別世界的な進化を遂げた前作のミニアルバム『Bad Cat』のリリースから8ヶ月にして、矢沢洋子が早くもニューミニアルバムを完成させた。サウンドプロデュースは前作に引き続き、L.A.在住の日本人ギタリスト・Toshi Yanagiが担当した今作『Lady No.5』。前回は驚きを持って迎えられた大胆なデジタル音の導入は、より全体の音像の中へと溶けこみ見事な融合を果たしている。そんなサウンドの上で様々に表情を変えながら、躍動しているのが矢沢洋子のボーカルだ。前作でボーカリストとしての幅を広げることに成功した彼女はその経験を完全に血肉と変え、一次元上の表現力を手に入れた。まるで1曲ごとに別々の女性であるかのように多彩な顔を見せるが、それらは全て“矢沢洋子”というアーティスト以外の何者でもないのだ。楽曲制作にレコーディング、ライブと数々の経験を重ねる中で、常にスケール感を増していっている彼女。もしかしたら前作で遂げた飛躍的進化ですら、まだその序章にすぎなかったのかもしれない。悠然にして優雅な佇まいを見せる本作は、そう思えるほどの底知れぬ可能性を漂わせている。
●前作のミニアルバム『Bad Cat』から約8ヶ月ぶりの新作リリースということで、これまでよりもペースが早い気がします。
洋子:今までは1年おきくらいだったので、今回はスパンが短いですよね。元々、コンスタントに作品をリリースしていきたいという気持ちは持っていて。実は前作の制作時から、既に今回の『Lady No.5』用の楽曲も集めていたんですよ。そこで今作の収録曲もほぼ決まっていたというのもあり、作業が早く進んだので今までよりも短い期間でリリースができました。
●前作の時点で、既に今作を作ることも決まっていたんですね。
洋子:最初は二部作にするという話もあったくらいなんです。だから曲の感じも、前作と共通しているところがあるのかな。やっぱりアルバムは色んな曲が入って1枚になるものなので、前作の収録曲と世界観が近すぎるようなものは今回にまわしたりしましたね。
●前作との兼ね合いでバランスも取ったと。今回も前作から引き続き、Toshi Yanagiさんのサウンドプロデュースなわけですが。
洋子:前回よりもToshiさんと直接やりとりすることが増えましたね。海外にいらっしゃるので基本はLINEを使って、ギリギリまでやりとりをしていました。
●LINEでやりとりをしているんですね。
洋子:時差が17時間くらいあるので大変で…。眠すぎて、何回も既読無視とかしちゃいました(笑)。
●ハハハ(笑)。その中で方向性を話し合ったりもしたんでしょうか?
洋子:Toshiさんにまず最初に伝えたのは「私は打ち込みが苦手です!」ということで(笑)。特にM-1「NAKED LOVE」の原曲は、もっとダンサブルでシンセや打ち込みの音が全開だったんですよ。「このままだと私にはちょっと無理です…」という話をして、一部を削ってもらったりもしました。
●元々のトラックには、もっと打ち込み系の音が多く入っていたと。
洋子:そうなんです。「ちょっと、これではライブでやれないので…」という話をしました。
●ライブでやれる曲というのが前提にある。
洋子:ちょうど去年の年末に大阪でライブをやった時、Toshiさんが観に来てくれたんですよ。その時に私のライブの雰囲気をわかってもらってから、今回の作品を作れたのは良かったんじゃないかな。ライブの中に入れてもおかしくないような曲ということは、前作よりも意識してもらえたと思います。
●とはいえ、前半の3曲は今作中でも打ち込みの要素が強いですよね。
洋子:そうですね。前作の『Bad Cat』の時から打ち込みが多いのが苦手だと言っていたんですけど、リリースしてみたら今までで一番好評だったんですよ。たとえば有線で偶然聴いた10代の女の子だったり、今まで聴いてくれていた層とは違う人たちが食いついてくれているのを感じていて。そういうのもあって前作ではもっと抵抗感があったところから、今回は精神的にちょっと大人になれたというか(笑)。
●前作によってリスナー層が広がったことで、そういう方法論も受け入れられた。
洋子:前回もそうやって上手く転がったし、今回もアリかなって思えたので迷いなく歌えたというのはありますね。最初はもっと打ち込みが多くてビックリしたんですけど、試しにスタジオでトラックを流しながら軽く歌ってみたものを自分で聴いた時に「良いかもしれない」と思えたんです。ゴリゴリのロックを求めている人からしたら違うかもしれないけど、この5作目にして初めて私の作品を手に取ってくれる人もいるわけだから。
●案外、ライブハウスにまで行くようなロック好きって、全人口から見ると少数派なわけですからね。
洋子:本当に少数派ですよね。私の学生時代からの友だちも、ライブハウスには全く興味がないですもん(笑)。ライブハウスに行かないような人たちからすると、どちらかと言えばM-5「Lady No.5」なんかは入りにくい曲だと思うんですよ。まずは「NAKED LOVE」やM-3「東京騒音 スクランブル」を聴いて「面白いかも」と思ってくれた人がいれば、「Lady No.5」やM-6「ガラクタ」だったり過去の作品までさかのぼって聴いてもらえたらなと思います。
●前半が入り口的な役割を果たしている。中盤のM-4「Walk Like An Egyptian」(バングルスのカバー)以降で、バンド色が強くなっていく気がします。
洋子:これは『Bad Cat』に入れるカバー曲を考えていた時も候補に挙がっていたんですよ。すごくかわいい曲ですよね。アメリカに住んでいた頃も、ラジオでよく流れていたので聴いていました。ただ、英詞な上にかなり早口なので、「ちゃんとライブで歌えるかな…?」っていう不安はありますけど(笑)。
●誰でも聴いたことのある曲だと思うので、初めてライブを観る人にとっては取っ掛かりになりそうです。
洋子:前作の「Breakaway」もそうだったようにセットリストの中に入れておくとノリやすいから、掴みには良いですよね。今回最初に録ったのは「Walk Like An Egyptian」だったんですけど、その後すぐに“ぎっくり背中”になったんですよ。
●ぎっくり腰の背中版みたいな感じですね。
洋子:2年前くらいにもツアー中になったことがあったんですけど、今回は何も特別なことはしていない時に症状が出て。部屋でDVDを見ている時にだんだん痛くなって、10分後には立てないくらいにまでなったんです。それで一時期、レコーディングもできなくなりました。
●それによって予定より遅れた?
洋子:しかもその時期は“ROXYPARTY”用の矢沢洋子&THE PLASMARS 女人版のリハーサルに入っていたり、ツアーにも出ていたりしたのでちょうど忙しくて。最初は10日くらいで録る予定だったものが、結果的に1ヶ月以上かかりました。でもブースに入ってしまえば、「今日はどうしても録れない」みたいな日はなかったんですけど。
●歌自体はスムーズに録れたと。実際に今作を聴いていても、今まで以上にすごくナチュラルに歌えている感じがしたんです。
洋子:それは私も思いました。特に前回は初めてのことも多くて、どうやって歌えば良いのかわからないところがあって。私は曲調やキーによって、声色が結構変わるんですよ。だからかわいく歌うべきなのかカッコ良く歌うべきなのか、それとももう少し違う方向性なのかというところですごく迷いながら歌っていたんです。
●前作の歌を録っている時は、まだ自分の中でも迷いがあった。
洋子:実際に自分で聴いてみても「これじゃないな」ということで、何回も歌い直したりしたんですよ。それに比べると今回はすごくシンプルにやれたし、変に固くならずに歌ったものがそのままOKをもらえたのでリラックスしていましたね。
●前作を経て表現力の幅が広がったというか。
洋子:そうですね。でもやっぱり一番スッと入れたのは「Lady No.5」でしたけど(笑)。
●「Lady No.5」は、今までの洋子さんのイメージに近い曲かなと。
洋子:この曲も当初は『Bad Cat』に入れるという話があったんですけど、私としてはせっかく真鍋さん(THE NEATBEATSのMr.PANこと真鍋崇)に書いてもらった曲なので大切にしたかったんです。今作に入れたほうが映えるんじゃないかなと思っていたし、結果的にPVもこの曲で撮れることになったので良かったなと。
●作詞は洋子さんですが、どういうふうに共作したんですか?
洋子:「Lady No.5」は初めて歌詞から作った曲なんですよ。真鍋さんのほうから「歌詞から作ってみるのも面白いからやってみて欲しい」と言われて。今までは楽曲からイメージをふくらませる形が多かったから、最初はイメージをどこからふくらませれば良いのかもわからなかったんです。でもとりあえず作らなきゃということでテーマを決めて書いたものを真鍋さんに渡したら、そこからガッチリと形にしてくれましたね。
●この歌詞のテーマとは?
洋子:いつも歌詞を書く時は、テーマを決めるんですよ。たとえば「Bad Cat」だったら“見かけはおとなしいけど、そういう女が一番怖いぜ”というメッセージ的なものがあったりして(笑)。今回の「Lady No.5」で描いているのは、自分の母親像というか。特に女の子にとって“母親”というのは憧れの存在だと思うんですけど、私は特にそれが強いんです。
●洋子さんが持つ“母親像”とはどんなイメージ?
洋子:私の母親はロックな感じというか、すごく派手で気の強い女性なんです。私が子どもの頃から母はファッションへのこだわりが強くて、香水もシャネルをつけていたりして。私のカバンや靴についても「こういうものにしなさい」と言われたりもしたんです。やっぱり未だに母親っていうのは絶対に超えられない、カッコ良くて憧れの存在なんですよね。そういうところを書いてみようということで、この曲の歌詞を書きました。
●洋子さんにとって、お母さんは憧れの存在なんですね。
洋子:すごくカッコ良い人だと思います。でも正直、私は靴も履きやすければ何でも良いし、すっぴんで出かけてもあまり人の目が気にならない性格というか…。逆に母はどこへ行くにも、ビシッとキメて行きますね。家の靴箱には母の色んな有名ブランドの靴がたくさん入っているんですけど、私と靴のサイズが同じなので困らないんですよ(笑)。「ちょっと今日はオシャレして行こう」という日は借りています。
●「Lady No.5」という曲名は、歌詞にも出てくる“シャネルの5番”(香水)から来ている?
洋子:“Lady No.5”という言葉自体は造語で、シャネルの5番が似合う女性というか。“シャネルの5番”って、元々はマリリン・モンローのイメージがあるじゃないですか。この曲ではシャネルの5番が似合う女性に憧れる主人公を描いているんですよ。
●少女が大人の女性に憧れる感じというか。
洋子:カバンやアクセサリーもそうだと思うんですけど、子どもが身に付けてもカッコ良くはならないものってあるじゃないですか。まだ10代後半〜20代前半くらいの少女が、母親だったりシャネルが似合う女性に憧れている姿を描いているというか。シャネルの5番が似合うカッコ良い大人の女性、それが“Lady No.5”ですね。
●この曲が作品タイトルにもなっているのは、今作全体の軸になっているということ?
洋子:今作には「NAKED LOVE」や「東京騒音 スクランブル」みたいな、私が今まで避けていた夏っぽい爽やかなポップス調の曲もあって。そうかと思えばM-2「BLACK SUNSHINE」みたいなダークな曲もあるし、「ガラクタ」みたいな今までの私らしい曲もあってという感じで色んな曲があるんですよ。でもその中に「Lady No.5」が入っていることで、全体がキリッと締まるというか。そういう役割を果たせる曲だと思ったので、タイトルにしました。あとはちょうど今回が矢沢洋子名義で5作目の作品ということもあって、“No.5”にかかっている部分もありますね。そういう意味でも、良いんじゃないかなって。
●「Lady No.5」や「ガラクタ」はライブでやると、みんなで盛り上がれそうですよね。
洋子:みんなでワーッと盛り上がれる感じですね。「ガラクタ」の主人公はかなりタフな女性を描いていて。今までも女性が主人公の歌詞をずっと書いてきたんですけど、ここまでタフな女性像は書いたことがないんですよ。今までは意地悪さの中にあるかわいらしさや女性ならではのセクシーさを歌ってきたんですけど、「ガラクタ」の主人公は本当に強い女性っていう感じですね。
●歌詞で言うと、「BLACK SUNSHINE」は今までにあまりない世界観な気がします。
洋子:ダークですよね。この曲は、歌詞の段階から世界観を作り上げるのが難しかったんです。何人かの作詞家さんに頼んだんですけど、みんな苦戦している感じが伝わってきて。でも(この歌詞を書いている)marronさんは、「これだな!」というものを作ってきて下さったんですよ。marronさんの歌詞がなければ、この曲は形にならなかったかもしれない。
●marronさんの力も大きかったと。
洋子:marronさんは以前からコーラスをやって下さっていたりして、今回はボーカルディレクションや歌詞の面でも全体的に協力してもらったんですよ。歌詞を考えている時も、アドバイスを頂いたりして。「ガラクタ」も私が歌詞を書いているんですけど、譜割りとかの部分で色んなアドバイスを頂いたりして。他の面でもかなり助けてもらいましたね。
●そういうところから学ぶ部分もあったのでは?
洋子:ありましたね。私自身、譜割りとかは「どうしても歌いにくかったら直せばいいかな」くらいの感覚だったんですけど、そういう部分についてもmarronさんはかなり細かく考えていて。
●プロの作詞家の方と一緒に作業するのが新鮮だったりもした?
洋子:エイベックスで活動していた時(the generous)はそういうこともあったんですけど、あの時は私もまだ何が何やらよくわかっていなかった時期なので(笑)。今回はちゃんと音楽に対して自我が芽生えた中で一緒にやれたので勉強にもなったし、新鮮でしたね。
●刺激にもなったんでしょうね。
洋子:歌詞って、自分の中にあるものでしか作れないじゃないですか。自分が知っている言葉を使うわけで、全く聴いたことや使ったことのない言葉を入れたりはできない。だからどうしても自分がよく使う言葉が出てくることで、似ちゃったりもするんですよね。他の人と一緒にやることで「この人はこういうやり方をするんだ」っていう発見もあったので、良かったと思います。
●そこもアーティストとしての自我が高まっているからこそ吸収できるというか。
洋子:それは本当にありますね。だから昔よりも歌詞を書くのが楽しいんです。
●昔は苦手だったりした?
洋子:昔は歌詞を書く時も物語の時系列を考えたりとか、細かいルールみたいなものを気にしすぎていて。「これじゃダメだ」って、すぐになっていたんです。でも今はすごく開き直ったというか。「歌詞なんて自分のものなんだから何でも良いんだよ」と思えるようになりましたね。
●文法的に正しいものが、歌詞として感動を生むわけではないですからね。
洋子:たとえば“Lady No.5”という言葉はないんですけど、自分が「これで良い」と思ったなら良いと思うんです。ちょっとした英語のフレーズなんかも、もし(文法的に)英語として成り立っていなくてもそれで良いと思うから。日本語でも本来はしないような言いまわしをしても良いし、そういう遊び心が「ROSY」(ミニアルバム『ROUTE 405』収録)あたりから出てきたんですよ。そういうのもあって、最近は歌詞を書いていても楽しいですね。
●経験を重ねる中で色々と楽しくなってきている。
洋子:音源の制作を通してもあるんですけど、やっぱりライブをしていくことや他の人たちのライブを観ることによって、自分の中で「こうしたいな」というものが生まれることが多くて。ライブの時の動きも、他の人のライブが参考になったりするんですよ。“ああしたいこうしたい”というものって、やっぱり自分が実際にやっていかないと出てこない部分だから。
●ライブも変わってきていると。
洋子:ライブに関しては何年か前に比べると、もう意気込みから何から全然違いますね。やっぱり数をこなすことによって、自分の中で自信も出てくるから。ライブを重ねることで自信が湧いてきて、「じゃあ、次はこうしてやろう」っていうものがハッキリしてきました。
●今回は過去最短のスパンでリリースとなったわけですが、次への意欲も湧いてきている?
洋子:1回休みたい気もするんですけどね…(笑)。今回も上手く収まったとは思うんですけど、次は自分が本当にやりたいことだけをやるような作品が作りたいなと思っていて。
●どういうことがやりたいんですか?
洋子:やっぱり「ROSY」みたいな感じですね。あれのバンド感をさらに増したようなものというか。たとえば真鍋さんに全部プロデュースしてもらったり、THE PLASMARS 女人版を一緒にやっているkemeさんと一緒に曲を作ったりもしてみたい。自分が尊敬する先輩方に力を貸してもらって、かなりロックンロールな1枚を作りたいなと思っています。
●9月にはツアーも予定していますが、そちらも楽しみですね。
洋子:今回の作品をキッカケに、初めてライブに来るという人もいると思うんですよ。そういう人たちにもすごく楽しんでもらって、幸せな気持ちでライブハウスを後にしてもらいたいですね。対バンも仲の良い人たちばかりなので、すごくワイワイとした楽しいライブになると思います。私も頑張りますので、ぜひ遊びに来て下さい!
Interview:IMAI