伊東歌詞太郎(Vo.)と宮田“レフティ”リョウ(Ba./G./Key.)による2人組ユニット、イトヲカシ。日本語を大事にした歌詞・メロディセンス・力強い歌声が織りなす琴線に触れる楽曲を、他者とは一線を画す展開で発信する2010年代型アーティストだ。2012年の結成以降、インターネット上への音楽投稿や路上ライブ、様々なアーティストへの楽曲提供やサポート・プロデュースワークといった活動をユニット/ソロで並行して行ってきた。そういった中で投稿動画の総再生数は2,500万超、Twitterのフォロワー数は合わせて55万人超、路上ライブでの総動員数は3万人以上と、桁外れの実績を叩き出す異例の存在となる。4年間の準備期間を経て“イトヲカシ無期限活動開始”を宣言し、活動を本格化させた2016年。5月にリリースした初の全国流通盤ミニアルバム『捲土重来』がオリコン5位を獲得するなど大きな反響を呼ぶ中で、9/21にシングル『スターダスト / 宿り星』で満を持してのメジャーデビューを果たす。これまでメディアでは顔出しを行っておらず、その素顔はライブでしか見ることができないという神秘的なヴェールに包まれた2人の熱い内面に迫る、表紙&巻頭スペシャルインタビュー。
●イトヲカシの大きな特徴は全国各地での路上ライブツアーだと思うんですが、始めたキッカケは何だったんでしょうか?
歌詞太郎:元々は2人ともバンドをやっていたのが解散してしまったりして、お互いに“上手くいかなかった”という想いがあったと思うんです。当時はライブハウスにお客さんが10人だけなんていうのも当たり前の状況でやっていて。でもインターネットに曲をアップロードした時に、1日で1万再生とかいったんですよ。その時に“これって本当かな?”と思っちゃったんですよね。
●実感が湧かない数字というか。
歌詞太郎:“本当に1万回も自分の声が聴かれたのかな?”とちょっと疑っていた部分もありつつ、でも“きっと本当に聴いてくれているんだろう”という気持ちもあって。インターネットって全国で聴けるものだから、ちゃんと各地に聴いてくれる人たちがいるはずだろうと。音楽って今は聴かれないのが当たり前の世の中になっているし、それで僕らも苦労してきたので、“聴いてくれる”というのがどれだけありがたいことかと思うんですよね。だったら全国をまわって、みんなに「ありがとう」を言いに行きたいと思ったんです。
●聴いてくれる人たちに直接「ありがとう」を伝えたいという気持ちが出発点だった。
歌詞太郎:初めてのライブが東京で決まったことを生放送で発表したんですけど、その時に「ありがとう」とか「おめでとう」っていうコメントがある中で「やっぱり東京なんですね」っていうコメントがあったんですよね。これはその通りだなと思って。忘れちゃいけないのは“来たくても来られない人がいるんだ”っていうことで、来るために労力やお金がかかるということで断念しちゃう人たちの声を無視したらダメだなと気付いたんです。だから僕らは、大都市を除いて路上ライブをやらせてもらうという形を取ってきたんですよ。その場所まで会いに行くということで喜んでもらいたいし、それをやり続けたいなという想いはお互いに持っていると思います。
レフティ:僕自身、ライブを観て人生が変わったというか。ミュージシャンを志すキッカケになったのは間違いなくライブを観たことなので、そういう機会が身近にあったらすごくハッピーなことだと思うんですよ。近所の公園に行ったら、好きなアーティストがライブをやっていた…みたいな、そういう状況を少しでも作れたら何かをもたらせるんじゃないかなという気持ちもありましたね。
●自分たちのことを知らない人に観てもらえるというのも、路上ライブの良さかなと。
歌詞太郎:聴いてくれたお客さんに会いに行って「ありがとう」を伝えると同時に、外でやっているから偶然観て欲しいという気持ちもすごくありますね。あとは、路上ライブをやっている中で“そういうふうに思うんだ!”っていう新しい発見もあって。たとえば「自分の住んでいる土地が田舎過ぎて嫌だった。早く出ていきたいと思っていたけど、イトヲカシが来たことでこの町が少し好きになれました。ありがとう」っていう手紙をもらった時に、“これがやりたかったんだよね”という気持ちになったんですよ。そういうのがめちゃくちゃ嬉しかったりします。
レフティ:そういう手紙から力をもらえることがたくさんあるんですよ。楽曲やライブに対しての感想でも“そういうふうな捉え方をしてくれているんだ”という発見があったりして、プラスに働くことが圧倒的に多いですね。
●各地で路上ライブをするにあたっては、今でも自分たちで許可を取っているというのもすごいなと思いました。
歌詞太郎:路上ライブの許可を取るのは最近好きになってきているくらいで、2013年に初めてやった時はかなり苦労しましたけどね。30件くらい電話をかけたのが全部断られて、“これはヤバいかな”っていう時もあったりして。それが今年に入ってから自分が許可を担当したところでは1箇所目で成功したりとか、一度失敗した後にすぐ決まることも増えてきたんですよ。今までやってきた路上ライブでは全く問題が起きなかったし、そのおかげで警備も自分たちだけでまかなえたりした。僕らだけの力じゃなく、来てくれるお客さんが作ってくれた路上ライブの環境があると思うんです。
●お客さんと一緒に“この人たちは大丈夫だ”という信頼感を作ってきた。
歌詞太郎:許可を取るために電話すると「いったんホームページ等で調べてからお返事します」と言われたりするんですけど、そういう時も今は自信満々でいられるというか。折り返しの電話が来た時には“ちゃんと受け入れてくれたんだな”というのを感じられるような雰囲気になっていて、そこから話がスムーズに進んだりもしますね。それって、両方の温かさがあるように感じるんですよ。
●両方というのは?
歌詞太郎:そういう環境を作ってくれたお客さんたちと、僕の言ったことを信じて「一緒にやりましょう」と言ってくれる施設の人たちの両方ですね。たとえばちょっと時間をオーバーしちゃった時に「本当にすみませんでした」と謝りに行くと、「こんなに笑顔になる人たちが多いイベントをこの施設でやってもらって、本当にありがとうございます」と逆に言ってもらえたりして。本当に色んな人の温かさに触れることができるから、僕らは許可取りも含めて路上ライブがすごく好きなんですよね。
●やっていく中で、路上ライブをより好きになっていった。
レフティ:人と人とのつながりをすごく感じましたね。その土地に行って、目と目を合わせて「ありがとうございました」って言う。お客さんに対しても、施設の方とも、そういうコミュニケーションが取れるのは人生において1つの財産になっているなと思うんですよ。普通はなかなか47都道府県に行くこともないし、行ってみないとわからないこともめちゃくちゃたくさんあって。それは絶対に楽曲にも反映されていると思うので、一生やりたいなと思っています。
歌詞太郎:準備も含めて、魅力があるから。“やらなきゃ”とかじゃなくて、やるのが好きだから当たり前にやるっていう感じなんですよね。これから先も変わらずにやっていきたいです。
●実際、メジャーデビュー発表後も変わらずに路上ライブを続けているわけですからね。
レフティ:今回「メジャーデビューします」って発表した時に、みんなが本当に自分たちのことのように喜んで下さったんです。路上ライブで色んなところをまわっている時もみんなの楽しんでいる顔を目と目を合わせて見ることで、バンドをやっていた時以上にお客さんへの愛にも近い気持ちが芽生えていて。“もっと目の前にいる人たちを幸せにしたい。そのためには、もっと良い景色を一緒に見ていきたい”と思うようになりましたね。僕らがもっともっと成功して上に行って、人生の中で良い思い出を一緒に作っていきたいという気持ちにさせてくれるというか、1つのモチベーションにもなっています。
●メジャーデビューというのも1つの大きな契機にはなった?
歌詞太郎:僕らは昔からバンドをやっていたので、メジャーデビューという1つのステップを経るというのはずっと夢見てきたことなんですよね。その夢を叶えてもらったという喜びは強くあります。ただ、スタンスは何も変えたくないというか、変えちゃいけないし、変わらないものだと信じていて。今までやってきたこと…良い曲を作ること、ライブで人の心を動かすという部分はこれから先も絶対に変わらないんだろうなっていう。いきなりポンッと違うステージに行くわけじゃなくて、連続したものとして捉えています。
レフティ:ラッキーパンチみたいなものではないなと思っていて。みんなが路上ライブに来てくれたり、Twitterでつぶやいたりしてくれたものが1つの現象になっていったことで、レコードメーカーの方も手を挙げて下さったと思うから。積み重ねてきたものの層の厚さを感じますね。
●そして9/21にメジャーデビューシングル『スターダスト / 宿り星』をリリースするわけですが、この2曲を選んだのはどういう理由から?
歌詞太郎:僕らはどの曲もシングルになって良いものだと思って作っているし、全部の曲が100万枚売れても良いんじゃないかというつもりで作っているので、特別にメジャーデビューのために書き下ろしたという気持ちは全くなくて。いつも通り全力で曲を書いた結果が今回の2曲だと思っています。先にできたのはM-2「宿り星」のほうなんですけど、TVアニメ『双星の陰陽師』のエンディングテーマに選んで頂いたので、その世界観を落とし込んでから作っていきました。
●「宿り星」の歌詞には、『双星の陰陽師』の世界観が反映されている?
歌詞太郎:エンディングテーマということでアニメの世界に花を添えるべき楽曲でありたいと思って、まずは原作を読ませて頂きました。でも『双星の陰陽師』の世界観とイトヲカシらしさというものがあったら、その真ん中を取るということだけは絶対にしちゃいけないなと思っていて。どちらかに振ると片方が立たなくなるから、両方が立つ場所が絶対にあると思って、“これだ!”っていうところを探し当てたというか。ここだったらイトヲカシとしても嘘をついていないし、『双星の陰陽師』の世界観にも沿っているものだっていう、両立しているところを見つけられたので良かったなと思っています。
●『双星の陰陽師』は“神子”を生むために夫婦となることを定められた男女2人が主人公ですが、歌詞の内容としてはイトヲカシの2人にも重ねられるものになっているのかなと。たとえば“きみとならば 永い夜を越えられる”というのも、一緒に困難を乗り越えていく姿に通じるというか。
歌詞太郎:“歓びも痛みも分け合おう”というのも、男性同士でも成立する歌詞ですからね。元々そういう発想はなかったんですけど、生まれてくる楽曲というのは僕らにとって“子ども”みたいなものなので、図らずもそういうテーマに沿ってしまったのかなとさっき気付きました(笑)。
レフティ:最高の音楽を作るために出会ったと思うので、そういう意味ではその通りなのかなと。受け取り手によって“きみ”の対象は変化して良いものだと思うし、もちろんアニメのファンの方は主人公の2人を思い浮かべてもらっても良くて。色んな人に広く聴いてもらえる作品になったかなと思います。
●ちなみに「宿り星」というのは耳馴染みのない言葉ですが…。
歌詞太郎:これは造語なんです。僕は“宿命”というのはあると考えていて、誰かと誰かが出会うべくして出会うことによって良くなっていくものだと捉えているんです。最初は「宿命」というタイトルにしていたんですけど、それだと“固いな”と思って。そこで“2人の星が出会う”という意味と“宿命”という意味を重ねて、「宿星」という言葉にしたんですよ。文字の間に“り”を入れて「宿り星」にしたら、語感も柔らかくなるし固さも取れるなと。だから本来は存在しない言葉なんですけど、このタイトルに決めました。
●M-1「スターダスト」も星に関する言葉ですが、これは意図的なもの?
歌詞太郎:やっぱり気付いちゃいました? でもこれは偶然なんですよ。
●あ、偶然なんですね。
歌詞太郎:僕ら2人に共通している1つの価値観として、宇宙とか星が大好きなんですよ。だから自由に曲を作っていると、どうしても“スター”とか“星”っていうものがテーマになっちゃうことが多いんですよね。「宿り星」に関しては『双星の陰陽師』から星というのが出てきたんですけど、「スターダスト」については特に“星で統一しよう”という話もなされないまま自然とできあがりました。
●曲調としては好対照な2曲ですよね。
レフティ:そこは意識したところではありますね。
歌詞太郎:二面性を見せたいなという気持ちはあって。先にできていた「宿り星」はエンディングテーマということもあって、バラードができあがったんですよね。でもイトヲカシには、色んな音楽性が多面的にあるんですよ。メジャーデビューシングルというところでまずバラードができたから、多面性を出すためには疾走感がある曲や楽しい曲を作りたいなという気持ちではいて。その時ちょうど作っていた曲が、まだタイトルもなかったM-1「スターダスト」だったんです。これなら「宿り星」と両A面でイケるんじゃないかと思えたので、この曲に決まりました。
●イトヲカシが持つ2つの側面を見せるものにしようとした。
レフティ:シングル1枚で我々の音楽性が全て表現できるとは思っていないですけど、わりと二極化したものを見てもらえればわかって頂けるかなという気持ちでしたね。
歌詞太郎:どちらも僕らの“面”ではあると思うので、上手く表現できたかなと思います。
●「スターダスト」の歌詞はどういうテーマで書いたんでしょうか?
歌詞太郎:僕の場合はメロディと歌詞が同時に出てくるとすごく良いものになることが多いんですけど、この曲は“晴れたらいいな 願い事なんて それくらいがちょうどいい”っていうフレーズがメロディと共に出てきたんですよ。自分の中から“願い事なんてそのくらい軽いもので良いだろう”っていう気持ちがどうして出てきたのかと考えたら、流れ星だなと思って。流れ星に願いを込めれば叶うって言われますけど、あんな一瞬で消えるものに3回も願いを言うなんて物理的に無理じゃないですか?
●確かにそうですよね。
歌詞太郎:さらにもし流れ星に願いを込められたとしても、それだけで叶うほど夢って甘くないと思うんですよ。たとえば“みんなに僕らの音楽を聴いてもらいたい”っていう大事な願いも、流れ星に願うんじゃなくて自分に願おうぜっていう。そしたら、自分が一生懸命頑張るしかないから。そういう僕の中にある気持ちが表れている歌詞ですね。
●流れ星に願いを込めるって、言ってしまえば他力本願ですもんね。そうじゃなくて自分自身が一生懸命頑張ることで、夢を叶えようっていう。
歌詞太郎:僕はそういうことを強く思って生きているので、自分の嘘偽りない気持ちが出たなと思っています。
レフティ:そういう考えになるのも、僕らがバンドで上手くいかなかったりして色んな挫折を経験してきたからだと思うんですよ。音楽で成功することが、そんなに甘いものじゃないとわかっているんですよね。その上で自分を信じて行動に移していく強さに、最終的には頼るしかないというのもわかっていて。そういう想いがこの歌詞にもすごく表れていると思うし、こういうメッセージを発している人間が夢を叶えられなかったら超ダサいじゃないですか? この後、我々が愚直に夢に向かって進むことで間違っていなかったと証明していかないとダメなわけで、ある種の決意表明にもなっている楽曲だと思います。
●この先にもつながっているわけですね。
歌詞太郎:これはまだ未完成な曲だと思うんですよ。僕らが1つ1つ期待に応えて夢を叶えていって、その生き様でこの曲を完成させたいんです。一生懸命頑張ったら夢は叶うっていうことを証明する前の楽曲だと思うので、本当に決意表明というところで。1stシングルとしては良いものができたんじゃないかなと思います。
●今のタイミングに相応しいものになっている。
歌詞太郎:計算は一切なかったんですけど、たまたま宿命として合致したのかなと。それは今振り返って思うことですね。
●ここはまだゴールではなくて、新しい出発点に立ったというところなのでは?
レフティ:メジャーデビューをゴールだと思ったことは一度もないですからね。夢はいっぱいあるんですけど、ありふれたことで言えば武道館でライブをやったり、紅白歌合戦やミュージックステーションに出たりとか、そういったことがあって。でも全ては通過点だと思っています。振り返って“ここまで来たか”と思うのは、死ぬ瞬間くらいで良いのかなと。そこまではどんどん前に突き進んでいきたいですね。
歌詞太郎:僕もここは素敵な通過点だなと思っていて。メジャーデビューをして、もっともっと厳しくなっていくと思うんですよ。今までよりも求められるだろうし、それに応えるために自分たちをもっと磨いていかないといけない。本当に目の前のことを必死にやって、100%の力で1つ1つ夢を叶えていきたいという気持ちではいますね。
Interview:IMAI
Assistant:森下恭子