キングレコードが80周年を迎えた2012年、講談社とタッグを組んで新たな女性ボーカリストを発掘するために開催したオーディション“Dream Vocal Audition”でグランプリを獲得し、昨年11/21にシングル『スクランブル』でデビューを飾った泉 沙世子。生きていく中で生じる葛藤や悩みを、不器用ながらも自分なりに受け止め、乗り越えようとしていく彼女の等身大の歌は、聴く者にたくさんの力を与えてやまない。1/30に2ndシングル『境界線/アイリス』をリリースした彼女に、2ヶ月連続で迫るインタビュー企画。第2弾となる今月は、シングル曲「境界線」に掛けて泉 沙世子の様々な“境界線”を訊いた。
●前号のインタビューで2ndシングル『境界線/アイリス』について訊きましたけど、泉さんはシングル曲「境界線」に関する話として、「他人との境界線は常に感じている」とおっしゃっていたじゃないですか。人と接する際に、超えてはいけない境界線を誰に対しても感じているんですか?
泉:そうですね。
●なぜ感じると思います?
泉:たぶんバリアなんだと思います。
●自分を守るための?
泉:そうですね。なぜこんなにも警戒心の強い性格になったのかは分からないんですけど…。
●トラウマがあるわけではないんですよね?
泉:学生時代のちょっとした仲間外れとかは経験しましたけど、それも普通のことというか、人並みのことだと思うんですよね。だから自分でも理由は分からないんですけど、どこかで警戒心を持つようになっていて。そういう警戒心は、付き合っていた人にも持っていたと思うんです。
●恋愛関係だったとしても、そういう境界線はあるんですか?
泉:あると思います。もちろん段階があるとは思うんですけど、最終的に心から信じることって、すごく難しいじゃないですか。まず“この人と仲良くなれるのか?”とか“信用できるのか?”って、ジロジロジロジロと見ると思います(笑)。
●何を見るんですか?
泉:初めて出会ったときに、“あれ? 前から知っているみたい”と思って、グッと距離が近付く人って居ませんか?
●あ、居ます居ます。そういうことってありますよね。
泉:本当に何年かに1回くらいの割り合いでそういう人と出会うんです。かといって、そこで一気に1段階目を超えてずっと仲良くなれる人もいれば、1段階目を超えたところでストップしちゃう場合もあるし。逆に最初は警戒していたけど、何かのタイミングでグッと近付いてどんどん仲良くなれる人も居る。それは“人間関係って疲れるな〜”と思う部分でもあるし、面白くて興味深いと思う部分でもあるんですよね。
●逆に、たまに境界線のない人も居ますよね(笑)。
泉:苦手ですね(笑)。距離感はお互いに同じくらいがいいですよね。
●女性を前にして言うのはアレですが、たまにめっちゃ距離が近い女性が居るんですよ。男が誤解しやすいタイプというか(笑)。ああいうのってたぶん確信犯だと僕は思っているんですけど、すごく苦手なんですよね。
泉:すっごく分かります(笑)。私、ジュースの回し飲みをするにしても、ちょっと引いちゃうんですよ。別に嫌じゃないんですけど、自然にできないんですよね…。
●それは誰とでも?
泉:そうですね。「これ美味しいよ。いる?」とか言われても、そういうしょうもない線もすごく意識しちゃうタイプだと思います。
●じゃあ、例えば友達と恋人との境界線はあるんですか?
泉:うーん…今までは友達になったら友達のままで。これから先のことは分からないけど、友達の境界線を超えた先に恋人があるんじゃなくて、まったく別枠なんです。
●初対面のときから、入る枠が違うんですか?
泉:初対面というか、最初の何回か…いや、やっぱりほぼ1回目ですね(笑)。ほぼ1回で決まります。
●恋人候補になるのか、友達なのか。
泉:そうですね。友達になってしまった人と線を超えて恋人になることはあまりないです。たぶん、私自身の見せる顔がまったく違うと思うんですよ。
●え? ということは、友達の前と彼氏の前では全然違うんですか?
泉:はい(笑)。フフフ(笑)。
●ちなみに彼氏の前だとどうなるんですか?
泉:…とにかく、違いますね(照)。
●それは自分で使い分けているんですか?
泉:いや、使い分けないですね。
●好きな人の前だと、勝手に可愛くなってしまうんですか?
泉:その逆ですね(笑)。男友達には気を遣うし、気を遣うからこそ優しくもできるけれど、男友達に女っぽい部分はまったく見せたくないんです。痒いので男同士みたいな接し方になるけど、気はちゃんと遣えるというか。
●ということは、境界線を設けているというより、好きな人の前では素が出てしまうということでしょうか?
泉:コントロールしないんですよね。気持ちを一定に保つ努力をしないので、感情のままになる。だから大変です(苦笑)。
●ハハハ(笑)。では“本音と建て前”という境界線はどうですか?
泉:本音と建て前って、難しいですね。私の場合は「いつも本音を100%言ってるのか?」と訊かれれば違うのかもしれないけど、基本的に建て前というか上辺だけの人付き合いが不得意で、全部顔に出ちゃうんですよね(苦笑)。例えば全然似合っていないのを見ながら、真顔で「すごく似合っていますね」とは言えない。吹き出しながら「すごく…に、似合っていますね…(笑)」っていう感じになっちゃう。
●それ笑いすぎやろ(笑)。
泉:そうなっちゃうから(笑)、例えば人を誉めるときに5思っているものを10にして言うことはあっても、思っていないことは言えないです。拒否反応が出るというか。
●100%の建て前は言うことができないと。
泉:努力はしてみるんですよ。自分ではまったくいいと思えないものを「これどうですか?」と言われたら、“「よくない」とは言えないしどうしよう?”と考えてはみるんです。でも言葉が出ずに、無言のまま固まるっていう…(笑)。だから、やっぱり建て前がほとんどないんです。本音の強弱を付けるのみで生きている感じ。
●泉さんの音楽もそうですけど、自分がまったく思っていないことはできないということですね。
泉:そうですね。やろうという意志はあるんですけど、顔であったり言葉であったり、何かに本音が出てしまうし、作るのが下手すぎるので、結局“自分には難しいのかな”と思っています。
●それは悪いことではないですよね。
泉:でも“そういう部分をもっと上手くできたらいいのに”って、いつも思っているんです。それが上手くできるようになったら人生が変わるような気がするというか、スイスイッといけるんじゃないかと。
●ハハハ(笑)。あと、プロとアマチュアの境界線はどこにあると思いますか?
泉:うーん、何のプロなのかにもよると思いますが、私が音楽で思うプロとアマチュアの境界線は、観る人の目線を意識できるかどうかじゃないかなと思います。趣味でやるのなら、他の人が聴いて胸糞悪いようなことでも歌ってOKだと思うんです。プロでそういうことをやるのもダメではないと思いますけど、だんだん成り立たなくなっていくんじゃないかなと思っていて。みんなに「聴きたくないからチケット代を払いたくない」と言われるようになったら、続けられなくなるわけで。
●そうですね。
泉:常に受け取ってもらう相手であるお客さんを意識しなきゃいけないとは思います。あまり受け取ってもらう人たちに寄り過ぎるのもどうかと思うんですけど、やっぱりどこかで求めてもらえるものとか認めてもらえるものとか…相手の感覚を意識することが大事なんだと思う。
●なるほど。
泉:あと、受け手がいるということは、いい意見ばかりもらえるわけじゃないし、いつでも何かを言われるということ。「それは言わないで」とか「今は聞きたくない」と言うのはナシなのかなって思います。
●それはあるでしょうね。
泉:それをどう処理するのかは自分が決めたらいいと思いますけどね。
●プロだから言われることを拒否できないと。
泉:何を言われようが、「今はヘコんでいるから」とか「そんなことは放っておいて」とは言えないというか。どこかで受け流すことも必要なのかもしれないけど、いつでも言われてしまう立場なんだと思うんです。
●それは覚悟していたんですか?
泉:前から思っていました。どこからがプロなのかは正直分からないけど、ライブハウスに出ていてもチケットを買って来てくれる人がいるんだから、ライブの告知をするときとか、チケット代が3000円の場合、“時給が800円として何時間分のお金を注ぎ込んで来てくれるんだろう?”と思ってやると気持ちが違うんですよね。そのライブを観て褒めてくれる人もいれば好きなことを言って帰る人もいるけど、相手がどう感じようが自由だし、それを投げつけられるのも当然のことだろうと思います。
●それはすごく怖いことに思えるんですが。
泉:怖いですよ。怖いし、“え゛!?”って思うこともあります。
●でも、人前で音楽をする上では当たり前のことだと。
泉:逆の立場だったら、私もそういう目で観ると思うんですよね。例えばある歌を歌ったときに“自分的には共感できないけど、理由を考えたらまあ仕方ないか”と考えてくれる人がいたとしたら、その人はすごく親切なわけで。普通は表現したものがすべてで、それに対して「いい」とか「ダメ」とか言われるものなんだと考えています。
●怖いけど、受け入れていると。
泉:怖いし、“仕方ない”とは思えずに“なんでそんなことを言われないとダメなんだろう?”って思うこともあったけど、そう思うからこそ気を張るし。もちろん的外れなことを言われたら流すけど、理由を言い訳しないと伝わらないものじゃなくて、出したら伝わるものにしようという原動力になるというか。
●その話に関してもうちょっと掘り下げたいんですけど、泉さんは人前で歌を歌う立場じゃないですか。聴き手との境界線はどこに置いているんですか?
泉:歌うときにはその境界線を取っ払って踏み込んで、聴く人にも踏み込んでもらって。そういう状態で歌いたいと思います。
●「歌うときには」とおっしゃいましたが、人前で歌うとき以外はどうなんですか?
泉:やっぱり線は引いていると思いますね。でもそれは、普通の人間関係と同じという意味での線…そういう境界線はあります。
●壁ではなく、普段人と接するときと同じ境界線だと。その境界線を、なぜ歌うときは取っ払いたいと思うんでしょうか?
泉:私は今のところ、自分がしてほしいことや自分が言ってほしいことをベースに曲を作っているんですよね。「ちゃんと抱きしめてほしい」だとか「ちゃんと目を見て話してほしい」とか、私が求めているのは境界線のない状態で完全に心を許しているものなんですよ。
●だからライブではそういう状態で聴いてほしいし、そういう場所を作りたいということ?
泉:そうなんです。あと、自分に対して歌っている曲では一体になってほしいと思っていて。“この曲で歌っていることはあなたのことだし、私と同じ目線で聴いてほしい”という想いがあるので、境界線どころか聴いている人の感覚に重ねるくらいのイメージで歌いたいです。
●ライブでそういう状態を作るのはすごく難しいことだと思うんです。毎回できるものでもないと思うし。
泉:そうですね。でも私の場合、例えば恋愛のことを書いた歌詞だったら、眼が合っている人のことを本気で“好き!”と想うような気持ちで歌います。
●え? そこまで?
泉:自分でも成りきっているのか本心なのかは分からないけれど、ショーを見せているというよりは、“本当にあなたを好き”だとか“本当にあなたを支えたい”という距離感でお客さんを見ていると思うんです。
●そういう感覚で歌っているんですね。それは曲の中に入り込むという感じなんですか? それとも、曲に込めた想いがその場で蘇るということ?
泉:特に「境界線」はすごく分かりやすく出ると思うんですけど…アーティストとしてではなく“泉 沙世子”として、それは女としてなのか母親としてなのか何なのかはわからないけど、そういう目で私を見てもらいたいと思って歌うし、歌いながらそういう感覚で愛してほしいと心から思っているんです。
●歌詞で歌っているそのままの気持ちになるということですよね? 心が裸の状態というか。
泉:そうですね。普段はそういうのって本当に無理なんですけど。
●普段は、心が裸になるような状態にはなかなかなれないと。
泉:そうなんですよね。そもそも仕事で会ったり飲み会で会ったりしても、私は初対面で会話を弾ませること自体がすごく苦手なんです。会話を弾ませることができないし、相手の目を見て話せない。そんなときは“何をしているんだろう?”っていう気分になってくるんだけど(苦笑)、歌だとそれがまったく意識なくできるんです。
●歌だと心が裸になる。
泉:そうですね。頼ってほしい立場であり、私はあなたに大きな無償の愛を捧げる立場である…という前提なので、さっき言ったように“この人と仲良くなれるのか?”とか“信用できるのか?”と疑うようなことはなくて、歌っているときは“私にとってあなたが本当に大切だし、あなたにとっては私が支えになる”という気持ちなんです。普段との前提が違うんだと思います。
●そういうことか。
泉:私って極端ですね。
●極端ですね(笑)。
泉:普段しゃべるようなときには本当に無理な心理状態なんですけど。
●歌詞に書いているようなことを面と向かって人に言えない?
泉:言えないです! 「うわ、痒っ!」ってなります(笑)。
●恥ずかしくなることでも、歌にしたら心から言えるんですね。
泉:そうですね。
●だから音楽をやっているのかもしれない。
泉:たぶん、心のどこかにそういうことを言いたいという願望があるんでしょうね。
●ライブは緊張するんですか?
泉:緊張はしますね。デビュー前、ライブでサポートの人が居たこともあったんですよ。慣れていて緊張をしない人たちだったんですけど、そのサポートの人たちに合わせて本番直前まで会話を続けていて“今日はこのリラックスした感じのままで歌えそうだな”と思ってステージに出たらまったくスイッチが入らなくて、頭がフワフワとして集中力がない感じで全然ダメだったんです。
●力が抜けすぎたんですね。
泉:それからは、“本当に大丈夫?”と自分を追い込んでから緊張して集中することが必要だと感じているんです。
●なるほど。“Dream Vocal Audition”のファイナルステージで泉さんのライブを観て、曲に込めた気迫というか想いの強さに衝撃を受けたんですけど、ライブではそういう心境になっていたんですね。ところで最近は曲を作っているんですか?
泉:作ってます。いつも次の作品に向かって作ろうと思っているし、イメージを膨らませるために映画を観たり本を読んだりしています。
●どういうものから刺激を受けるんですか?
泉:本か映画ですね。あと、友達と話すこと。
●友達と話したことから音楽に繋がることもあるんですか?
泉:そうですね。何もないところから考えるよりも、2人居たとしたら会話を投げ合うことになるじゃないですか。「これについてはどう思う?」とか「私はこういうときにこうなんだけど、あなたならどうするの?」とか。私はたぶん、会話の糸口として「こっち派? それともこっち派?」というのが好きなんだと思います。
●“犬派か猫派か”みたいな?
泉:そうそう。そこから「私は◯◯派。なぜならば…」と話していく感じ。今日の「この境界線はどこ?」という話みたいに、お題を投げてもらって、それについて考えるのが好きなんです。
●なるほど。
泉:そういう意味で、映画を観たら“こういう状況があるのか。私だったらどうするだろう…”って、何かお題になるものがそこにあると、自分の考えを膨らましやすいんですよね。
●今年もどんどん曲を作ってがんばっていくと。
泉:ガンガン作ります!
Interview:Takeshi.Yamanaka
Assistant:Hirase.M