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繋げ! 東北ライブハウス大作戦☆LIFE Vol.34

2011年3月11日。あの日からわずか3カ月後の2011年6月に産声をあげた「東北ライブハウス大作戦」。ライブハウスに生きづく人たちの、“真実と志”を伝えるために…。

チェーンコラム34人目 奈部川光義(ATATA)

nabeはじめまして。MOROHAのAFRO君からバトンを預かりました。ATATAのボーカル、奈部川光義と申します。

正直、震災の事を話す度、考える度に、「俺なんかでいいのだろうか」という葛藤に駆られます。それくらい自分は他のミュージシャンに比べて、当時何も出来なかった。卑下してる訳じゃなくて、本当に関われなかったと思います。

あの何ともいえない焦燥感の中、曲を作った。募金を集めた。だけどすぐには現地に行けなかった。仲間が続々と行ってるのに、自分達は震災から半年経って、やっと八戸、福島、仙台にライブをしに行けた。福島の商業施設の多くの入口に掲げられた、放射線量の表示板の光景は今でも忘れる事が出来ない。これがこの街の現実なのかと。言葉に詰まりました。

そして2014年の丁度今頃、やっと石巻BLUE RESISTANCEにライブをしに行けました。フェスを企画した現地の仲間に街を案内して貰って、当時の様子を教えて貰いました。今でもブルレジの目の前の飲食店の壁には、津波の高さの印が書いてある。それまで何もして来なかったんだから、そのまま知らない振りをして、石巻の街を自分達の音楽で盛り上げようという自分達の浅はかな意気込みは完全に折れました。

その日のライブが石巻の人達にどう映ったかは分かりません。でも俺達のTシャツを来た沢山の人達が待っていてくれた。汗でクシャクシャになった彼等の笑顔に何だか俺達の方が救われた気がしました。

翌日には女川に行きました。あえて撤去せず、倒壊したままの建物をこの目で見ておこうと思って、現地の人に恐る恐るその場所を尋ねた際にこんな事を言われました。「不謹慎な事なんてない。せっかく来てくれたんだから見て行きなよ」。

結局、彼等は強かった。俺なんかの想像より遥かに逞しかった。そうか、来て良かったんだ。ワンパークという、津波の被害にあった缶詰工場を改装して出来た室内のスケートボード場に集まった小さなスケーター達。夕暮れの場内に流れたはっぴいえんどの「風をあつめて」。そこにはハッキリと「希望」が見えました。

こうして震災を縁にして、石巻という街が俺達にとって大事なホームになりました。いつも彼等の事を想っています。彼等が必要としてくれるなら、またいつでも石巻に駆け付けようと思ってます。今ではもう震災は関係なく、大事な仲間が住む街です。

次にバトンを託すのは、同じ横浜に暮らす仲間、STOMPIN’ BIRDのTOM君です。彼はこの東北ライブハウス大作戦によって建てられた3つのライブハウスにツアーしています。きっと俺なんかより、確かな言葉と想いを綴ってくれる筈です。TOM君頼むね。


奈部川光義(ATATA)
新代田発、FEVER系のロックバンド「ATATA」のボーカリスト。6/1(水)にミニアルバム『JOY』が発売。

Twitterアカウント https://twitter.com/Nabeckhamsenpai
オフィシャル HP http://atataweb.com/

6/04(土) 幕張メッセ
6/05(日) 下北沢ERA
6/11(土) 甲府神金村神スタ広場
6/18(土) 大阪アメリカ村5会場
6/25(土) 札幌TOWER RECORDS PIVOT店
6/26(日) 札幌SPIRITUAL LOUNGE
7/17(日) 下北沢ReG
9/22(木祝) 渋谷TSUTAYA O-WEST

 

 

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