2015年8月31日、ツアー中の事故で帰らぬ人となったSHINJI。彼が残した楽曲と声を“生きた証”として世に出したいというRYOとTAKESHIの想いから、盟友であるGOOD4NOTHING、HOTSQUALL 赤間、LAST ALLIANCE 松村、AIR SWELL hamaken、UZMK JYUらの協力を得て、レコーディング半ばであった楽曲たちが遂に完成した。ベスト盤+新作となるアルバム『THE SOUND OF US』のリリースを記念し、過去のアルバム5枚のすべてのタイミングでインタビューを行ってきたJUNGLE☆LIFEでは、ベスト盤となる『THE SOUND OF US』(DISC 2)に焦点を当て、過去に掲載した彼らのインタビューを読みつつ、SECRET 7 LINEがどのように活動を重ね、どのような成長を遂げてきたのかを振り返ってみた。
2008/10/22 Release
1st Album『How many lines does she hide?』
1998年に大阪で結成したSPICY SOCKSでの活動を経て、RYOとSHINJIが上京して2007年にスタートさせたSECRET 7 LINE。彼らが活動拠点を大阪から東京に移したのは、“(音楽を)やるならとことんやろう”という強い意志の現れだった。
2007年といえば、もともとレーベルメイトでメンバー3人がRYOと同い年のGOOD4NOTHINGがアルバム『Kiss The World』をリリースした年。上京した2人はすぐにGOOD4NOTHINGのレコ発ツアーファイナルの会場となった渋谷O-WESTへ足を運び、数多くの観客や仲間のバンドマンに祝福されるGOOD4NOTHINGのステージを羨望の眼差しで観たという。過去のインタビューにて、RYOは「年齢が一緒なだけで、バンドとしては活動しているラインが全然違う。タメ口を聞くことも僕にはできなかった」と語っていたのだが、その発言からも上京直後の彼らがどのような心境だったかが窺い知れる。
その後、メンバーチェンジを経て2008年5月にTAKESHIが加入し、SECRET 7 LINEは同年10月に1stアルバム『How many lines does she hide?』をリリース。当時のインタビューでRYOは、バンドとして打ち出していきたい点として「ポップでキャッチーなサウンド」を挙げている。SECRET 7 LINEのソングライターはRYOとSHINJIの2人(厳密に言うと、1stアルバムではTAKESHIも1曲作っている)なのだが、2人とも鼻歌からメロディを作っていく作曲方法を取っており、それがキャッチーさに繋がっているのだろう。メロディックバンドは数多くあれど、彼らほどキャッチーで耳に心地よい楽曲を作り出すバンドは稀だと筆者は思っているのだが、1stアルバムから既にそのポテンシャルは存分に発揮されていた。
1stアルバムをリリースし、3ヶ月半かけてまわったレコ発ツアーは、彼らにとって非常に実りが多い経験となった。ツアーファイナルの新宿ACBはチケットがソールドアウトしたのだが、このツアーを経て、彼らのステージはより激しく、より攻撃的になっていった。当時のインタビューを振り返ってみよう。
●メンバーは以前もバンドの経験がありつつも、SECRET 7 LINEは2007年7月結成なのでキャリア的には2年半くらいじゃないですか。その中で、バンドのスタイルとかスタンスが変わってきたという実感はありますか?
SHINJI:変わりましたね。最初と比べたらたぶん全然違うものになってると思います。ライブをやっていく中で変わった部分もあるし、前任のドラムが抜けてTAKESHIが加入したのが2008年5月なんですけど、今のメンバーになって変わった部分も大きい。
●なるほど。
SHINJI:TAKESHIはプレイも見た目もすごく激しいので、その影響でフロント2人も荒々しくなったし、激しくなったような気がします。最初はもうちょっと大人しかったと言うと変ですけど、今から考えるとガーッとやるようなスタンスではなかった。
TAKESHI:前から来てるファンの子とかから「印象変わった」と言われたことあります。前はもうちょっとスマートなメロディックっていう感じだったけど、僕が入って男っぽいというか、イカつい感じが出たのかもしれない。
RYO:うん。TAKESHIの加入によってバンドの印象が変わったのは確実だと思いますね。男汁が出てきたような気がします。
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2010/01/20 Release
2nd Album『SECRET 7 LINE』
自身のツアーや中国でのライブも含むたくさんの現場を経験した2009年を経て、SECRET 7 LINEは2ndアルバム『SECRET 7 LINE』を完成させる。アルバム名をセルフタイトルにしたのは当然のことながら同作に賭ける想いの強さの現れでもあるし、覚悟でもある。バンド自身の変化は作品にも影響し、結成当初から大切にしてきた「ポップでキャッチーなサウンド」はもちろんのことながら、2ndアルバムではそこに“ライブ感”が加わった。
●今回セルフタイトルじゃないですか。2枚目に賭ける想いは強かった?
RYO:そうですね。勝負したいっていう気持ちも強かったし、とにかくいい作品、尚かつライブでお客さんを巻き込んで、みんなと一緒にライブハウスで楽しめる作品を作りたいっていう想いが強かったんです。そうやってアルバムを作り始め、最終的に出来上がったものが自分たちでも満足出来るし自信がある内容になったので、セルフタイトルが適しているんじゃないかなと。
●今作の“聴いた人を巻き込む”ような要素は、曲を作る段階で意識するんですか? それともアレンジの段階なんですか?
SHINJI:曲を作る段階ですね。例えば「ここはシンガロングなパート」とか「ここはかけ声を入れよう」とかっていうイメージがある程度あるんですよ。だからアレンジする段階では曲をこねくり回さないっていうか。僕らの場合、もともと楽曲が持っている魅力をどれだけ引き立たせるかっていうアレンジをしているので。
2ndアルバム『SECRET 7 LINE』には、ライブで定番となっている「1993」が収録されているのだが、当時のインタビューでSHINJIが「1993」について語っていることが興味深いので、併せてここに引用する。
●シングル曲にもなっている「1993」ですが、タイトルも歌詞の内容もちょっと意味深というか。どういうきっかけで生まれた楽曲なんですか?
SHINJI:僕、子供の頃は身体が弱かったんですよ。中学校に入るときって部活というのは大きな事件というか、ひとつのトピックじゃないですか。それで、僕は医者から「スポーツの部活はダメ」って止められたんです。それがもうめちゃくちゃショックで。当時はスポーツが大好きで野球とかサッカーもやってたし。それに当時は『スラムダンク』が流行っていたからバスケもやりたかったし。だから運動部に入ることが出来なくてすごくショックだったんです。でも、僕は昔から親に言われて色々を習い事をしていて。バイオリンを習っていたんですけど、そういう流れもあって中学では吹奏楽部に入ったんです。
●そうだったんですね。
SHINJI:それが1993年のことなんですけど、後から考えたらそこが僕にとって人生の分岐点だったんじゃないかなと思ったんです。音楽の道に進むスタート地点はそこだった。もし運動部に入ってたらギターとかの楽器に触ってないかもしれないし。そういうことを思い出したりしてて、ちょうどそのときに出来た曲なんです。
JUNGLE☆LIFE 146号のインタビュー記事(PDF)を読む
2011/01/12 Release
3rdアルバム『APATHY』
1stアルバムでは歌に対するこだわりと等身大の自分たちを詰め込み、1stアルバムのリリースとツアーを経験して生じた“もっともっとお客さんと一緒に楽しみたい”という想いを2ndアルバムで具現化したSECRET 7 LINE。年間100本近いライブを行っていく中で、3人はよりタフなライブバンドへと成長を遂げていく。中国や韓国ツアーなどの海外も含むライブ活動の中で培ったものは、より直感的かつ感覚的に、彼らの楽曲をライブ仕様へと変化させていった。
3rdアルバム『APATHY』に収録された「DANCE LIKE NO TOMORROW」は、当時のSECRET 7 LINEの成長が顕著に表れている楽曲だ。同曲はアルバムリリース前からライブで披露していたのだが、おそらく初めて聴いたであろう観客の反応は爆発的なものだった。
●つい先日のライブで「DANCE LIKE NO TOMORROW」を演ってたじゃないですか。初めて聴くであろう人ばかりだったけど、めちゃくちゃ盛り上がってて掛け声まで起こって。2010年に色んなところで培ってきたことの解答が、この曲とあの日のお客さんの反応にあったんじゃないかという気がしたんです。ツインヴォーカルの掛け合いも魅力だし、“ライブでお客さんと楽しみたい”という想いが形になっているし、パーツの良さもあるけど何より楽曲としてのインパクトがある。要するにSECRET 7 LINEというバンドの個性が際立っている曲だなと。
RYO:確かにこの曲ができたときは手応えがあったんですけど、初めてライブで演ったときはちょっと自分でもびっくりしましたね。「あれ? お前ら聴いたことないハズやんけ?」みたいな。2番からもうみんな歌ってたから。
●そうですよね。ライブでお客さんが入ってこれる余白…ビートやコーラス、掛け声みたいな…がある曲は今回多いと思うんです。前作からそういう匂いは出て来ていましたけど、今作でよりハッキリ出てますよね。
RYO:別に新しいことをしようというわけではなくて、前作からの流れで曲を作っていったんですけど、“ライブでお客さんと一緒に楽しもう”っていう部分は更に意識しました。自分がお客さんとしてライブを観た場合、一緒に盛り上がることができるポイントがあるとやっぱり自分のテンションも上がるんですよ。そういうポイントを自分でも“作ろう”と思わなければ割とサラッとした曲になってしまうんですよ。部屋の中でひとりでメロディを作るんですけど、“ライブハウスにいる”とか“お客さんとしてライブを観ている”というイメージを想定して作曲するようになったんです。だから“無理矢理みんなをノらせよう”という感じではなくて、“お客さんとして盛り上がりたい”という意識で曲を作っているかも。
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更に3rdアルバム『APATHY』では、それまでと比べてよりメッセージ性が強くなっている。“今まで何度も挫折を経験したけど諦めずにもう1回チャンスを拾いに行こう”という想いで作った「ONE MORE CHANCE」や、韓国のTHE STRIKERSとの出会いから生まれた「UNITE」、バンド仲間やお客さんへの想いを綴った「SEE YOU AGAIN」、憧れのGREEN DAYへのオマージュが込められた「GRATITUDE」など、彼らは今まで以上にリアルな想いを音楽で表現するようになった。更に“APATHY”というアルバムタイトルやCDジャケットの絵に込められたのは、世の中に対する痛烈なメッセージ。バンドとして経験を積んでいく中で、かけがえのないたくさんの仲間と出会い、多くの観客とその日その場でしかできないコミュニケーションを交わし続けたからこそ、出会ったすべての大切な人たちに対して真摯に接していこうという彼らの姿勢が表れている。
2012/06/06 Release
4th Album『NOW HERE TO NOWHERE』
3rdアルバム『APATHY』は、SECRET 7 LINEのひとつの到達点だと筆者は考えている。1stアルバムでは類まれなメロディセンスを発揮し、経験を積んだ末に2ndアルバムではそこにライブ感をプラス、そして3rdアルバムでは音楽を次の次元へと昇華させ、等身大のメッセージを詰め込んだ。まさにSECRET 7 LINEというバンドの個性がギュッと凝縮された作品だった。そんなアルバムを経てリリースされた4thアルバム『NOW HERE TO NOWHERE』は、彼らの持っている武器(個性)を更に磨き抜いた作品だ。アルバムタイトルについて語った当時のインタビューの発言が興味深いのでここに抜粋する。
●ところでアルバムタイトルを『NOW HERE TO NOWHERE』にした理由は?
TAKESHI:今までにない作品ができたと思ったんですよ。いろんな要素が入ったし、メロディも先に進めた。ということで、“今ここからどこでもない所へ”という意味のタイトルにしたんです。僕らしか行けない場所というか、今誰も居ないような場所に行けるんじゃないかという感覚があったんですよね。
●それはきっと今までの作品の中で築いてきた3人のオリジナリティなんでしょうね。メロディックパンクがどうとかではなくて、“SECRET 7 LINEはこうなんだ”というものが表面に出てきたというか、形作られてきた。
SHINJI:そうですね。
RYO:あと、このタイトルをTAKESHIが持ってきたときに、字の並びがイケていると思ったんです。“NOW HERE”と“NOWHERE”って、文字は一緒じゃないですか。これはすごくお気に入りですね。
TAKESHI:そこは狙いました。
●ちょっと上手いこと言っている感じというか。
TAKESHI:そうっす! 俺はこういうのを考えるのがすごく好きなんですよ。パッと“NOW HERE”と“NOWHERE”って同じだなと思い付いて。これなら“新しい場所”という意味も含まれるし、いいんじゃないかなと。
SHINJI:今初めて知った。
一同:えーーー!!
JUNGLE☆LIFE 175号のインタビュー記事(PDF)を読む
JUNGLE☆LIFE 175号のインタビュー記事(web)を読む
2014/03/12 Release
5th Album『LIVE HARDER』
2012年から自主企画フェス“THICK FESTIVAL”をスタートさせ、より自覚的に積極的に、音楽の道を突き進んできたSECRET 7 LINE。そんな彼らが結成7周年となる2014年3月に完成させた5th アルバム『LIVE HARDER』は、“これからも自分たちの好きなことをやっていくにはもっと強くならなければいけない”という強い意志を感じさせる作品だ。音楽的にはポップでキャッチーな要素も多いが、サウンドの1つ1つから熱い想いがビシビシと伝わってきて、ずっと必死に走ってきた背景と歴史の重みを感じさせる。まさにSECRET 7 LINEそのものから受ける印象に近い。
●吹っ切れたような強さを感じたんです。悩みとか葛藤があるかもしれないけど、その一歩先の視点や気持ちが歌詞になっているというか。
SHINJI:確かに、気持ち的には吹っ切れた感じはありますね。いつからかな〜? 自分ではよくわからないですけど…。俺は諦めるのをやめたんです。
●わっ! 名言出た!
TAKESHI:いつか言ってたよね。「できないって言いたくない」って。
SHINJI:諦めの方向っていろいろあると思うんですよ。例えば「なにかをやりたいけどやらない」というのも1つの諦めだし、人に対しても自分に対しても「所詮こういうもんでしょ」っていう諦めだったり。そういう気持ちは今作のいろんな曲の歌詞に入れているんです。例えば「所詮人は1人だ」と言う人ってすごく多いと思うんですよ。俺もそう思うんですけど、その諦めを俺はしたくなくて。“夢を叶えるのは無理だ”と思った時点で終わりだと思うし。年を取ったからこそそう思うようになったのかもしれないけど、いろんな人にも諦めることをやめてもらいたいなって。いろいろなことを踏まえた上で、諦めることをやめたくないなって。
●確かにそういう視点はいろんな曲に現れてますね。アルバムタイトルにも。
TAKESHI:そうですね。“◯◯HARDER”というタイトルにしたいなっていうのが昔からあって。HIP HOPの人の「SLAM HARDER」とか「PARTY HARDER」という曲があったりして、かっこいいなと思っていて、それで“LIVE HARDER”というタイトルを思いついたんです。“LIVE HARDER”って、字面からしたら“強く生きろ”みたいな意味かと思いきや、“放埒に生きる”という意味らしんですよ。自由に近いというか。これはおもしろいなと。
●へぇ〜。
TAKESHI:その時点でこのタイトルにしたんですけど、俺らもともとライブバンドだし、キッズにも「お互い強くなろう」って言いたいし、「もっと自由になろうぜ」って言いたい。そういういろんな意味でこのタイトルにしたんです。
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2016/03/09 Release
6th Album『THE SOUND OF US』
ライブバンドであれば誰でも経験していることだとは思うが、こうやって今までの活動を振り返ってみると、SECRET 7 LINEというバンドはそのときに目の前にあることに対して必死に取り組み、1つ1つ経験を重ね、その過程で学んだことや感じたことを音楽に変換し、気持ちや想いをステージで表現してきたバンドである。アルバム1枚にはそれまでの経験と成長をしっかりと詰め込み、そのアルバムを携えてツアーやライブを行い、また次の作品へと昇華させていく。バンドとして非常に健康的なサイクルを繰り返しているのだ。
2016/3/9にリリースされる6thアルバム『THE SOUND OF US』(DISC 1)は、過去にリリースしてきた作品の延長線上の作品であり、そして更に成長した3人が生み出した音楽と想いを存分に感じることが出来る作品だ。アルバム毎にバンドとしても人間としても成長し、その成長と変化をライブでまざまざと見せつけ、たくさんのオーディエンスを歓喜させてきた彼らが、どのような想いで音楽活動をしているのか、バンドに打ち込んでいるのかが、音の1つ1つからリアルに伝わってくる作品だ。“もっと高みへ”という想いは楽曲の幅を拡げてポップ性を高め、“もっと楽しく”という想いは楽曲をよりキャッチーかつライブ仕様へと磨き、誰にも真似のできない世界を作り出した。
今回は今までのSECRET 7 LINEを振り返ってみたわけだが、最後に1つだけ言いたいのは、SECRET 7 LINEの3人が駆け抜けてきた居今までの経緯を踏まえた上で『THE SOUND OF US』(DISC 1)で更に進化したSECRET 7 LINEを存分に味わってほしいということ。2015年8月31日に他界したSHINJIが遺した想いは、これからもずっと鳴り続けていくに違いない。
TEXT:Takeshi.Yamanaka