cinema staffが、5枚目のフルアルバムとなる『eve』を完成させた。前作の4thアルバム『blueprint』(2015年4月)から約1年。自分の感じたままを言葉や音にしていたという前作までの流れから、今回はストーリーの登場人物の力を借りて自分たちの中にあるメッセージや気持ちを代弁してもらうという表現に変わったという。バンドとしてのキャリアも長くなるにつれて、自然と固まってきた“cinema staff”というイメージ。ブレることのない軸はありつつもそこに縛られることなく、自分たちらしく変わっていくことを4人は選んだ。“(記念日や特別な日の)前日”という意味を持つアルバムタイトルにも込められているように、何かが変わる前の不思議な高揚感に包まれた新たな傑作がここに誕生した。
「今回はメンバーで色々と話し合って、一度“素直に感じるままにやってみようか”という気持ちになってからできた曲が半分以上だと思うから。作っている時も楽しかったし、今はすごく自由にやりたいことをやれています」
●今回の新作『eve』では、物語を描くようなイメージで歌詞を書いたそうですが。
三島:前作の『blueprint』は、今までの中で一番“自分がどうだこうだ”という主張が多かったと思うんですよ。バンドのメッセージとしてもそういう方向に向かってきていたので、一度そこを緩和したい気持ちがあって。単純に楽しい雰囲気にしたかったんです。曲の方向性や雰囲気に関しては、ネガティブにしたくなかったんですよね。
●それは制作前からメンバー間で共有していた?
飯田:制作へ入る前に4人で久々に呑んだりミーティングをした時にも、三島から「今回は悩んだりしているような雰囲気は出したくない。もっと日常の中で聴いて、楽しくなるようなものにしたい」という話があって。ライブの感じもそういう前向きなものにしたいというか、“お客さんと一緒に楽しみたい”という気持ちが最近は特に強く出ていたんです。だから、みんなで最初から共有していたと思いますね。
●制作前にメンバー間で話し合ったんですね。
三島:話し合いましたね。内容についての話し合いを、今までよりも細かくやりました。これまではそういうことをサボっていたところがあったから。
飯田:サボっていたというのもあるし、やっぱり活動が長くなってくると「言わなくても良いか」みたいな感じになってしまって、お互いに言いづらくなっているところもあったと思うんです。でも最近はすごく言いやすい雰囲気になっている気がしているので、良い感じだなと思います。
●バンド内の雰囲気が良くなっている?
飯田:そんな感じが自分はしていますね。
●そうなるキッカケは何かあったんですか?
飯田:自分の中では、M-12「YOUR SONG」から気持ち的にどんどん変わってきていて。曲名通り“聴いてくれる人たちのために”ということを考えていった中で、色々と4人で共有していったほうが良いのかなと思うようになったんです。やっぱり4人で音源を作ったりライブしたりしているので、そこがバラバラになっていると伝わるものも伝わらないなと。そういうことを改めて考えるようになったことが、自分の中では大きかったですね。
久野:ずっとバンドをやっている中で、心境の変化もあるじゃないですか。お互いにズレてくる部分もあると思うので、共有している部分を持たないといけないなという想いがあって。共有しないと進めない感じがあったし、そういう意味で今回は共有できたから作れたアルバムという面はあると思います。
●今作に向けて話し合いをする前は、意見を率直に言い合える環境ではなかった?
飯田:やっぱり三島が曲を作っているし、リーダーでもあるので、僕らからは言いづらい部分もあったと思います。最初は久野がキッカケだったんですけど、「結成から10年が過ぎてcinema staffとして今、何をやったら良いのか?」という話をするようになったんですよね。その流れで“もう言わないとダメだな”と思うこともあって。
久野:何も言葉にしないままで続けていくこともできたんですけど、それをこのまま続けていくと破綻してしまう気がしたから。1回リセットするわけじゃないですけど、“このバンドをやる上で何をやりたいのか? どうなりたいのか?”ということを改めて考える必要があるんじゃないのかなとは思っていました。
●危機感のようなものを抱いていたんでしょうか?
久野:もう30歳も目前ですからね(笑)。共有せずに(バンドが)ダメになっちゃうのはもったいないじゃないですか。やれることはまだたくさんあると思うので、もう1回探すことが必要だなと思っていました。
●辻くんも危機感を感じていたんですか?
辻:そうですね。僕は元々思ったことを言葉にするのが苦手なので、みんなに任せていたところが多かったと思うんです。でも今回はそれをやめて、言いたいことをちゃんと言うようにしました。
●メンバーから率直な意見が出ることに関して、三島くん自身はどう感じたんでしょう?
三島:実は僕が一番、何も考えていないと思うんですよね(笑)。何を言われても「大丈夫です。やります」という感じで、意外とこの4人の中でのリーダーシップを取れていないというか。だから、意見を言ってくれたほうが助かります。自分は面倒くさがり屋なので、困難や面倒くさいことから逃げるところがあって。そこを「いや、ちゃんとしようぜ」と言ってもらえる機会に今回はなったし、色々と考えさせられましたね。
●今まではメンバーからあまり意見を言われることがなかった?
三島:あったんですけど、ちゃんとバンド全体で意見の共有ができていなかったんです。たとえば久野から意見を言われたとしても、飯田と辻が何を考えているのかはわからない瞬間もあったりして。自分自身もあまり(メンバーに)言ってこなかったというのもあると思うんです。そういうところで、色々と本音が言えたというのは大きいですね。
●今作を作る上でも大きかったと。
三島:めちゃくちゃ大きかったと思います。最終的には僕がキッカケで制作が進むんですけど、そういう時にも“久野はこう考えているんだ”とか“辻はこうしたいんだな”といった部分を今はちゃんと汲めているというか。今回は“飯田がどう活きるか?”ということを考えたり、“曲の雰囲気をもう少し明るく広げるには?”という時にアドバイスをメンバーに求めたりもしていて。そういうことに関しても、“バンドだからそういうものだよね”と素直に思えているんです。
●意見を言ってもらえたことで、バンドとして良い方向に行ったわけですね。
三島:もちろん、そうだと思います。みんなもそれによって、ストレスなくできたところはあるんじゃないかな。
辻:わりと楽な気持ちで曲が作れたと思います。
●『blueprint』の時と比べても、気持ちは楽だった?
辻:そうですね。あの時のほうが凝り固まっていたかもしれない。“こうしなきゃいけない”という部分が出ていたというか。でも今回は、もっと自由にやれていると思います。
●これまでは凝り固まっていた部分もあったんですね。
久野:めちゃくちゃありましたね。ちょっと気負っていたというか、“こうするためにはこうしなきゃ”という感じで考え過ぎちゃていたところがあって。でも今回はメンバーで色々と話し合って、一度“素直に感じるままにやってみようか”という気持ちになってからできた曲が半分以上だと思うから。作っている時も楽しかったし、今はすごく自由にやりたいことをやれています。
●今回はやりたいことを素直にやれた。
久野:同じバンドを長く続けていると、“cinema staffはこういうバンドだから、こうしなきゃいけない”といったものがやっぱり出てくるじゃないですか。そういうものを一度取っ払いたかったというか。0(ゼロ)から何をやりたいのかと考えたら、まだいっぱいあるわけで。そういう気持ちで今回はやれたんです。もちろん“cinema staff”というものを全く意識していないわけではないですけど、最近の中では特にまっさらなところからやれたなと感じています。
●飯田くんはどうでしたか?
飯田:今回は色々と事情があって、最初の頃は制作に参加できなかったんです。作曲期間中も僕は制作以外のことも色々と考えなくちゃいけなくて、苦しい部分もあって…。でもM-2「希望の残骸」ができあがったときに、すごく前向きな気持ちにしてくれたというか。曲が先導して、自分を引っ張ってくれている感じがしたんですよ。結果として、全体的にも本当に楽しい雰囲気のものになったなと思います。
●「希望の残骸」は、新しい幕開けを予感させるような曲調にもなっていますよね。歌詞も今までのバンドの歩みと重なるようなものになっているのは、今の心境が出ているのかなと。
三島:自然に出ているところはあるでしょうね。やっぱり思っていないことは書けないですから。でも今回はそれをいかに上手く物語の中で表現するかということをすごく意識していたんです。あまりリアルな感じにはしたくなくて。
●あくまでも物語として描いて、その登場人物が気持ちを代弁するような形になっている。
三島:そういう感じにしました。今回は歌詞をちゃんと“器(うつわ)”にしたかったんですよね。みんなの気持ちを汲めるものにしたかったから。気持ちが入る余白を作るには、物語にしたほうがちょっとイメージがぼやっとするというか。
●自分の目線で言い切ってしまうと、イメージが限定されてしまう。
三島:たとえば“俺はこうだ!”っていう歌詞にしちゃうと、そう思っていない人には響かないと思うんですよ。“こういうことを言いたいんだ”というものはもちろんありますけど、今回は全体的に余白をもう少し広げて“器”にしたかったという気持ちが強かったですね。
●M-13「overground」の歌詞も、今の心境が出ているように感じたんですが。
三島:「overground」は今作の構想よりも前に作った曲というのもあって、モロに出ていますね。この中では一番『blueprint』の流れに近い曲なんですよ。
●だから歌詞もその流れにあると。基本的には『blueprint』以降に作った曲を今回は収録している?
三島:M-9「境界線」は、ちょっと古いですね。でも歌詞は新しく作り直しました。
久野:「境界線」は当初、『進撃の巨人』のエンディングテーマの候補として作っていた曲なんです。カッコ良い曲なんですけど、何となく『blueprint』には合わないということで入らなくて。でも今作には合っていたので、入れることになりました。
●M-11「AIMAI VISION」は初期の曲ですが、これを今作に入れたのは?
久野:これについては二転三転していて。自分たちの中で“次の段階”の曲が出てきている感覚があったから、そこに一番古い曲が入るのはあまり合わない感じがして最初はナシにしようという話だったんです。でも曲順を考えている時に「YOUR SONG」につなげられる曲として、「AIMAI VISION」が欲しくなったんですよね。僕の中ではM-10「deadman」までで(アルバムの流れが)バーンと1回終わって、最後の3曲は“過去・現在・未来”みたいなイメージがあるんですよ。
●最後の3曲は“過去・現在・未来”という流れになっている?
久野:「AIMAI VISION」はステージから見た景色の曲なんですけど、これは昔の僕らの歌になっていて。「YOUR SONG」は現在で、“前を見て歩こう”という歌で。「overground」は未来を歌っている感じがしたので、最後はその3部作という流れにしたら美しいかなっていう。そこで「AIMAI VISION」を入れようという話になって、(全部で)13曲に増えました。
●最終的に復活したと。
久野:曲が全部出揃ったら、必要な感じがして。元々の「AIMAI VISION」ができた頃は、まだ僕は加入していなくて。当時のライブを観たことがあったんですけど、今回はその雰囲気に似ていたというか。僕が最初に感じた“cinema staffの良さ”みたいなものがすごく出ているアルバムだなと思ったんです。全体の流れで聴いてみても違和感が全然なかったので、入れても良いんじゃないかなと。
●「AIMAI VISION」は、バンドを始めた頃のワクワク感を思い出すような曲でもあるのでは?
辻:そうですね。今回の制作中も、バンドをやり始めた頃の気持ちでやれていた気がするので、それが出ていたら良いなと思います。
●ワクワク感もバンド全体で共有できていた?
久野:「希望の残骸」、M-3「エイプリルフール」、M-4「lost/stand/alone」の3曲は、去年の年末に千歳船橋の“EVE Studio”に合宿みたいな感じで入っていた時に作った曲で。飯田は来れなかったんですけど、みんなでセッションしたりしながら朝から晩までスタジオに入っていたんです。酒を呑んだりもしつつ、ああだこうだと言いながら作っていって。その時にできたのがこの3曲だったことで、すごく可能性を感じたんですよね。「このバンド、面白いな」と改めて思えたというか。
●どのあたりに面白さを感じたんですか?
久野:曲のできかたが全然違うんですよ。「希望の残骸」は原形ができた状態で三島が持ってきているし、「エイプリルフール」はみんなでああだこうだ言いながらセッションの中で作っていって、「lost/stand/alone」は辻のリフからできた。そうやってコミュニケーションを取りながらやると、面白い曲が出てくるんだなと。このモードでもっと作りたいなという気持ちになれたし、そういうワクワク感はありましたね。
●EVE Studioでの制作が良かった。
久野:あの時のスタジオはすごく楽しかったですね。曲ができたら、その場ですぐ録音できたりもして。江口(亮※プロデューサー/Stereo Fabrication of Youth)さんもいてくれたので、お酒を呑みながら関係ない話をしたりもして。
辻:お酒を呑んでいたのもあって、楽な気持ちでスタジオに入れていましたね。
三島:M-6「somehow」のストリングスアレンジは最初にイメージを伝えて、「じゃあ、こういうのはどう?」みたいな感じで江口さんにアイデアをもらったりしたんです。他にも「希望の残骸」でのオーバーダブのアレンジは、辻が江口さんと深夜まで話しながら一緒に考えたりして。
●飯田くんはその場にいなかったわけですが。
飯田:でもそこで出来上がったものが送られてきたのを聴いて、どれもすごく新しいなと思ったんです。「エイプリルフール」のサビ部分も今までのcinema staffにはありそうでないものだったので、すごく面白くて。「希望の残骸」は最初に原形を聴いた時点でもうグッと来ていたし、早くやりたいなと思いましたね。「今回はヤバいな!」という感覚が作っている時もずっとありました。
●その時点で良い作品になるという予感があった?
飯田:(先にシングルでリリースした)M-5「切り札」や「deadman」みたいなカッコ良い曲があらかじめあるわけなので、“絶対に良いアルバムになるな”という感覚は最初からありましたね。
●『eve』というタイトルは、アルバムが完成してから決めたんでしょうか?
三島:一番最後に決めましたね。1曲目に「eve」が来るというのは決めていたんですよ。
●1曲目に「eve」を入れた理由とは?
三島:これには“東京で始まる”という意図があって。都会の喧騒の音から始まるということはずっと決めていたんです。それに加えて何かないかと考えていた時に、アコースティックギターのフレーズが浮かんで。序章感を出したかったというのもあって、この曲に「eve」というタイトルを付けている部分もあるんですよ。“プロローグ”ですね。それが全体の感じにも通じるなと思ったので、アルバムタイトルも『eve』にしました。
●作り終えてみて、今はどういう心境でしょうか?
久野:早く次の作品が作りたいですね。僕の中では、ここ数年求めていたものがやっと作れたような感覚があるんです。ここで1回満足したので、次はすごく変なものを作っても良いなと思っていて(笑)。これを作れたことで、“次は好き勝手にやれば良いんだ”という気分になれているというか。いつもはアルバムを1枚作り終えると“しばらく曲作りは嫌だな”と思ったりするんですけど、今は“次を早く作りたいな”っていう気分なんですよ。
飯田:今回は出来上がってからリリースするまでに、ちょっと期間もあって。だからライブでやるのも今回はすごく楽しみだし、早くやりたいですね。
Interview:IMAI