ホワイトボードを使って物理学者に原子の構造を説明する村松拓さん
僕は色々と宇宙に関する本を読むんですけど、中にはすごく難しいことが書いてあって、なかなか理解できないことも多いんです。でも小谷さんは、専門ではない人にも伝わるようなわかりやすい書き方をされていて。想像するに、“わかりやすく伝える”ということをかなり意識的にやっておられるのかなと。専門家とそうではない人との架け橋になろうとしているというか。
そう感じてもらえたのなら嬉しいですね。私は本を読むのが好きで、いろいろと本を読むんですけど、専門書や科学書って、やはり難しい内容が多いじゃないですか。その反面教師じゃないですけど、出来る限りわかりやすく伝えようというのは確かに意識しているところではありますね。
ただ、小谷さんの著書『数式なしでわかる相対性理論』を読ませてもらったんですけど…すごく手ごわかったです(笑)。
あれは実は実験的な本なんですよ。相対性理論の教科書にはいくつか種類あって、特殊相対性理論だけを教える本。ロケットの中では時間がゆっくりになって、物が縮む…それは特殊相対性理論の範囲なんですけど、それだけを教えるという。
でも一般相対性理論を加えると、数式が必要になるので途端に難しくなるんですよ。特殊相対性理論をアインシュタインが発表してから10年後に、アインシュタインがまた一般相対性理論を発表したんですけど、「この10年間でアインシュタインに何があったんだ?」と思うくらい難しくなってるんですよ。その10年間でよっぽど勉強してるんです。
特殊相対性理論は掛け算・割り算・√(ルート)くらいで計算が出来るのに、一般相対性理論は偏微分方程式やリーマン幾何学を使っていて、すごく難しいんです。最初にアインシュタインがそういう方式をぶっ立ててしまったので、一般相対性理論の教科書っていうのはすごく難しいんです。
しかし、一般相対性理論で言っている重力理論…時空にシワがよる…ということも物理と言えば物理なので、一般的な人も理解ができるんじゃないかと私は夢想していたわけです。
例えば我々はキャッチボールをするじゃないですか。キャッチボールというのは、ニュートン力学に基づいた複雑な弾道計算が必要になるわけです。でも我々はそんな計算していないですよね?
同様に考えて、例えばブラック・ホールの近くを光に近いスピードで駆け抜ける生き物が居たとしたら、偏微分方程式なんかを使わずに直感的に運動しているんじゃないかなと想像するんです。そう考えると、数式を使わずに一般相対性理論を理解することも出来るんじゃないかなって前から思っていたんです。
そういう試みで『数式なしでわかる相対性理論』を書いたんですけど…やっぱりなかなか難しいですよね。すみません(笑)。
いやでも、他にもいっぱい相対性理論に関する本を読んだんですけど、他と比べてすごくわかりやすかったです。
2016年2月17日、H-IIAロケット30号機によってX線天文衛星ASTRO-Hが打ち上げられ、「ひとみ」と命名された。かつてない性能のX線観測装置は、新しいX線天文現象を発見し、その謎を解き明かすと期待されている。
提供:JAXA
物理学というのは、根本的には素粒子を見つける学問なんですか?
ああ〜、素粒子を専門に研究している人はそう思ってますね。「素粒子物理学こそ物理学の王道だ」と思ってますよね(笑)。
そういう傾向があって、素粒子物理学は数学がすごく難しいんですよ。
だから物理学の中でも数学がめちゃくちゃ出来る人が素粒子物理学を選ぶんです。エリートの中のエリートっていう雰囲気があって。でも素粒子物理学がどれくらい成果を出しているかというと…(笑)。
さっきヒッグス粒子の話が出ましたけど、量子重力理論というのが今の素粒子物理学の最大のテーマだと思うんですけど、何十年もかかって全然答えが出ていないし。
それは…うーん、数学者の考えることは難しいな…数式を先に作って、それの答えが出ないから「成果がない」ということなんですか?
何が進んでいないかと言うとですね、例えば量子重力というのがひとつの課題なんですけど、それを解くためには新しい数学が必要なんですよ。
でも新しい数学がどういうものかというと、誰も確証を持っていないので、いろいろと試行錯誤している段階である。それと新しい数学そのものが、現在わかっていないということに加えて、本当に難しいんです。チンパンジーに数式が解けないように、我々人類には量子重力理論の数式は解けないかもしれない。
更に難しい点の3つめとして、実験が難しいんです。アインシュタインが一般相対性理論を発表したときに、何でそれが正しいか実証したかというと、太陽の近くをまわっている水星の軌道が1つの証拠になったんです。
水星というのはいちばん太陽に近い惑星なんですけど、水星の軌道はニュートンの万有引力の法則から微妙にズレた軌道なんですよ。
その理由が当時はわからなかったんですけど、アインシュタインの一般相対性理論はニュートン力学のズレを説明できたんですよ。だから実験的に見て正しいと。
あと、光っていうのは重力によって曲がるんですけど、それもやっぱり一般相対性理論の予言と観測が一致したので、一般相対性理論は正しいと。
アインシュタインが一般相対性理論を発表したときは、重力レンズはまだ観測されていなかったのか。
ところが最先端の量子重力理論は、実験がとてつもなく難しいんですよ。例えば粒子加速器で実験しようとすると、現在の加速器とは桁違いの、宇宙サイズのものじゃないと確かめられないんです。だからそこのところで手詰まり感がありますよね。
しかしですよ! 重力波が検出されたじゃないですか。これは期待が持てますよ。なぜかっていうと、アインシュタインの相対性理論だって実験室では実験できなかったけど、水星とか太陽とか、宇宙を観測して確かめられたんですよ。
だから宇宙空間は我々人類がどうがんばっても作ることができないような実験装置でもあるんです。衝突するブラック・ホールとか。だから今まで実験できなかった量子重力の実験が観測できるかもしれないですね。
小谷さんが本にも書かれていたことで訊きたかったことがあるんですが、ダークマターって結局何なんですか?
我々が所属している銀河系は、恒星や惑星・星間ガスの合計よりも、ダークマターの方が質量が多いんですよね?
そうです。太陽になれなかった星がたくさんあると言う人も居れば、未確認の粒子があると言う人も居れば、ニュートリノだと言う人も居ると。
ついこないだまでは、人類に知られていない未知の粒子だと言われていたんです。光も出さないし、電荷も持っていないので電気的な反応もしないので、スカスカ通り抜けるんですよ。
ある。たぶんその説は正しいと思うんですけど、でも…これは勝手な思いつきでしゃべっているのでそれを踏まえてご理解いただきたいんですが…重力波が検出されたじゃないですか。太陽の29倍と36倍のブラック・ホールが合体し、62倍のブラック・ホールになったんですけど(※29と36を足すと62より多くなるが、足りない分は重力波のエネルギーになって放射された)、これがいきなり見つかっちゃったので(※LIGOは2002年〜2010年まで稼働し、その後5年間停止して検出感度を上げるための改良を行い2015年2月に再稼働、同年9月14日にいきなり重力波を検出した)、この現象は我々が考えていたよりも頻度が高いものなのかもしれないんですよ。
ということは、我々が計算していたよりも、目に見えない(観測できていない)ブラック・ホールが銀河系内にたくさんあるかもしれないですよね。
そうすると、ダークマターと思っていた全部の質量がそうではないにせよ、何割かは黙っていたブラック・ホールで説明できるかもしれないなって。ちょっと私、今は思いつきなのでいい加減なことを言ってるかもしれないですけど(笑)。
今後も重力波が検出できるのは、衝突などの極端なイベントだけなので、衝突の回数を数えていったら、たぶん衝突せずにその辺に存在するブラック・ホールの数も推定できると思うんです。そうすると、ダークマターと思っていた何%かはブラック・ホールだと説明できるかもしれないですね。あくまでもこれは現時点の思いつきですけど(笑)。
今日の対談で、宇宙のことに興味を持つ仲間が100人は増えると思うよね。
宇宙の本じゃなくて、元素の本なんですよ(※『知れば知るほど面白い 不思議な元素の世界』)。
118種類の元素が載っているんですけど、その118種類を全部解説している本なんです。
そうなんですよ。日本だと理研で見つかった113番元素っていうのが騒がれていますけど、同時にいくつかが認定されていまして。
というか、新しい元素が見つかるってどういうことなんですか? そもそも、みんな限界まで知ってるんじゃないの? って思っていたんですけど。
その限界はですね、20世紀中に結構早い段階で来ていて。その辺の土を掘り返して見つけることができる元素はあらかた見つけちゃったんですよ。
でも周期表を見てみると空欄が結構あるわけです。空欄の元素を探して、石ころをほじくり返しても全然出てこないんですよ。それで1937年、エミリオ・セグレという物理学者が、空欄の元素を人工的に作っちゃったんです。
テクネチウムという元素なんですけど、それは既に知られている元素に、粒子加速器で原子核をぶつけて核反応を起こさせるんです。そうすると、ほんの僅か新しい元素が出来ましたと。調べてみると、周期表の空欄に当てはまるものだったと。最初は「人工的に作ったものを新しい元素と言っていいのか」みたいな議論になりましたけど、結局それは認められまして。それからはそういう方法がメインになったんです。
でも人工的に作った元素はどれもこれも寿命(半減期)が短いんですよ。テクネチウムは何種類かあるんですけど、いちばん長いものでも1億年なかったはずですね。何百万年とかのはずです(※テクネチウム98の半減期は約420万年)。
地球は46億年前に宇宙のガスや塵が集まって出来たじゃないですか。この辺のテーブルとか我々とかを作っている元素は、そのときにもう出来ていたんです。でももしそのときにテクネチウムがあったとしても、寿命が短いから崩壊しているんです。だからその辺の土を掘り返してもテクネチウムは出てこないんです。
そのことがわかっちゃったから、みんな土を掘り返すのをやめて、新しい元素を作ることにしたんです。
作った元素の中で、テクネチウムは珍しく医学の分野で使われてます。、テクネチウムに変化する元素が骨に吸収されやすい特性を持っているので、注射すると骨に集まるんです。その後、崩壊したテクネチウムが出すガンマ線の写真を撮ると、骨の様子や病巣がわかるんです。
アハハハ(笑)。いや、研究に国が予算を付けるって、すごいことだなと思っていたんですよ。でもそうやって人類の役に立つ研究だったりするんですね。
113番元素なんかは、理研のRILAC(ライラック)という装置を使って作るんですけど、ものすごく高額の装置を何ヶ月間もぶっ続けで動かして、やっと1原子が出来るんです。
そういう意味では役に立たないですけど、周期表の空欄を埋めて人類の知識を広げるという意味では役に立っていますよね。それはさっきも話しましたけど、我々の生活が113番元素を作るためにあるんですよ(笑)。
おもしろいな(笑)。この対談でみんなが興味を持ってくれるといいな〜。すごくロマンがあると思うんですよね。小谷さんのように研究されている方が居て、その研究内容やお話を聞いて僕たちがそこにロマンを感じる。それをみんなに気づいてほしいな〜。
ロマンを感じてくれる人が居ないとサイエンスは成り立たないですからね(笑)。
たっきゅんの受け身の美学 Vol.11(その1)
たっきゅんの受け身の美学 Vol.11(その2)
後半物理関係ないけど映像綺麗でおもしろいよ!!
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