2020/10/14に19th Single『シエラのように』をリリースし、“シエラのように” TOUR 2020-2021をスタートさせた10-FEET。新型コロナウイルス感染症拡大の影響でライブ/イベントの中止や延期が多い中でツアーを発表し、駆け抜けてきた彼らが早くも20枚目となるシングル『アオ』を完成させた。今回はVo./G.TAKUMAのロングインタビューを敢行。ツアーや20thシングル『アオ』についてはもちろん、“言葉”や“二回目の純粋さ”など彼がずっと大切にしている想いと考え方についてじっくりと訊いた。
INTERVIEW #1はこちら
「自分が他人の一言で人生を変えてきてもらっているから。言葉とか歌とか文字もそうだし、声をかけるシチュエーションとか声のトーンとか表情でも、人の人生が変わったり変わらなかったりする。どれも言葉ですよね」
●3/10にリリースする20th Single『アオ』の収録曲はいつ頃に作っていたんですか?
『シエラのように』と同じ時期です。同じ時期に「シエラのように」も「アオ」も完成していて、「どっちを先に出す?」という話になって決めたんです。
●聴いた印象でいうと、表題曲のM-1「アオ」は曲の全部がサビに向いているような感じがしたんです。サビがすごく強いし、曲の要素すべてがサビで飛ぶために存在するというか。
そうかもしれない。コロナでみんな動画繋ぎとかやっていた時期に僕もめっちゃ制作してたんです。この曲はコロナ用に作ったわけじゃないんだけど、仮歌でコロナ悪口とかを言って。
●コロナ悪口?
みたいな歌詞を羅列して最初は仮歌を作っていたんですよ。
●コロナに対して腹立つことを書き並べた、みたいな?
はい。「シエラのように」も同じ時期に出てきていて。
●サビから作ったわけではないんですよね?
うーん、正確には覚えてなくて。でもサビからできたように思える曲ですけど、この時期って結構アコースティックで一筆書きするような、そういった曲作りをやっていた時期だから、その流れで出てきていったと思うんですよね。
●A、B、サビという曲の順番通りに作った?
はい。前後はちょっと覚えていないんです。A、Bとサビとどっちが先に出てきたか、一筆書きで同時に出てきたのか。出てきた時期は絶対に近いんですよ。「A、B」と「サビ」の両方がその日のうちに出てきたくらい。だからそういう意味では同時ですね。
●10-FEETはいろんなパーツをパズルで組み合わせたような曲が多い印象なんですけど、「アオ」はそうじゃないだろうなと感じたんです。
そこが制作で最近いちばん変わったことなんですよね。
●パズルをしなくなった?
するときも全然あるんです。でも一筆書きはめちゃくちゃ増えましたね。パズルで作るところもあるし、それをやめようとは思っていないんですけどね。だから今は一筆書きの時期なんだと思うんです。
●一筆書き時代が到来している。
もし飽きたらまたパズルで作ると思うんですよ。それが合わさった中間とかも見てみたいし。そういう意味では、曲作りは客観的に楽しんでやっていますね。
●「アオ」はサビの疾走感がすごいですよね。
僕自身もすごくスピード感を感じました。最初出来た時「速~!」と思いましたもん。
●この曲の疾走感って何なんだろう? と思ったんです。何がポイントなのかなと。譜割りなんでしょうか?
僕も譜割りだと思いますけどね。
●最初からこういう言葉の乗せ方をしようと思ったんですか?
そうですね。サビの駆け上がるようなところは大事にしていましたね。ここに対して後はどこがあったら効いてくるかな? というようなことを考えていたと思うんですよ。
●なるほど。
なんとなくこういう譜割りがあって、「曲とかメロディはここからが勝負だ」と思っていて。何の文字を選ぶかによってスピード感も変わってくるし。どんな言葉でもいいわけじゃないんですよ。「ここは“か行”でここは“さ行”じゃないとあかんねん」というところも絶対にある。僕的にはですけど。
●おお、そこまでですか。
その中で、発音や響きだけにプライオリティを置くんじゃなくて、伝えたいことの中でやっていくとなると、やっぱりめっちゃ時間かかるんですよね。
●いろんな組み合わせを試してみないとわからないこともあるんじゃないですか?
そうですね。ただ、「今までここに“な行”は無理だと思っていたけど、弾き語りで色々な歌い方をするようになったことでそれをアリにする歌い方も覚えた」ということも増えていて。若干前ほど制限はなくなった感じ。
●歌い方の広がりによって、曲作りの幅も広がったんですか?
はい。めちゃくちゃ助かっています。
●作詞作曲の自由度が上がったって、めちゃくちゃいいことですね。
アコースティックに比べたら10-FEETはアップテンポな曲が多かったんですよ。だからゆっくりな弾き語りをやるようになって、例えば“な行”についてだと「な」の1音だけじゃなくて、「な〜〜〜〜」ってゆっくり歌うといろんな音色が出せるじゃないですか。でもそういう音は速い曲でなかなか出せない。
●おお、なるほど。
そういうことがアコースティックをやって色々明確に見えるようになってきて、「それを速くしたらこうなるな」とか、そういう発見とか身体に身についたというのもあるかもしれないです。
●確かに弾き語りだと音がグラデーションで聴こえますね。
そういうところが多いですね。
●歌詞についてですが、「アオ」は“言葉”というワードがポイントになっていると思うんです。それはTAKUMAくんが以前からずっと大切にしていることで。
はい。“言葉”はよく出てきます。
●良い面でも悪い面でも、音楽の力を信じているのと同じくらい言葉が持つ力も信じている…そういう話は以前からよく聞いていますけど、今回は3曲とも“言葉”というワードが歌詞に入っているんです。「朝霧を抜けて」は“そんな言葉教えて”、「タンバリン」は和訳の方ですけど…“本音も建前も言葉にするのさ”。
あ〜、自覚は無かったですね。ちょっと前まではそういうのをすごく気にしていたんです。1つの作品に同じワードが何度も出てきたら恥ずかしいなと思っていたので。
●「ちょっと自分の中で“言葉”が流行ってるな」みたいな?
それめっちゃアホそう(笑)。
●「きっと最近あの映画を観たんだろうな」というのがバレる感じというか。
“I'll be back.”ばっかり言う、みたいな(笑)。
●ハハハ(笑)。TAKUMAくんが昔から言葉が持つ力を大切にしていることも分かっている上で今作を聴いて思ったのは、今は人に会うこと自体が少なくなっているから“言葉”というワードが3曲の歌詞に出てきたのかなと。
それは絶対にあると思いますよ。みんながオンラインとかネットの書き込みとかでコミュニケーションを取るようになってきていると思うし、特にコロナという感染症の期間で賛否両論が常に飛び交っていて。テーマもいっぱいあって。
●うん。誰かが発した言葉に焦点が当たることも多いですよね。
そうですね。罰則や刑事罰にするのかどうかとかで大炎上していたし。ああいうときにキツい言葉、丁寧な言葉、毅然とした言葉が飛び交う中で、辛口コメンテーターの真似事をして勘違いした人がただの誹謗中傷みたいなことを言っていたりとか。
●うんうん。
人を傷つけるだけの言葉は減ってほしいなと思うし、意見を言うのは大事だと思うんですけど、意見を言うのが大事ということを履き違えたり暴走したりしている人をいっぱい見かけるので。
●「意見を言うのが大事」ということを、ただの権利と解釈しているような気がするんです。
「表現の自由」という言葉も「お前が言うな」というケースが多いと思いますね。誰に何を言ってもいい、みたいな。そういうことが多いじゃないですか。あれ、めっちゃ傷つくんですよね。
●TAKUMAくんは歌詞を書く人ですし、人前でしゃべったりすることも多いから、言葉に関して考えることも多いんでしょうね。
よく考えているかもしれないです。
●だからこういう歌詞ができたのかなと。
自分が他人の一言で人生を変えてきてもらっているから。言葉とか歌とか文字もそうだし、声をかけるシチュエーションとか声のトーンとか表情でも、人の人生が変わったり変わらなかったりする。どれも言葉ですよね。
●はい。
単に音楽の“音”として扱っている場合ももちろんありますけど、僕は色々人生を変えてきてもらったから、みんながハッピーになるようにとか、おもろい言葉とか、共感できたらいいなと思いますね。
●そして「アオ」でやっぱり気になるのは“二回目の純粋さ”という表現なんです。これも「アオ」で初めて出した表現ではなく、TAKUMAくんがずっと昔から言ってきたことですよね。
「“ピュアさ”というのは先天的なものでしか存在しない」と思ってしまうと、大袈裟に言うとみんな自責の念で自殺してしまうと思うんですよ。しんどくなって。僕もそう思ったことはいっぱいあるし、嘘をつかない人とか真摯な人を見て“俺はクズやな”と何回も思ってきたし。
●そういう人を見ると、自分が汚れてしまったと思いますよね。
自分の嫌なところを見てしまったときによく「1回汚れたらまっさらの白には戻れへん」となると思うんですよ。それで気に病んで元気なくなったりとか、死んでしまったりとか。
●はい。
ちゃんともう一回純粋になりたいとか、本当は心は純粋ではないけれど、一生懸命純粋に振る舞うことによって、みんなにとっては純粋であることにもなると思うし。がんばって作った後天性の純粋さは、時として最初から真っ白な先天性のものよりも美しい場面があると思うし、それに感動できる場面もあると思うし、そういう場面が来るまでだましだまし生きながらえようぜ! と。だましだましできるように、おもろい音楽にしたりトークにしたりしていくから。そういうものでちょっと真面目なことを伝えていけたら、大袈裟かもしれないけど、自殺が減るかなと思ったり。
●自分を責めなくて済むというか。
そうですね。「おまえが“あの人は純粋だな、ピュアだな、先天性の純粋さやな”と思っている人も実は3回目くらいかもしれんぞ」とかも言いたい。そういう風に勇気を持って自分の嫌なところに絶望せず、心に魔が差さないようにいてほしいなと思う。
●コロナになって感じるんですが、バンド界隈で生きている人たちって何回目かはわからないけど純粋さを持っている人が多いなと。自分がやっていることの目的を明確に持っているというか。その様がすごく純粋だと感じるんです。音楽業界で踏ん張ってがんばっている人って、その目的がはっきり見える人ばかりな気がする。
確かに。
●音楽を長く続けている人は、「アオ」の歌詞でいう“二回目の純粋さ”を獲得している人たちなのかなと思うし、そういうものを持っていないとステージの上でお客さんを感動させられないのかなと。この曲の歌詞を読んで改めて感じたんです。
みんな、純粋ですごくまっすぐな情熱を持っていますよね。この状況下で一生懸命配信ライブとか、制限された中で有観客でやるとか、逆にこの状況では絶対にライブをしないとか、配信は絶対にしないとか。そういう人たちもすごく純粋だし、情熱や熱い気持ちを持っている人ばかりですよね。
●はい。もしかしたら不器用なのかもしれないけど、純粋だと思う。すごくかっこいい。
そういう自分で居ないと絶対にいいライブにならないとか、そういう自分で居ないといい曲ができないとか、心から信じていますもんね。
●「朝霧を抜けて」はコロナのことを歌っているのかな? とも思ったんですが。
関係ないです。おそらく。
●「アオ」と同じ時期に作った曲なんですか?
これは最近になってですね。しかもカップリングを作ろうという感じじゃなく、「とりあえず今思い浮かぶやつを作ってみよう」という感じでできたんです。僕はこれをシングルの表題曲にしてもいいんじゃないかと思ったくらいですね。メロディが好きで、なんか新鮮で。歌詞が英語だけど1stアルバムの「LONG DISTANCE」と近いような気がする。
●ああ〜、なるほど。サビの“Stay away”という箇所が、3サビで“追い越して”という言葉になるのがすごくいいと思ったんですよね。
最初は頭から“追い越して”だったんですよ。でもなんか、昔の僕らだったら選ばなかった方法だと思うんですけど、最初は英語にして日本語より印象は劣るけど、雰囲気としてスタイルとしてかっこいい“Stay away”を選んだんです。でも“追い越して”という言葉は大事だったから消したくなくて、気に入ってたんですけど頭からだったら強いし、そういうタイプの曲になってもよかったんやけど、最終的にはこういうジャッジに至りました。
●最後でNAOKIくんが、TAKUMAくんのヴォーカルに対してリフレインするじゃないですか。あれがすごく新鮮でした。
なんか最近あいつ歌がいいんですよね。前だったらここのキーのこういうメロディに使わなかったなというのもハマることが増えてきて。
●ほう。
逆に似合わへんようになったところもあるんですけど、それは僕も一緒で。歳をとって声質も変わってきたりしているので。今回は僕の声を含めて素材を活かすためにめっちゃ繊細にトラックダウンしたんです。NAOKIの声作りも。あのリフレインは、僕のヴォーカルとイーブンで出していつもの感じでキラッ! とさせると曲調が変わるんですよ。こだましている感じだから切なくて、レベルはそんなに大きくないけどはっきり聴こえる。そこにめちゃくちゃ繊細な作業をしていましたね。
●なるほど。そしてM-3「タンバリン」は懐かしい感じ。昔ながらの10-FEETのヤンチャなテイストというか。
近いですね。
●久しぶりにこの楽しい感覚が来た! と思いました。
懐かしいですよね。なんかおもちゃみたいな感じ。
●そうそう。まさにおもちゃみたいな感じ。
ありがちなんですけど、例えばメロコアっぽい音楽を始めて明るい曲を作って、2ndとか3rdで急にエモくなるバンドとかいっぱい居たじゃないですか。僕たちもそういうことをやっていたんですよね。新しいコードを覚えて、「セブンス覚えたら普通のメジャーコードなんて弾けないわ」みたいな。そういう気持ちとか感覚を身を以て知っているんですけど、それを色々経て、ある時期に「やっぱりああいう音楽も楽しいな」とちょいちょい作ってはいたんです。それは“俺ららしさ”の表現だったり、初期10-FEETの再現だったりして。
●はい。
そういうことに気付いて足りないピースを作るという話ではなく、なるべく自然に、やりたい気持ちがあるときにその気持ちの度合いに準じてやればいいんじゃないかなと思うようになってきたんです。
●作りたいから作る。やりたいからやる。
そうするとなかなか出てこなかった。でもだからといって無理に作ることもなかったし。そういうケースが今まで全く無かったわけじゃないんですよ。ちょいちょいそれっぽい曲はあったんだけど、こんなおもちゃみたいなガチャガチャしたような感じの曲と音のアプローチというのは、僕ら自身も新鮮だったんです。これが割と自然にできるくらい間が空いたというか。無理してやらなかったから。
●それこそ“二回目の純粋性”ということですよね。
そうですね。自然にスッとできた感じ。
●懐かしいけど、これくらい贅沢でゴージャスだから聴いていて楽しくなる。
確かにゴージャスかもしれないですね。こういうサビのメロディって安易に作るとめちゃくちゃ退屈というか。
●ああ〜、言われてみるとそうかも。
ハンバーグの横にキャベツとかニンジンのグラッセがあって初めて「ハンバーグ美味そう!」と思うようなもんで、ハンバーグだけあってもなんか違う。それによく似ているんですよね。
●めちゃくちゃわかりやすい例え!
年齢的にもこういう曲はどんどん無くなっていくのかなと思ったりもするんですけど、やっぱり好きなんですよね。
●“シエラのように” TOURは残り3箇所ですけど、今回の新曲はライブで披露するんですか?
どうでしょうね〜。リハスタでバンバンやっていますけどね。
●ツアーでもやる準備をしているということですか?
まぁ今のツアーで演るかどうかと言ったらたぶん演らへん確率の方が高そうですけど、練習では普通にやっていますね。
●実際にこの3曲を演る感覚はレコーディングのときと違いました?
まだあまりバンドに馴染んでいないんですけど、でも最初に合わせた頃よりはずっと馴染んできていて。でもおそらくもっと良くなる。技術を磨くというより、もっともっと何回も演奏して歌ったらどこをどうすれば良くなるか、気付くところがまだまだ出てきそうな感触です。
●まだ10-FEETは進化するんですか?
するみたいですよ。
●今回20枚目のシングルということで、相当キャリアありますよ? まだ進化は止まらないんですか?
大喜利っぽいフリやめてもらっていいですか(笑)。
●あ、すみません。ライブで良くなっていく手応えを感じている曲たちだと。
そうですね。馴染んでいくと思います。
●ライブで聴くの楽しみにしてます。そして夏は“京都大作戦2021”ですね。
はい。
●コロナの状況次第ですけど、無事開催できたらいいな〜。
できたらいいなと願ってます。
●野外ですもんね。
野外だし夏だし、できる確率は割とあるんじゃないかと思うんですよね。ワクチンとか感染対策の手法とか、そういうことも去年の夏と比べてかなりの蓄積もあるし。今は感染が拡大したり収まったりを繰り返していますけど(取材は2021年2月)、開催できると思ってます。
●今年の“京都大作戦”はもちろん楽しみですけど、いつになるかわからないけど、前のような熱いライブが戻ってくることも楽しみにしてます。
ちょっとずつ戻ってくるんじゃないですか。それまでは無理なんやから、おもろいこと考えていきましょう。
interview:Takeshi.Yamanaka
assistant:Yuina.Hiramoto
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10-FEET 「アオ」 MUSIC VIDEO