独自の世界観と変幻自在の歌声を持つVo.藤原 岬を中心に、圧倒的な演奏力を持つ3人の楽器隊が強烈な個性をぶつけ合うバンド、アカシアオルケスタ。2007年に大阪で結成以来、ロックやポップスからジャズやラテンまで多様なジャンルを消化吸収しながら進化してきた彼らが、原点回帰を志向して制作したのが今回のニューアルバム『ヒョウリイッタイ』だ。ベースとなるピアノロックサウンドはダイナミズムを増し、曲ごとに全く違う表情を見せる楽曲は“光と影”というテーマを見事に体現している。この4人にしか出せない中毒的グルーヴに触れてほしい。
●今回のニューアルバム『ヒョウリイッタイ』は前作『メカシドキ』から約1年4ヶ月ぶりの新作となりますが。
藤原:今までは1年に1枚のペースだったので、今回はいつもより少し期間が空きましたね。
北川:前作を作り終えた後で、バンドのサウンド作りや演奏の内容について一度見直した時期があって。そういう部分をじっくり煮詰めたいということを藤原が言ったので、制作を開始するまでに時間がかかったというのはありますね。今回は原点回帰というか、“ピアノロック”というものにもう一度真正面から向き合おうというところから始まったんです。
●そうしようと思ったキッカケとは?
藤原:前作がわりとデジタルに寄ったというか、振り幅がものすごく広い作品だったんです。初期のアカシアオルケスタはもっとピアノが前面に出ていてゴシックな感じもあったんですけど、そこから次第に幅が広がっていって。前作でそこまでやれたからこそ、初期のようなことを今の4人がもう一度やればもっと広く深くできるんじゃないかと思ったんですよ。あとは、メンバー個々のレベルアップを図りたかったというのもありますね。
●個々のレベルを高めた上で、改めて原点のピアノロックサウンドに回帰しようとした。
北川:今作を制作するまでの間に、過去の曲をロック調からジャズ調にアレンジし直してライブをしたりもして。そういう今までやりたかったけど、できていなかったこともやりましたね。
藤原:今までの曲を思いっきりリアレンジして、全然別の曲みたいな感じにしたんです。それがスキルアップという面でも、アレンジをピアノ主体に戻すという面でも全てにプラスになったと思います。
佐野:あと、その間にライブを数多くこなしていたというのもあるんですよね。ライブをしながら何となく次の作品で向かうべき方向というものが、みんなの中で定まってきて。いざ制作をスタートしてみたらすごく速かったのは、そういう期間に充電をしっかりできたからじゃないかな。
●制作期間自体は短かったんですね。
西村:充電しすぎたぶん、〆切までの時間がどんどんなくなっていって…。「もう作らないとヤバい!」っていう勢いが、今作にはそのまま詰まっていると思います。
藤原:曲の制作からアレンジ、レコーディング、ミックス、マスタリングまで全てで2ヶ月弱くらいでしたね。
北川:作っている当時はみんなで「ヤバいヤバい!」と言いながらでしたけど、ある種のクラブ活動的な感じもあって。みんなで1つの目的に向かって、ギュッと団結している感じがすごく楽しかったんです。その一体となっている感じがサウンドに濃縮されているのは、聴いてもらえばわかると思います。
●バンドを始めた頃のような気持ちというか。
西村:そういう意味でも、原点回帰でしたね。一番最初に自主で作ったアルバムなんて、僕が加入してから制作まで1週間しかなかったんですよ。それもあったので、以降の作品はスケジュール的な余裕を持って作るようにしていたんです。でも今回は久々に短期間で一気にやったから、本当に出会った頃の感じを思い出して…。そういう楽しさは、当時の感覚に似ていると思いますね。
佐野:思い返せば今回の制作時間を短くできたというのは、結成してもう5年を超えたことも関係あるのかなって。パッと音を出した瞬間に何となくサウンドが固まっていったりとか、一から話をしなくても良くなったというのも制作のスピードに影響している気がします。それだけの期間でできたのは、今までの経験値があったからこそなのかなと。
藤原:とはいえ、無茶でしたけどね…もう絶対にイヤです(笑)。
●(笑)。曲のストックはなかったんですか?
北川:ストックはあるんですけど、そこに頼らないというか。このアルバムのために新しい曲を書くんだという気持ちが、みんなにあって。4人とも曲を書けるというのも大きいのかな。
藤原:別に昔の曲がダメということではなく、4人ともが1日1日更新していっていると思うから。今の状況で今の私たちが書くと、また違った曲が生まれるという確信があるんです。だから今の自分たちを全て出し切った後で、足りない部分を補うためにストックを使うというくらいのほうが良い作品を作れるのかなと思っています。
●限られた時間の中でも、最新のものを出そうとした。
北川:時間がないというわりには、メンバー個々に「こんなことがやりたい」というものはたくさんあって。だから曲作りの段階でも、曲はたくさん出てきましたね。
●個々のやりたいことを表現した曲を、1枚の作品にまとめるのは大変じゃないですか?
藤原:私たちのアルバムはどれも曲ごとの統一感はないと思うんですよ。初期は悩みの種でもあったんですけど、今となってみればそれが武器になっているのかなと。たとえばクラブっぽい曲やジャズっぽい曲からロックっぽい曲まであったとしても、この4人で音を出して私が歌詞を書いて歌えば“アカシアオルケスタ”になるんです。そういう自信が芽生えているので、何も心配はしていないですね。
●あえて曲調を揃える必要はないと。
北川:ただ、今回のサウンドの方向性については原点回帰ということで、ピアノのサウンドを活かしてロックに挑戦状を叩きつけるようなものにしたいということだけはあって。
西村:今までも自分たちで「こんなピアノロック、聴いたことありますか?」と言ってみたり、「孤高のバンド」だと紹介されたりしてきたりしていて。今回のアルバムはお客さんだけじゃなく、他の音楽家に対してもぶつけたい気持ちが僕の中にはありましたね。バンドとして「俺らはこういうことをやってるぞ」と見せつけられる武器が、今回はできたと思います。
●自分たちにしかできない曲が作れている。
西村:たとえばM-4「シャボン玉」に関しては今回のテーマの“原点回帰”というところに沿って作ったんですが、「ギターでこんな曲ができますか?」っていう曲ですね。ここにギターは絶対に入れないと思うんですよ。ギターが入ると、世界観が変わってしまうから。
北川:これはピアノバンドだからこそできる作りになっていますね。このスタイルでやっているバンドの中でも、僕らにしかできないものになっていると思います。
●M-3「花魁道中」から「シャボン玉」でガラッと曲調が変わるところが、聴いていてハッとします。
佐野:M-2「スーパースター」とM-5「絶ッテ」なんて、一緒に聴いてみたら…。
北川:「こいつ、どうしたんや!?」って思うよね(笑)。
西村:シャッフルで聴くんじゃなくて、ぜひCDで曲順通りに聴いてほしいですね。今回はCDで最後まで聴かないとわからない仕掛けも入っていたりするので…。
●曲調だけではなく、藤原さんの歌声も曲ごとに全く違う表情を見せることに驚かされました。
藤原:今回が今までで一番、色んな声を使ったと思います。でも別にあえて「この曲はかわいく歌おう」とか思ってやっているわけではなくて、勝手にそうなるんですよね。最初はそれがコンプレックスだったんですよ。逆に「この声しか出ません」というアーティストにすごく憧れがあったりもしたんですけど、そういう部分もこのバンドを始めてからは取っ払ってみようと思って。そもそも自分の中での矛盾やコンプレックスがなければ、私は歌詞も曲も書けないと思うんです。使えるものは全部使ってみようと思ったら、こうなりましたね。
●自分の中にある影のような部分も、歌詞や曲にしているというか。
北川:これまで藤原の歌詞には、「キラキラしている私たちについて来い」という強い女性のイメージが前面に出ていたと思うんです。でも後ろを振り向いてみたら、光が当たっている部分もあれば影もあることに気付いたと。「影が伸びているということは、前から光が当たっているということなんだ」ということを今回は表現したいと最初のミーティングで藤原から聞いていたので、みんなもそれをイメージしながら曲を作っていきましたね。
●今作のテーマとして、“光と影”があった。
藤原:元々のコンセプトとして、“光と影”を頭に描いていて。たとえば笑顔の素敵な女性がいたとしたら、それだけ彼女は泣いてきたと思うんです。何かが積み重なってきた上にこそ、キラキラした部分があると思うから。人には見せない背景というものが1人1人にあるんだということが、今作で一番書きたいテーマでしたね。
北川:でも、この人(藤原)は歌詞のことをあんまり話したがらないんですよ。
●そうなんですか?
藤原:私のポリシーとして歌詞の内容を語るのはあまり好きではないんですが、10年後も20年後も自分で納得できる歌詞が書けたらということはいつも思っていて。大げさな言い方ですけど、1つ1つの作品が遺書というか。今の私はこの作品に全て託したので、たとえば私が死んでしまったとしてもここに書いてある以外で余分に語ることは何もないんです。
●自分の全てを歌詞に出し切っている。
西村:前作を作り終えた後で車に乗っている時に、藤原が「空っぽや。私はまた次のアルバムを作るまでに色んな経験をせんとアカンのか…」とボソッと言って。「次のアルバムのためにこの人は幸せになってみたり、不幸になってみたりするんだな」と考えると、すごいことやなと思ったんですよ。
藤原:歌詞に嘘はないですから。全て本当のことを歌っています。だからいつも私は作品を作り終えたら「もうイヤや!」と思うんですよ。もう空っぽで何も書くことがないと思うんですけど、また次を作りたくなるという…。
●今回で原点回帰したことで、見えたものもあったのでは?
西村:6年もやってきたら、もう原点回帰と言ってもいいと思うんですよね。特にM-12「オモチャ箱」には各々が積み重ねてきたスキルとか原点に戻った感じが、すごく肩の力が抜けた形の演奏として100%詰まっている感じがあって。
●今の自分たちらしさが見えたというか。
藤原:アカシア独特のバカっぽいアレンジとか逆にすごく緻密に計算したアレンジとか今までに色んなことをやってきたけど、「オモチャ箱」は一番ふざけて遊んでいる感じがあって(笑)。このテイクの3人の演奏のバランスが、私は一番好きですね。
北川:他のプレイヤーと一緒に演奏しても、こうはいかんもんな?
佐野:自分が他でプレイしている時の演奏を見た人がアカシアでの演奏を見た時に、別人だと思われたりもするんです。
西村:それはよくあるし、良いことやと思っています。“アカシアとその他”で括られるのが良いと思うんです。
●メンバーにとって、ここが一番振りきれる場所なんでしょうね。
藤原:逆にこのバンドでは振り切らないと、埋もれますからね。女性ボーカルのバンドって、フロントのボーカルとそのバックバンドみたいなイメージになりがちだと思うんです。でもこのバンドはバックの3人とも主張がものすごく強いので、そこに私がどう立ち向かっていくかが大事というか。3人に我を抑えてもらうんじゃなくて、「私が先頭を行くからついて来い!」っていうくらいのバランス関係が私はすごく楽しいんですよ。
Interview:IMAI