その低くスモーキーな歌声が紡ぎ出すメロディに、一瞬で心を掴まれた。繊細で美しいギターの爪弾きに、良質な洋楽のエッセンスを芳醇に漂わせるバックのバンドサウンド。ノラ・ジョーンズやジュディ・シルなど海外の女性シンガーソングライターの正統な系譜に連なるような名作の輝きを放つのが、藤原さくらの1stフルアルバム『full bloom』だ。父親の影響を受け10歳にしてギターを手にしたという彼女だが、この作品を作り上げた時点ではまだ高校3年生だということにも驚きを禁じ得ない。地元・福岡や東京でライブ活動をしながら、日々生み出されていった珠玉の全12曲。春の訪れと共に満開の花を咲かせる、新たな才能の登場を絶対に見逃さないで欲しい。
●さくらさんは、10歳の時にお父さんの影響でギターを始めたということですが。
さくら:お父さんがバンドをやっていて、今でも私が福岡でライブをする時はバックでベースを弾いてくれたりしているんです。それで私がまだライブをしたこともなかった頃に、お父さんがバンドでクラシックギターを使うからということで買ってきて。「使い終わっていらなくなったからあげるよ」と言って、くれたんですよ。自分のギターが手に入って嬉しかったので、そこから練習するようになりました。
●元々、音楽は好きだったんですか?
さくら:お父さんがビートルズを大好きなんですよ。だから車の中でもずっとビートルズの曲が流れていたりしたんですけど、あまりに聴かされすぎて逆に当時は嫌いになったくらいで(笑)。その頃はお姉ちゃんがYUIさんのファンでライブにもよく行っていた影響で、私もすごく好きだったんです。だからギターを始めた時も、まずはYUIさんのカバーからでしたね。最初は本当に趣味みたいな感じで、楽しみながら弾いていました。
●本気で音楽に取り組み始めたのはいつ頃?
さくら:高校の友だちにドラムやタップダンスをやっていて、よくライブもしている子がいたんです。その子に誘ってもらってライブを観に行ったら、「同じ歳の子がこんなに頑張っているんだ!」と思って。そこで自分も「何かアクションを起こさないと」ということで福岡のボーカルスクールに入ったのが、高1の春ですね。
●そこでボーカルスクールを選んだのは、歌うことも好きだったから?
さくら:小学生の頃からずっと歌っていました。歌本の『ゲッカヨ』でYUIさんが特集されている号を買って、練習したりして。その本の中で、(ボーカルスクールの)“シンガーソングライター・コース”の案内を見つけたんですよ。そこでYUIさんみたいに自分で歌詞や曲を書いて歌う人のことを“シンガーソングライター”と呼ぶんだと知って、憧れるようになったんですよね。
●最初からプロ志向を持っていた?
さくら:高校に入った当初は、大学に進学しようと思っていましたね。その時点ではまだ夢としては持っているけど、具体的な目標もなくて漠然としていたというか。でもボーカルスクールに入ってすぐオーディションを受けることになったので、やるだけのことはやってみようと思って。そのオーディションでオリジナル曲が3曲必要だということで、ちゃんとした曲を初めて作ったんです。
●その頃には、好きな音楽の幅も広がってきていたんでしょうか?
さくら:ボーカルスクールに入ってから色んな人に「あなたの声にはこういう曲が合うんじゃない?」という感じで、外国のアーティストを色々と教えてもらって。それまでは本当にJ-POPだけだったんですけど、そこから改めてビートルズも聴くようになりましたね。ずっと前から知ってはいたけど、ビートルズの曲の良さが本当にわかるようになったのは自分で曲を作り始めてからでした。
●そこで、さくらさんの低くスモーキーな歌声に合う楽曲も色々と知っていったんですね。
さくら:YUIさんが好きだけど、キーが高すぎて私には歌えないんですよ。阿部真央さんの曲はもう少しキーが低いのでボーカルスクールに入った当初に歌ってみたら、「ブルージーだね」と言われて。「こういう曲が歌えるんだったら、こんなアーティストも良いんじゃない?」ということで色々と教えてもらったんです。それからは海外の女性シンガーソングライターが大好きになって、漁るように聴いていました(笑)。
●そこからは洋楽メインで聴くようになったと。
さくら:そういう中でノラ・ジョーンズの曲を歌ってみたら「声に合うね」と言ってもらえたので、練習するようになって。ライブでも何曲かカバーしたりしましたね。
●メロディが洋楽的なのは、そうやって色々とカバーしてきたことが下地になっている?
さくら:曲を作り始めた頃からはずっと洋楽ばかり聴いていたから、それはあるかもしれません。自分で曲を作ろうとすると、つい英詞にしたくなっちゃんですよね。
●今作のM-2「Ellie」は英詞ですよね。
さくら:これは前からあった原曲に、今回のリリースにあたってサビの部分を付け加えたんです。Aメロ・Bメロは、ボーカルスクールでオリジナル曲をたくさん作っていた頃にはありましたね。あと、M-1「passing time」も同じ頃に書いた曲で、昔からずっと歌っています。
●曲はどうやって作っているんですか?
さくら:曲の作り方は2パターンあるんですけど、ただ音を楽しむために曲から作る場合もあれば、「こういうことが歌いたい」というものがあって歌詞から作る場合もあります。歌詞から作る場合は、ほとんど日本語で書いていますね。でも音を楽しみながら作る時はコードや右手のピッキングを重視して、思いつくままに英語みたいな響きで歌うから英詞にしたくなるのかな。
●響きを重視して書くと、英詞になる。
さくら:洋楽を聴く時ってそこまで意味を考えずに、メロディだけを聴くことが多いんですよね。洋楽の曲をたくさん聴くようになってからは、メロディありきな聴き方になっているのかなと思います。
●それが曲を作る時にも出ているんですね。
さくら:私はジョン(・レノン)より、ポール(・マッカートニー)のほうが好きなんですよ。ポール・マッカートニーの『RAM』というアルバムがすごく好きなんですけど、人から薦められて夜に寝ながら聴いていたら興奮して眠れなくなったんです。それくらいメロディで感動するって、すごいことだなと。そこで「音楽って良いな」と思えたし、自分も「こんなメロディを書きたい!」と思うようになりました。もちろん歌詞を書く上で伝えたいこともあるけど、ポールみたいに人を感動させられるメロディラインを書きたいと思って曲作りをしていますね。
●M-9「ラタムニカ」のタイトルは、響きから生まれた造語でしょうか?
さくら:造語です。この曲は30分もかからずにできたような曲で。感情が高ぶっている時に、衝動的な感じで歌詞を書いていったんです。“ラタムニカ”という言葉が不思議としっくりきたので、そのまま使ってみました。自分の中では、呪文みたいな感じですね。
●感情が高ぶっていたというのはなぜ?
さくら:この曲を作っている時は、ちょうど友だちとメールをしていたんですよ。その子はお父さんのことが嫌いで、悪口をすごく言うんです。でも小学生の頃はその子もお父さんが大好きだったのを私は知っているから、心のどこかでは絶対に「わかり合いたい」と思っているんじゃないかなって。そういうことを思いながら歌っていると自分の感情も高ぶってきて、衝動的に書いていった歌詞ですね。すごく稀なケースなんですけど。
●M-4「嘘つき」は、「ラタムニカ」に近いものを感じるんですが。
さくら:この曲はアルバムに向けて作った曲なんですけど、こういう曲調のものはすぐにできるんですよ。歌詞は感情が高ぶって、イライラした時に書くことが多いんです。穏やかな気持ちの時にしたためる感じじゃなくて、「くそっ!」みたいな時に書くことが多いので負のボキャブラリーみたいなものが結構あって(笑)。これは(タイトル通り)嘘つきな人の歌なんですけど、自分の中で具体的な人のイメージがパッと浮かぶ曲は歌詞がスラスラ書けるんだと思います。
●衝動から生まれる曲のほうが早く完成すると。
さくら:逆にM-8「良いよ」みたいに「アルバムにこういう曲を入れたい」というところから作り始めると、すごく時間がかかりますね。
●今回のアルバムに向けて作った曲もある?
さくら:去年1年で『bloom1〜3』という3枚の自主制作盤を出したんですけど、それに向けて1週間で8曲くらい作ったりして。かなり大変だったので、昔の曲を引っ張り出したりもしたんです。それぞれに各4曲入っている中から3曲ずつ抜粋して、新たな3曲を加えたのが今回のアルバムですね。今作に入らなかった各1曲はだいたい弾き語りの曲で、今回はバンドアレンジのものを中心に収録したんですよ。
●ライブもバンド編成でやっているんですか?
さくら:私は元々、弾き語りを全然しなかったんです。最近はたまにやるようになりましたけど、基本的にはライブもバンド編成でやっています。東京だとサポートしてくれる人が毎回いるわけではないので、弾き語りもやらざるを得なくて(笑)。
●やらざるを得ないって(笑)。録り終えた作品を聴いてみると、自分の成長も感じるのでは?
さくら:特に歌は、自分でも成長したなって思います。ギターもライブを始めたばかりの頃から観てくれている人には、「上手になったね」と言ってもらえたりして。音楽に対する姿勢も最初は漠然としていたところから、ちょっとずつ大人になってきたんじゃないかな(笑)。
●どんなアルバムになったと思いますか?
さくら:同じような曲ばかりじゃなく、色んなタイプの曲を入れて色んな自分を見せられたら良いなとは最初から思っていて。実際、そういう作品ができたんじゃないかな。良いアルバムになったので、嬉しいですね。
●今後の目標みたいなものはある?
さくら:自分が納得する曲作りを続けていきたいです。今までだったら誰かの曲を聴いても「良いな」っていうだけで終わっていたけど、最近では「こういうギターのカッティングを使った曲をやってみたい」とか思うようになって音楽の聴き方も変わってきたんですよ。「あれもこれもやってみたい」という感じで今は曲を作るのが楽しいので、もう無限に作っていきたいですね(笑)。
Interview:IMAI