2008年にTHE TON-UP MOTORSに加入。ギタリストとしても活躍する井上仁志が6/17に初のソロアルバム 『井上の叫び』をリリースする。若い頃から札幌の歓楽街・ススキノの路上で歌っていたという彼の作品には、日々暮らす中で感じた様々な想いが詰め込まれている。若者を叱咤激励するメッセージソング、温かい愛に溢れたラブソングなど、バラエティ豊かな6曲が織りなす井上の世界。それは時に熱く、時に温かく聴く者の心を揺さぶる。今年、故郷である北海道幌延町の観光大使に就任。地元幌延を盛り上げるべく立ち上がり、ミュージシャンの枠を越えた活動へと活躍の場を広げている。そんな彼が放つ、初のソロアルバムに込めたメッセージとは何か? JUNGLE☆LIFEがインタビューで迫った。
●井上さんは2008年にTHE TON-UP MOTORSに加入。ギタリストとしても活躍されていますが、その傍らソロでも歌を歌っていらっしゃったんですよね。きっかけは何だったんですか?
井上:14歳でギターを始めたんですけど、その頃に友達と「俺たち音楽で武道館に行こうな!」なんて夢を語っていたんです。最初は半分冗談みたいなところがあったんですけど、その夢がどんどん膨らんでいって。それから地元の幌延町を出て札幌へ行って、あれをやろう、これをやろうっていう好奇心がすごく出てきたんですよ。そこで「ススキノに行ってギター持って歌おう!」って。
●そこからススキノで歌うようになったと。
井上:駅前の通りで、人がたくさんいる中にダンボールを1枚持って行って、それを敷物にして歌っていました。夏以外は夜になると寒いんですよね。だからウイスキーを片手に歌っていました(笑)。
●ほお、渋い!
井上:あとは「投げ銭で、いくら稼げるまでは帰らない」みたいな課題を作ってやっていました。帰りの電車賃も持たずに、真冬の吹雪の中で「ここで演奏して電車賃を稼げたら一歩進んだ気がする」とか言って弾き語りをしたりとか…。それが20代前半の頃でしたね。
●Twitterでも告知していましたが、この間久しぶりにススキノの路上で演奏をしたんですよね。
井上:今の自分は「ギターを持った当時の初期衝動のまま活動している」っていうところが大きいんです。だから、「一度原点に帰ってから (『井上の叫び』を)リリースしないとちょっとイカンな」っていうことでススキノに行ったんですよ。
●実際に路上ライブをやってみて、心境の変化はありましたか?
井上:昔持っていたストイックさを思い出しました。それこそ、さっき言っていたお金を一切持たずにススキノに行って「ぜったいに稼いで帰ってやる!」みたいな勢いというか。あの頃の感覚って、大人になるにつれてどんどん薄れていくんですよね。それを振り返ることができたと思います。
●当時のギラギラしていた頃と比べて、今の制作のスタンスに変化はありますか?
井上:そこは変わっていないですね。勢いのまま「ウォォ!」って歌って、メロディに詞を乗せるっていう作り方はずっと一緒なんです。
●歌詞のテイストも変わらない?
井上:歌詞に関しては相当変わりました。昔はアーティスティックな歌詞というか、読み返すと「恥ずかしい!」って思うような歌詞でしたね(笑)。今はストレートな歌詞を書くように心がけています。初めてギターを持った気持ちのまま、「何が言いたいか?」っていう部分を軸にして作った曲がほとんどです。
●「何が言いたいか?」ですか。
井上:最近は若い人たちが「ゆとりだ」とか「甘えだ」とか言われているんですけど、その人達はただ表現が縛られてきただけで、解き放てないだけというか。だから、「君たち、まだまだそんなものじゃないでしょ!」っていうことを歌いたかったんですよね。
●そんな今作『井上の叫び』ですが、タイトルがまた直球ですよね。
井上:「俺の想いよ、届け!」っていう感覚で書いたので。もう、迷わずこのタイトルにしましたね。これ以外なかったです。でも、若い人たちにぶつけた曲だけじゃなく、日常的なことも歌っています。南壽(あさ子)さんの曲も入っていれば、昔からの友達の歌も入っているんですよ。
●いろんな要素を詰め込むことができたと。その中のひとつに、若い人たちに伝えたいことがあるんですね。
井上:「そこでバーンと行かないでいつ行くんだよ!」みたいな、最初の一歩を踏み出せない若い人がすごく増えていると思うので。そういった人に刺さってくれたらと思っています。石橋を叩いて渡るんじゃなくて、「もう、石橋を壊して走っていけ!」くらいの気持ちですね。
●「考えずに走れ!」と。
井上:それが伝われば良いなと思って作ったのがM-1「人間の心」です。自分も若いころ、就職して仕事に就いていた時期があったんですよ。その仕事は結構長い間務めていたんです。でも、全てを捨てて自分を信じて一歩前に出るっていう。そういった思い切りを込めました。
●次のM-2「ストロベリーフィールド」は、南壽あさ子さんが楽曲提供した曲ですよね。
井上:人の作ったメロディって、歌うのが難しかったりもするんですけど、この曲は案外スムーズに入ってきたので馴染むのに時間はかかりませんでした。。正直初めて歌った時は照れくさいところもあったんです。
●ストレートなラブソングだから。
井上:そうそう。だから、この曲を歌っていてボヤかしたくなるポイントがあったんですけど。これが案外、歌っていて気持ち良いポイントだったんですよね。3月にステージで初めてこの曲を歌った時に、お客さんのことを真っ直ぐ見れたんですよ。歌詞に“俺についてきてくれるか”っていう言葉があるんですけど、そういう言葉も真っ直ぐ投げることができたんです。今まではストレートな言葉をあえて濁して伝えたりしていたので、そういう歌詞の書き方をしてきたんですけど。新しい発見があったし、勉強にもなりました。
●M-3「自転車」はYouTubeでレコーディング風景の動画を上げていらっしゃいますよね。ひたすら自転車を漕ぐっていう(笑)。あれは斬新でしたねえ。
井上:ははは(笑)。レコーディング中に、その場の流れで「自転車の音をいれたら良いんじゃない?」っていう話になって録ったっていう。2テイクくらい録りましたね(笑)。
●結局どっちが選ばれたんですか?
井上:結局1テイク目が入っていますね。
●なるほど。やっぱり初期衝動が大事と(笑)。
井上:2回目以降はどうしても考えちゃうんですよね。考えて演奏するよりは、そのままの気持ちを詰め込んだ方が良いから。だから自転車に限らず、今回のレコーディングは1テイク目を選んだものがほとんどでした。
●この歌詞ですけど、自転車は何かの隠喩ですか?
井上:女性ですね。
●そういう目線で見ると、かなりストレートな歌詞ですよね。忌野清志郎さん的というか。
井上:正に! 僕は路上ライブをやっている頃から清志郎さんの曲を歌っていて、永遠の憧れなんですよね。その頃の自分が東京に飛び出して歌っていく中で、こういうところに表れたんだと思います。
●そして4曲目は「ある日」ですが、この曲はすごく生活感を感じます。
井上:この曲は早朝に書いたんですよ。
●その時起こったことを書いたと。こういう歌詞を想像で作って書くと、どうしても綺麗な内容になりがちだと思うんです。でも、例えば“お前の髪は変な匂い”とか、想像では書ききれないですよね。こういう表現にリアリティを感じるというか。
井上:あ、それは実家の猫のことなんです(笑)。リアルな部分と、抽象的に濁した部分が混ざったというか…。基本的にリアルな生活を歌ったんですけど、“変な匂い”のところだけ猫のことっていう(笑)。
●そうなんだ(笑)。猫のことが混じりつつも、基本的にはリアルを歌うと。
井上:「こういう生活をしているよな、自分」みたいな。ザ・リアルという感じですね。
●次のM-5「お前らしく」は、歌詞が「人間の心」とリンクしている部分があるような気がしますね。
井上:「お前何やってんだよ〜。ふざけんなよ、もっとがんばれよ!」っていうのが「人間の心」だとしたら、「お前らしく」はまた違う目線の応援ソングなんです。人から心配されると言われた側は焦るじゃないですか。そうじゃなくて歌詞にあるような“大丈夫? って聞かないから”のように、寄り添って「一緒に頑張っていこうぜ!」っていう曲ですね。
●なるほど。
井上:この曲はストレートですけど、これを絞り出すのにすごい時間がかかりました。この曲が一番最後にできた曲で、「何とかしてもう一曲、仲間のケツを叩くような曲が作れたら」っていうことで作ったんですよ。でも、ストレートに行こうと思えば思うほど、メッセージがペラペラになる感じがして…。歌詞に悩みましたね。作られた感じがしたりとか、「何かの像を思い浮かべながら作ったんだろうな」みたいな。それよりは、自分の気持ちを素直に乗せる方が近道だと最終的に思いました。
●気持ちを素直に乗せたと。そして最後の曲、M-6「青春一番星」ですが。これは辻村邦久さんが作詞/作曲した曲ですよね。どういった経緯で今作に入れることになったんですか?
井上:THE NO-TALIN’Sっていう札幌の友達のバンドの曲なんですけど、自分が路上でやっていた頃から歌っていた曲なんです。そのバンドが解散してしまって、それからはもちろん歌ってくれなかったので「それじゃあ自分が歌う」っていう感覚で今も歌い続けています。日が経つと色褪せる曲ってあるじゃないですか。でもこの曲に関しては昔からずっと好きな曲ですね。
●この曲のどこに惹かれたんですか?
井上:「青春一番星」のサビで心の奥底の叫びを歌っているようなコーラスがあるんですけど、そこが一番好きです。そのコーラスに綺麗なコード進行を全部破壊するほどのパワーを感じたんですよね。詞じゃなく、パフォーマンスでもなく、“心の叫び”というか。それを感じてからは、この曲をずっと歌っています。
●“叫び”の原点とも言える楽曲なんですね。そんな作品が詰め込まれた『井上の叫び』をリリースしますが、今後の展望はありますか?
井上:THE TON-UP MOTORSと並行して活動していって、変わらず路上ライブで歌い続けて、曲が溜まったらまたリリースしてっていう感じで。全国をまわりながら活動していきたいです。
●今年から故郷の北海道幌延町の観光大使に就任されたそうですね。その辺りのお話も聞かせていただければと思うんですが。
井上:幌延町はちょうど北緯45°にある小さい町なんですけど、今自分が東京でギターが弾けているのは幌延町が育ててくれたおかげなんです。でも、それに対する恩返しがまだ何もできていない。そこがずっと心に引っかかっていたんですよ。
●いつか恩返しがしたかったと。
井上:この間、自分の母校の幌延中学校に行ってきたんですよね。今は全校生徒が40人くらいで、1つの教室に収まりきっちゃうんですよ。生徒全員を1つのクラスに集めて「君たちはこんなに良いところに住んでいるんだよ」っていう話をして、中学生の持つパワーを感じて、全てを受け止めて1曲歌ってきたんです。「信じていれば絶対願いは叶うから、諦めないで頑張ってくれ!」っていう気持ちと共に歌いました。
●そういう活動は、去年まわったTHE TON-UP MOTORSの“北海道179市町村ツアー”の影響があったりするんですか?
井上:そうですね。ツアーをまわった時に感じた想いは、『井上の叫び』にも込められています。北海道の全市町村を見て、「また必ず帰ってくるから、みんなの笑顔をまた見せてくれ!」っていう想いもあって。「町単位で楽しいことをやって、(地元を)応援したい!」っていう気持ちもあります。観光大使になってから、どこに行っても幌延町のことを聞かれるんですよ。それに対して「幌延町って、こんなに良いところなんだよ!」っていうことを、これからもしっかり伝えていきたいです。
Interview:馬渡司