはロックだったんですけど、元々ベースが好きで音楽を始めたというのがあって。ロックのベースはルートが多くて淡々としているから、聴いていてもつまらないものが多いんですよ(笑)。だからベーシストとしては、フュージョンのベースを聴いて勉強するということを昔からやっていたんです。それで自然とそっちのほうも聴くようになりましたね。
前田:僕もBOHさんと同じです。ロックのドラムもカッコ良いんですけど、シンプルなものが多くて。テクニックを求めるとなると、ドラムの場合はメタルやフュージョンにどうしても行ってしまうんですよね。そこから入って、フュージョンも好きになりました。
●だから3人が一緒にやるとなると、必然的にフュージョン寄りなサウンドになった。
BOH:決してフュージョン専門というわけではないんですけどね。あまりにもマニアックな曲は理解できなくて僕も弾けないので、その中でもキャッチーで聴いていて楽しめる曲をチョイスしました。
藤岡:良い感じのバランスで選びましたね。
●仮BAND結成となったのは、最初のライブでの感触が良かったからでしょうか?
藤岡:最初にやったセッションが楽しかったんですよ。
BOH:そのイベントをたまたまキングレコードの方が観に来てくれていて、その日に“CDを作りませんか?”っていう話を頂いたんです。その時の前田くんの鼻息がもう荒くて(笑)、「メジャーからCD出せますよ!」っていう。僕は別にやらなくても良いかなって思っていたんですけど、前田くんの鼻息の荒さに負けました。
藤岡:あの時、本当に鼻息が荒かったもんな〜。(鼻息で)譜面もめくれてましたから(笑)。
BOH:その勢いに押されて、僕らも鼻をホジってみるしかないかなと思いました。
前田:なぜ、そんな話に…(笑)。でもメンツがメンツなので、“面白いことができるだろうな”っていうのは最初からあったんです。
●この3人が一緒にやれば面白いことになるという予感はあった。
BOH:実際にその日のイベントはチケットも即完で、会場に入りきらないくらい人が集まったんですよ。そこからしばらく期間が空いて、去年の2月に初めて“仮BAND”という名前で渋谷のJZ Brat Sound of Tokyoでライブをやったんです。その時は昼夜2部制で桑原あいちゃんにも参加してもらったんですけど、どっちも完売して。そのあたりで、定期的に活動をしていくのも面白いかなと思いました。
●2回目のライブを経て、本格始動したんですね。
BOH:当初は2016年にCDを出そうと予定していたんですけど、各々がバックバンドの仕事も立て込んでいて、制作する時間が全然なかったんです。でもせっかくベルウッド・レコードの方が協力してくれると言って下さっているのにこれ以上遅らせるのはまずいなと思って、今年の1月にレコーディングして4月には出せるように作りました。
●リリースをすることも当初から考えていたんですか?
BOH:「自主制作でも良いからCDを作って売れたら楽しいよね」っていう話はしていたんです。それがデビューもできて、しかも自分の好きなジャンルで…ってなかなかないことですよね。
●好きなことがやれるというのもあって、モチベーションも高かったわけですよね?
前田:でもそれは実際にやってみてからですよ。最初のShowBoat公演の時なんて、本当に軽い気持ちだったから。
BOH:今後の展開なんて、一切考えていなかったですね。誘われて、何となく“楽しそうだからやってみようかな”くらいの感じで。
藤岡:誘っている側もメッチャ軽い気持ちでしたもん。セットリストもセッションでよくやりそうな曲を適当に見繕って、曲順を当日に決めるくらいの勢いでしたから。
●最初のライブはカバー中心だったわけですが、2回目のライブではオリジナルもやったんでしょうか?
前田:1曲だけやりました。
藤岡:今回のアルバムにも入っているM-5「Jamrika」ですね。元々は“仮ジャム”と呼んでいたんですけど、そのアナグラムで「Jamrika」にしました。最後が“ca”じゃなく“ka”なのは、仮バンドの「仮(kari)」から取っているからなんですよ。
●アナグラムだったんですね。
BOH:「Jamrika」は2回目のライブをする時に「1曲くらいはオリジナルの曲を作ってやってみよう」となって、3人でスタジオに集まって作ったんです。「どんなふうにする?」って話し合っていた時に、その場で適当にリフを弾いたら5拍子になっちゃって。
藤岡:「5拍子のままで良いよ」とは言ったんですけど、“もはや5拍子かどうかもわからない曲にしちゃえ!”と思って。ベースのリフもコードがよくわからなかったので“何か適当に都合の良いコードを付けちゃえ!”みたいな感じで、その場の勢いで作っていきました。
●勢いでどんどん決まっていった(笑)。
BOH:その後にテーマメロディを上手いこと先生(※藤岡)が付けてくれて、良い仕上がりになりました。この曲を初めてやったのが(桑原)あいちゃんをゲストに迎えた時だったので、リハの時に一緒にやったらギターよりピアノがよく聴こえる曲になって。本当にセッション形式で作った感じです。
●タイトルどおりジャムの要素も入っている?
BOH:ルールとテーマはありますけど、基本的には自由ですね。
前田:レコーディングも一発録りなんですよ。
●この曲は一発録りで3テイク録った中から選んだそうですが。
BOH:3回録って、その中で一番良いテイクを選びました。だから細かいミスとかも、そのまま音として収録されています。あいちゃんがジャズピアニストなので、彼女が一番活きる方法を探したというか。本人の希望もあって、一発録りになりました。
●3回のテイクもそれぞれに違っていたんでしょうか?
BOH:違いますね。特にソロパートは全然違います。
藤岡:1回目はみんな探りながらやっていて、2回目で何となくわかってきて、3回目はみんなやりすぎるっていう(笑)。だから、2テイク目を使いました。
●ほど良いテイクを採用したんですね(笑)。
藤岡:3テイク目の、全員が良いところを見せようとする感じがすごかった(笑)。ずっとうるさかったもん。
BOH:みんな、出たがりなんですよ。でもみんなが前に出ようとするから、結果的に誰も(突出して)出ていないっていう(笑)。
●全員が前に出るから、結果的に並んでしまう(笑)。一発録りならではの、お互いの呼吸を読み合うような緊張感もあったのでは?
藤岡:コードやメロディに関しても、あいちゃんがソロの時に半音上げたりして。それで“僕も付いていこうかな”と思って半音上げたら、あいちゃんが元に戻ってきちゃって、すれ違いになったりもしました。交差点でどっちも避けようとして、結局ぶつかりそうになる感じというか(笑)。そういう感じもそのまま音源に入っているんです。この曲はそれがわかりやすいように、(チャンネルの)右はピアノで左はギターというふうに分けています。
●この曲に桑原あいさんが参加しているように、今作には何組かのゲストが参加していますよね。メンバー3人だけの音でやる、という形にはこだわっていないんでしょうか?
BOH:逆に3人だけだと、何もできないんですよ。最初に先生のイベントに出た時も“何となく成立するだろう”と思って3人でやったんですけど、スッカスカで(笑)。
前田:だから、みんな必然的に音符を埋め始めるんですよ。
藤岡:そうかもしれない。少ない編成でやるのに慣れている人は、普段から音数が多い気がする。歌とピアノだけでずっとやっている人は、バンドの中でピアノを弾いている時も音数がメッチャ多いんですよ。たぶん本能的に埋めちゃうんでしょうね。僕は3人でのスカスカな感じも、それはそれで好きなんですけどね。誰も気を抜けない感じがあるというか。
●演奏中の緊張感は常にあるのでは?
BOH:演奏している時はフザけないですからね(笑)。
前田:でもライブ全体を通して30秒くらいは、シンプルなところがあれば遊び始めたりしますけどね。
●遊び心を入れたりもしている。
前田:そういう台本にないことを一番やるのが僕なんです。
BOH:最近は演奏中に何か仕掛けてきても、なるべく無視するようにしていて。
●無視するんだ(笑)。
BOH:3人ともそういうことをやり始めると、自分たちの演奏が今良いのか悪いのか判断できなくなってくるんですよ。演者がわからないのに、観ている人にわかるわけないじゃないですか。だから、いったん触らないでおこうっていう(笑)。
藤岡:前田氏がやった変なことに対して、まず真に受けるのか受けないのかを決めるんです。でもずっと無視するのもあれだから、たまには付き合ってあげますけどね。
●時と場合によると。
BOH:街中で暴れているオッサンを見ている時と同じですね(笑)。これ以上はヤバいと思ったら通報したほうが良いけど、「とりあえず放っておいて大丈夫かな」っていう感じです。
藤岡:害はなさそうっていう(笑)。
●そういう判断をちゃんとしているから脱線しすぎて混沌とすることもなく、聴きやすいものになっているのかなと思います。
BOH:マニアックすぎる音楽にはしたくなかったんですよ。サウンドもある程度キャッチーな感じにしたいと思って作っていました。
藤岡:M-1「Common time's Logic」は混沌としたクラシックを作ろうとして、最初はクラリネットやフルートを打ち込みで入れていたんです。でもゲストにカルメラのブラス隊3人を迎えてトランペット、サックス、トロンボーンを入れたら音色がメッチャ明るくなって、混沌とした感じが良い意味でなくなったんですよね。そこはゲストのパワーが大きい気がします。
●ちなみに、カルメラが参加した経緯とは?
BOH:年末に出演したフェスで僕が本番を終えて楽屋にいたら、たまたまカルメラのメンバーが話しかけてきて。その中で今こういうことをしているという話にもなって、酔っぱらっていた勢いで「今度CDを出すからその時に誘うよ」と言っちゃったんですよ。まだ音も聴いたことがなかったんですけど、何となく人が良さそうだなと思ったから(笑)。
藤岡:僕もサポートで参加していたアーティストのマネージャーがカルメラも担当していて、その人から紹介されて会っていたんですよ。何かに使ってやって欲しいと言われていたんですけど、そしたらBOHにゃんのところで既にカルメラと一緒にやるっていう話がまとまっていて。
●キッカケは酔っ払った勢いだったと(笑)。
BOH:でも自分が言ったことは守ろうと思って今回頼んだら、気持ち良く引き受けてくれました。実際に録るとなった時も、事前に伝えていたアレンジを完璧に3人で作ってきてくれて。特に話し合いをする必要もなく、スムーズにレコーディングできましたね。途中のトランペットのソロはこっちで指定していなかったので、好きなようにやってもらったんです。
藤岡:ソロがトランペットっていうのも、ファンファーレっぽくて力強いなと思いました。
●曲調的にも1曲目らしいなと思いました。
BOH:曲順をどうするか話し合ったら、これ以外になかったんですよ。1つ1つの曲が違いすぎるので、最もスムーズにいけるのがこの流れだったんです。「Common time's Logic」はキャッチーなほうだし、曲自体もそんなに長くはないから。
藤岡:本当に“幕開け”っていう感じで、1曲目にはピッタリでした。
●タイトルに何か意味があるのかと思って調べてみたら、“common time”は4拍子のことなんですね。
藤岡:“4拍子でやっているから”っていうだけですね。一瞬、意味あり気だけど(笑)。曲名というよりは、状態を表しているというか。
●深い意味があるわけではない。
前田:それを言ったら、2曲目はもっとひどいですよ(笑)。
藤岡:M-2「Chuku」というのは、ギターがチュクチュク鳴っているからなんです。
●擬音的な(笑)。
藤岡:「ずっとチュクチュク鳴っているのが良いね!」っていうところからです。
前田:最初に先生が持ってきたデモの段階で付いていた仮タイトルがそのまま、ここまで来ているんです。
BOH:「Chuku」っていう単語だけ聞いたら、アフリカの民族音楽っぽいイメージがしますけどね(笑)。
●実際は音をそのままタイトルを表しているだけという。
BOH:「Chuku」はそのまんまでしたね。
藤岡:M-3「忍者Groove」は、リズムパターンから決めたんですよ。
●リズムパターンが忍者っぽい?
BOH:これは和風っぽいところとトリッキーなところがあるから「忍者Groove」にしました。元々は僕と前田くんだけでスタジオに入った時に、前田くんが変なリズムのドラムを叩き出したんですよ。それを聴いて、僕は和風なことをしようと思って。よく使われるペンタトニックスケールって普通にやったらそのまま普通に聴こえちゃうけど、それを“複雑な感じに聴かせることはできないかな”ということをずっと考えていたんです。“何を弾いているのかわからないけど、(実は)ペンタトニックスケール”っていうフレーズを家で考えてきて、それを前田くんの変なリズムに合わせたら面白いんじゃないかなと思ったんですよね。
●その2つを組み合わせたことで生まれた曲なんですね。
BOH:聴いたことのないバッキングになるし、今まで誰も弾いたことがないようなものにしたいと思いながらリズムを作って、先生に投げたんです。そこから先生が、ギターから始まるリフや途中のセクションを作ってきてくれて。そうやってパーツごとに作っていきましたね。
藤岡:これはキャッチーだよね。
●どの曲も最終的にはキャッチーになっているなと思います。
前田:でも正直、僕はこの作品がキャッチーなのかは、もうちょっと時間をおかないとわからないですね。キャッチーでした?
藤岡:キャッチーだと思うよ。
BOH:もっと難しくしようと思えば、どこまでも難しくできますからね。突き詰めてしまうとコンテンポラリーミュージックみたいになっちゃうし、かといってジャズの方面を狙ってもジャズ専門でやっている人には敵わないし、そういうものはやっている側も疲れちゃうんです。だからパッと聴いた時に、「こんな曲だよね」って説明できるような感じにはしたかったですね。
●明確に説明できるものにはなっている。
藤岡:1曲1曲にテーマがあるんですよ。
BOH:M-4「Djentleman」も最初はジェント(=Djent。※プログレッシブ・メタルから派生したヘヴィメタルのジャンルの1つ)みたいな曲にしようと思って。
●だから、タイトルが「“Djent”leman」だったんですね。
藤岡:ジェントっぽいから「Djentleman」って、本当にフザけていますよね(笑)。
●M-6「Snowflakes」は、どういう理由でこのタイトルになったんですか?
BOH:この曲のメインになっているフレーズは、僕が持ってきたんです。高校生の頃にスティーヴ・ヴァイが大好きで彼のことを調べてみたら、どうもリディアンっていうスケールをよく使っているらしいと知って。それでリディアンを覚えたのが、ちょうど冬だったんですよ。外は雪が降っている中でリディアンを弾いているとすごく良い雰囲気になるので、弾きながら自分に酔っていたという…(笑)。
●そのイメージから来ていると(笑)。
BOH:それを思い出して、“このフレーズを持っていけばバラードになるな”と。そこへ先生に全然違うコード進行を付けてもらって、自分はベースを弾き始めた頃に覚えたフレーズを延々と弾き続けるっていうのをやったら楽だし、カッコ良いんじゃないかっていう。途中もわざとアコギのバッキングみたいにコードを弾いたら面白いなと思って、そういうアプローチもしましたね。あとは“良い感じにしてくれるだろう”ということで、メンバーに丸投げしました(笑)。
藤岡:そしたら本当に良い感じの曲になりましたね。
前田:「Snowflakes」には、自分がすごく影響を受けたハードロックドラマーの感じが出ているんですよ。
●誰の影響が出ているんでしょうか?
前田:レッド・ツェッペリンのボンゾ(※ジョン・ボーナム)ですね。レッド・ツェッペリンが好きな人は、この曲のドラムも好きだと思います。
●そういったルーツも垣間見えるものになっている。今作を作り終えてみて、それぞれが本当に好きなことをやれたという感覚もあるのでは?
藤岡:やりたいようにやっただけですからね(笑)。
BOH:今回はバラエティをだいぶ広げちゃったので、次回はもうちょっと的を絞って1つくらいはコンセプトを決めて作れたらなと思います。
前田:だから次回作は、もっとやりたいことができるのかなと思っています。
●バラエティに富んだ楽曲というのも、今作の大きな魅力かなと。
BOH:だから、どれか1曲くらいは自分の好みの曲やずっと聴いていられる曲があると思うんですよ。エンジニアの方にも言ってもらいましたけど、単純に“聴いていて飽きない”っていうのが一番大事だなと思いますね。
Interview:IMAI
Assistant:室井健吾