物資を送ってくれたこの沢山の人達の"想い"も、
沿岸の人たちに届けなければいけない
3.11以降様々な状況が一変した。メディアはあまり報道はしないが復興までの道のりはまだまだ遠い。あの時の想いを忘れずに生きたい。
あれから1年と7ヶ月。私の住んでいる奥州市という街は、岩手の沿岸部から車で1時間くらいの内陸部にあります。いつものように仕事場で作業をしていた午後2時46分。普段の揺れとの違いを感じ、すぐさま両親の安否確認と我が子らが通う幼稚園に、グニャグニャに揺れる道路の上を走りながら向かった。幼稚園はパニック状態。あの思い出したくもない数分間。“今日でこの世界が終わるんだ”とさえ感じました。それから2日間は電気が無い生活。スーパーやガソリンスタンドはパニック状態。静寂が生んだ夜の星空が美しすぎたこと、今でも鮮明に脳裏に焼き付いてます。ラジオやTwitterからの情報は「東北沿岸部が壊滅的」など、ガラスの破片が心に突き刺さるようなことばかり。もともと仕事で沿岸の陸前高田や大船渡の人達が開催していた、“KESEN ROCK FES”(http://www.kesenrockfes.com/)に携わっていたので、真っ先にその人たちの顔が頭をよぎりました。すぐに何かしなくてはと思い、ブログやTwitterで物資のお願いをしたところ、全国から驚く程の数の物資が届きました。その中には沢山の応援メッセージもあり、そんな人達の温かい気持ちに、涙を流しながら仕分けをしたのを思い出します。物資だけではなく送ってくれたこの沢山の人達の“想い”も、沿岸の人たちに届けなければいけないと強く感じました。
ある程度物資が集まった時点で、地元の仲間達と共に沿岸部に向かうことに。沿岸部に近付くにつれ、凝視できない光景に打ちのめされる。人々の幸せを一瞬にして奪い取る自然を、ただただ恨みました。なんとか“KESEN ROCK FES”の実行委員でもある、TILITILIの菅野さんと連絡を取り合うことができ、物資を渡して様々な状況などを聞いたが、返す言葉が見当たらず、ただひたすら自分達ができることをしていこうと心に決めました。
その後も全国の皆さんの御協力を得ながら支援物資を届ける活動を続けていたのですが、途中から“物の支援よりも心の支援だな”と感じ、活動の仕方を見直すことにしました。現在も僅かですが活動中です。東京の有志達も定期的に開催してるDJイベントで集めたお金を送ってくれています。まだまだ続く復興への長い道のり。もちろん原発も反対です。子どもたちに不安な未来を残したくありません。最後に一言。今年の“KESEN ROCK FES”は特別でした。きっとあの会場に居た全ての人達の想いは一緒だったのではないでしょうか。音楽がもたらすパワーと可能性、そして人との出会いに感謝です。
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執筆者プロフィール
担当になって2年目です。以前は川崎のCLUB CITTA'にいました。音楽とお酒で生きています。座右の銘は“PEACE”。
現状
東日本大震災におきまして被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げます。
震災当日は帰宅困難者のためにホールを開放し、約100名を迎え入れました。その後はチャリティー公演なども継続的に行われ、募金箱の設置なども行いました。当会場はワタナベエンターテインメントが運営する会場なのですが、弊社としては、震災直後から"WAEプロジェクト"と題し、チャリティープロジェクトを立ち上げ、今もなお、所属タレントが現地に赴き活動を行なっています。
この震災は世界に大きなインパクトを与え、色々な混乱や、システムを大きく変える出来事となりましたが、本来、助け合いで成り立っている世の中に改めて、人と人とのつながりの大切さを再確認させるキッカケになったと思います。
1年が経過し、色々な意味で落ち着きが見られる中、チャリティー活動を継続していくことはもちろん、震災によってなくなってしまった笑顔を、少しでも取り戻していく助力となる、コンテンツ・エンターテインメントを創っていくことも重要だと思います。
メッセージ
表参道GROUNDはお笑いから音楽まで、来た人が笑顔になれる幅広いエンターテインメントを提供しています。ぜひ、一度足をお運びください!
執筆者プロフィール
ピアノはからっきしですが、リスナーとしては年季が入っています。自慢はビートルズの日本公演を見たこと。ボブ・マーリーも見ました! 店名はジョン・セバスチャンの曲からいただきました。
現状
大震災当日のことは今でも忘れられません。Welcome backは地下だったせいか、物理的な被害がなかったことはせめてもの幸いでしたが、当日のライブはもちろん中止。その後10日間前後は臨時休業を余儀なくされました。メンバーが自衛隊員のバンド、実家が仙台のバンドなどキャンセルが相次ぎ、営業的な損害にも大きなものがありました。
自粛ムードを見直そうという気運も自然発生的に高まったとはいえ、その後の停滞気分はぬぐいきれないまま現在に至っているというのが正直な感想です。
店を代表して6月には気仙沼へボランティアに行ってきました。こんなことを言うのもなんですが、一番頭を抱えたのがその後続出したチャリティーに絡めたライブのお申込みでした。1人1人の方の“出来ることを何かしたい”という想いは確かに大変尊いものです。店としてそのすべてを受け止めることが出来なかったことは、今でも申し訳ないと思っています。
メッセージ
色々なライブハウスがあります。システム(ノルマ)もまちまちです。ノルマはいくらか? 持ち時間は何分か? スタンディングか着席か? この辺の確認は必須です。余計なお世話でしょうが自分たちのサウンドや音楽性や、コンセプトに合ったライブハウスを選んでください。
http://www.kagurazaka-explosion.com/
執筆者プロフィール
22歳でエクスプロージョンに入社。出たり入ったりしながら今に至る。
現状
まずは、昨年の東日本大震災により、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
店舗そのものに大きな被害はありませんでしたが、3月11日から1週間ほど全公演がキャンセルになりました。今までにない状況だったため、こういう時にこうすべきだというガイドラインもない混乱した状態で、いくら店舗やイベンター側がライブをやりたくても、お客さんのことを考えると中止せざるを得ない状況でした。現在は震災の影響はほとんどありません。見えないところで影響が出ているのかもしれませんが。
今回、JUNGLE☆LIFEさんから原稿の執筆依頼があったことで、震災時の“普通のことを普通にできない”というやり場の無いストレスを思い出しました。それは忘れちゃいけないストレスだったと思います。被災された方達から見れば、些細なストレスなんでしょうけど。初心に帰るいい機会となりました。色々なことに耐えながら、それぞれができることをやってきた結果、今があると思いますので。
メッセージ
公演を再開する際には迷いもありましたが、通常通り公演をできる現在を幸せに思います。音楽は所詮娯楽であって、なくても困らないものです。とくに大きな災害があった時には最初に切り捨てられてしまうものです。でも我々はこんな時代だからこそ、娯楽を、ここでしか見られないものを提供していきたいと考えています。
執筆者プロフィール
2009年、旧20000V閉鎖から1年後の2010年10月より、旧20000Vに関わった2人によるダブル店長で二万電圧としてスタート。
現状
個人的に震災以降変わったことといえば、仕事や音楽への自分の気持ちです。なぜ自分はこれをやるのか。あの直後、ライブハウス業界も錯綜し混乱したのを思い出します。開催不可能となったイベントのキャンセル料、電気の使用について等。いろんなことろで不謹慎という言葉も耳にしました。あの時、情報というモノの信憑性の無さを実感し、何が正しくて何が間違っているのかは自分で判断するしかないという状況に度々直面しました。それは自分の生き方を提示するということ。売れているモノも売れているように見せられているだけかもしれないし、正しいモノも別の角度から見れば悪かもしれない。そんな中で音楽をやる理由はシンプルで、自分の音楽をただやりたいから。しかし、これをこの先何十年も続けられるようにするには、行動しなければならないことがあります。
メッセージ
二万電圧は色んな意味でパワフルなミュージシャン、お客さんを歓迎いたします。性別、ジャンル、テクニック不問。またやる気に満ちた持ち込みイベントも大歓迎。面白いアイディアがあればご相談下さい。