ある時はサイケデリックレーベルのオーナー、ある時はフォークロックバンドのベーシスト、そしてある時はフリーキーなギターをかき鳴らすリードボーカル。
様々な顔を持つ“大阪サイケの影の立役者”こと須原敬三氏が、自身のリーダーバンド“他力本願寺”として初のアルバム『ひろう』をリリースする。
長らくミュージシャンとして活動してきた須原氏が初めて全オリジナル曲の作詞作曲を手掛けたというこの作品には、いったいどのような想いが込められているのだろうか?
サイケ初心者のJUNGLE☆LIFE編集部・森下(21歳♀)が訊く30年にも及ぶ須原氏のサイケ道から、今作の濃厚な魅力に迫った。
●須原さんがサイケな音楽を好きになるキッカケって何だったんですか?
須原:もともと高校生の時にヘヴィメタルが流行っていて、周りのやつがみんな速弾きの練習をしている時期があったんですよ。なんかしっくりこなくて。そんなある日、渋谷陽一さんのラジオでジャックス(1960年代後半に活動した日本のサイケデリック・ロックバンド)の「堕天使ロック」っていう曲が流れたんです。マイナー調のブルースで、間奏でフリー近い感じのサックスソロやベースソロが入るんですけど、それを聴いた高1の僕は"あ、こういう世界もあるんや"ということを知って。
●それがサイケ人生の始まりだったんですね。
須原:当時はサイケとかノイズなんてジャンルさえ知らなかったけど"エフェクターをかけて、扇風機の前で録音したらどうなるだろう?"っていうアホな実験をやって遊んでいましたね(笑)。ギターも弾けないもんだから、自然とEmとAmだけで曲を作る。それが2000年代になって、僕のやっているバンドが早川義夫さん(ジャックスのリーダー)のバッキングをさせて頂けたことに、不思議なご縁があるなと思っています。
●もしかして早川さんは、須原さんがサイケを聴き始めた原点が自分だってご存知なんじゃないですか?
須原:ものすごく影響力のある人ですから、他にもいろんな人からそういう話を聞いているでしょうね。めちゃくちゃ売れたわけでもないらしいし、でも、今の音楽シーンに多大な影響を与えた人なんです。
●"○○界に△△あり!"みたいな?
須原:そうそう。機会があればジャックスの「マリアンヌ」っていう曲をぜひ聴いてみてください。僕が今みたいな音楽性になったのは、この曲がキッカケです。あ、でも早川さんは今も現役だから、ライブ体験してもらうのがいちばん良いのですけどね。
●そんな須原さんが今回"他力本願寺"として1stアルバム『ひろう』をリリースするわけですが。これまでは羅針盤(山本精一が中心となって結成されたフォークロックバンド)をはじめベーシストの活躍が目立つので、ギターボーカルという形は珍しい気がしますね。
須原:ありぢごくっていうバンドで作曲とギターをしていたことはあったけど、曲も詞も書いて、なおかつ自分がメインボーカルを担当するのはこれが初めてです。48歳にして初めてアルバムを出すような新鮮な気持ちですね。ベースを弾いているのとギターを弾いて唄うのとは、やっぱり心構えがちょっと違うんですよ。
●他力本願寺はメンバー構成もかなり特異ですよね。それぞれがタイプの違うバンドをされている上に、一番年上の須原さんと年下のG.長濱さんは20歳以上も離れていたりして世代もバラバラで。
須原:僕らは幅広い年齢層なのもあって、みんなマニアックに音楽を聴いていて、僕が聞き逃してたバンドを教えてくれたりする。その感覚でアレンジしてもらうと、良い感じになる時の方が多いんです。M-1「太陽」もそうでしたね。この曲ではファンキーなラップ(笑)がやりたかったんですよ。ゲラゲラ笑いながら作っていたんですけど、出てくるアイディアはラップでも何でもない(笑)。最終的に、それを楽曲として組み替えていったという。
●言葉を繰り返して韻を踏んでいるあたりに、その名残がありますよね。
須原:そうですね。"太陽"って何度も繰り返してたら、自分でも何を言ってるのかよくわからなくなったという(笑)。ゲシュタルト崩壊的なアレです。
●"アカルイマチ アカルイオレ アカルイソラ アカルイアカルイ"とかまさにそうですよね。ずっと聴いていると、こちらも"あれっ?"ってなります。
須原:ドラムのまさをくんに「ここはワンコードだからワーッと」と言って、出来上がったのがあれだったんです。練習中は擬音だらけで、ほとんど日本語をしゃべってないですからね。「ガッ」とか「ワァ」とかで音を表現する。
●感覚的になんとなくはわかるんですけど…(笑)。
須原:だから、それを理解して実現してくれるメンバーじゃないとダメなんですよね。譜面を書けとか言われたらちょっと困る(笑)。ちなみにこの曲では"グシャグシャな様子を音で出そう"というイメージがあったので、よく聴くとクレームの対応や犬の物まねをしているBa./Vo.高野さんの声が入っているんですよ。彼女はとても芸域が広くて、そういうことも担当してもらいました。
●M-3「Real Fantasy Blues」にも、歌詞カードには載っていないセリフがたくさん入っています。
須原:多分、書いたら恥ずかしかったんだと思います。いろんな音を乗っけて、コラージュしたかったんですよ。僕らなりに人力でサンプリングをやってみた結果があれです。歌詞カードでは、最後にいろいろ書いてあるでしょ?
●メンバーの愛称とそれぞれの紹介文みたいなものがありますね。須原さんの紹介文には"ひらべったい人"とありますが…。
須原:この曲の最後の方で、僕が即興で作った"ひらべったいね~♪"って歌を唄っているんですよ。要は曲中でそれぞれが担当しているセリフのパートを、簡単に紹介している感じです。
●ああ、なるほど! だから"ラッパーの人"とか"解説書棒読みの人"とか書いてあるのか。確かにそういう声が聴こえました。
須原:たまたま高野さんが酔い止めの薬を持っていて、その解説書をラップしてもらったんですよ。あと、音楽教本がスタジオに置いてあったので、カデンツァ(クラッシック音楽における即興演奏の意)の解説をクラシック畑でヴァイキングメタル愛好者のViolin./Vo.岡本さんに読んでもらいました。
●細かいっ! 知らなかったら聴き流しちゃいそうです。そんなおふざけ要素たっぷりな部分もありながら、それに反したサビの綺麗な歌モノ具合が面白いですね(笑)。
須原:それさえもギャグですからね。とことん歌モノっぽくすることで逆に浮かしているという。
●M-4「鍵を失くした女の子」も、哀愁漂う歌モノのフォークロックという印象を受けました。
須原:これは70年代のフォークシンガー、鷹魚剛さんのアルバムからすごく影響を受けていますね。メロディも歌詞もその人へ向けたものなんです。鷹魚さんのアルバムで『蛇行都市』っていう作品があるんだけど、そのアルバムを聴いてもらえたらありがたいですね。今何してらっしゃるんだろ。
●須原さんの曲には、節々にいろんなアーティストへのリスペクトが見える気がします。音楽人生において、偉大な先人たちの影響が大きいんでしょうか?
須原:大きいですね。特にJOJO広重さんのベストアルバム『生きている価値なし』は、唄い手として背中を押してもらった1枚です。それに、M-7「karas」の作者である山本精一さんと出会ったのも、広重さんのアルケミーレコード関連のライブで想い出波止場を観たのがキッカケでした。「karas」はまさにその時にやっていた曲で。
●ライブではよく披露されていたんですか?
須原:初期の頃(87年とか88年)しかやってなかったから、何度もライブを観させて頂いている僕も2回しか聴いたことがないくらい。知る人ぞ知る名曲です。91年頃僕と山本さんと某ドラマーの3人で録音したライブテープはあるんだけど、今作ではだいぶバージョンが変わりましたね。
●その方がみなさんの個性が出て面白いと思います。
須原:それが一番です。ジャンルがどうとかよりも、パッと聴いてそのひとと解る音の方が良いですよね。このアルバムだって"サイケデリックロック"とか言いながら、1曲目からパンクっぽい曲をやっているし。
●確かに。M-6「ひとりごと」も基本的に静かなイメージで。
須原:最後の方に雰囲気をぶち壊す爆音のギターソロが入ってますけどね(笑)。ライブでもギターアンプのボリュームをガッと上げては、PAの人に怒られてます。
●それは怒られますよ(笑)。
須原:良く出ているハコだったら"またやってるな"って苦笑いされますけどね(笑)。僕は裸のラリーズの水谷孝さんっていうギタリストが好きで、爆音で弾く快楽を教えてもらいましたね。
●それも影響を受けた音楽を、自分たちなりに上手く取り入れられているということだと思います。須原さんのバックボーンにはサイケだけじゃなく、ジャンルを問わない様々な音楽があるんですね。
須原:今日話した人以外にも、チューリップやはっぴいえんど、ブラックサバスに原マスミさんとか…。好きなバンドはたくさんいるし、むちゃくちゃな音も、整ったメロディもどっちも好きですね。
●方向性に関わらず、突き抜けている感じが好き?
須原:そうですね、その方が面白い。ギューンカセットも"サイケデリックレーベル"って銘打ってはいるけど、一言に"サイケ"といっても感じ方は人それぞれだし、自分的に気持ちの良い音楽をやっているだけなんです。その人がサイケだと思えば、それがサイケなんですよ。
Interview:森下恭子
ジャックス『ジャックスの世界』
(1968年、「マリアンヌ」収録)
ジャックス『ジャックスの奇蹟』
(1969年、「堕天使ロック」収録)
JOJO広重『生きている価値なし~ベスト・オブ・JOJO広重~』
(2002年)
裸のラリーズ『'77 LIVE』
(1991年、「夜より深く」収録)