CHAPTER H[aus]エンジニア 樫村治延の
セルフRECはプロRECを越えられるか? 第70回
前回は、バウンス時の音質変化対策として「マスターレコーダー」の導入案を提示、現行品、中古問わずいくつかの機種を紹介しました。
今回掘り下げてご紹介するマスターレコーダーは、ALESIS ML9600です。
ALESISは、90年代にADATというデジタルテープMTRの爆発的ヒットで一気に知名度が上がったプロオーディオブランドです。現在もデジタルドラムやアウトボード系で、安定した人気を誇っています。
このML9600の特徴は、高スペックながらもイージーオペレーションを実現しているところにあります。ただ、発売された2000年頃には、マスターレコーダーという物を「なんとなくわかるけど、何をどの程度出来るのか」と思っているユーザーが多かったのではないでしょうか。リリースの時期が早すぎた感とでもいいましょうか。
発売当時の定価は25万円、実際店頭での販売価格は19万8千円くらいでした。
機材好きのバンドマンでも、この価格ゆえに手を出しにくいといった話を時々耳にしました。
レコスタエンジニアやフリーのエンジニアの間でも、当時マスターレコーダーはDATを使用するのが定番であり、このような機材がメインになりうる雰囲気は一部を除きあまり感じられなかったと思います。
ML9600は、いったん内蔵ハードディスクに録音したものをCD-Rにコピーする方式をとっています。それゆえに曲間調整や、CDのプレスマスターになり得るRED BOOKのディスクが作成出来ます。(通常のCD-RはORANGE BOOKといい、プレスマスターに使用する規格にはならない)なお、この機材はDDP対応前の発売なのでDDPファイルは作成できません。
特筆すべきは「内臓エフェクターのクオリティーの高さ」です。
コンプ、リミッター、ノーマライズの効き方は、20年前の機材とは思えないほど素晴らしいの一言に尽きます。個人的には最新プラグインよりも効果絶大だと思っています。
中古市場で3万円後半~くらいで見かけることもあるので、興味のある方は探してみてください。
【大学生バンドのセルフREC】
前回メインボーカルとスネアの共存がうまくいったので、今回はキーボード、同期、コーラスといったサブパートを追い込みます。
キーボード、同期とコーラスの音量だけでなく、パンニングにより左右の振り分けとリバーブの奥行きコントロールにとりかかります。
キーボードと同期のパンニングは、バッキングギター、リードギターがそれぞれ左右の端で振り切っているので、それよりも一段階内側に配置します。
コーラスはサビのみなので、メインボーカルのやや左に。
リバーブタイムの短いホールリバーブを、モノラルで「左だけ」「右だけ」という様にかけて、各々のプリディレイタイムを敢えてずらし、さりげないステレオ感を構築します。
タムタム、シンバル系も、立ち位置により「左だけ」「右だけ」のリバーブを少しずつかけます。
最後に、リバーブ成分で一番ダブつきそうな中低音域あたりを、EQで少しカットすることも試してみたいところです。
これらの作業がすべて終わったら、60%くらいの音量でマスターファイルをかき出します。
出来ればバウンスではなく、マスターレコーダーにRECしたいものです。
【今月のちょいレア】FOSTEX NF-4A
名機NF-1Aの改良版として、2008年頃リリースされたパワードモニター。NF-1A、NF-01Aの高域の痛い成分をマイルドに、そしてよりフラットになった実力機。
【今月のMV】eighteen’s gone 「18」
4人組ギターロックバンドのリード曲。学生から社会人への過程のギャップを繊細に表現している。
総合力で勝負できる、現時点最高の意欲作といえよう。
https://www.youtube.com/watch?v=H6qL6zutHQw&feature=youtu.be
【樫村 治延(かしむら はるのぶ)】
STUDIO CHAPTER H[aus](スタジオチャプターハウス)代表・レコーディングエンジニア・サウンドクリエーターWhirlpool Records/brittford主宰。専門学校非常勤講師、音楽雑誌ライターとしても活動。
全国流通レベルのレコーディング、ミックス、マスタリング、楽曲制作を年間平均250曲以上手掛ける。
スタジオについての詳細は http://www.chapter-trax.com/ をご覧ください。
当スタジオで一貫して制作されたアーティスト作品の一部をご紹介します。
エンジニアといたしましては、webや動画ではなく是非「CDで」音質をチェックしてほしい!!!
黒木麓 「ガラモンの繭」
楽曲の良さはもちろんのこと、歌声の中音域倍音のリッチさが魅力の黒木麓のシングル。くるり、サニーデイサービス、真心ブラザーズ、ホフディランあたりが好きな人に是非聴いてもらいたい。
Total Feedback 2020(コンピレーション盤)
シューゲイザーバンドcruyff in the bedroomのハタユウスケ氏が10年以上主催するイベント「Total Feedback」のコンピレーション第三弾。人気シューゲイザーイベントの本質を凝縮しているこのコンピ、今回は台湾からThe Sign of Human、Volcanoの2組が参加。2020年10月全国発売。
A.L.P.S 「Les」
ブルックリン勢が、よりサイケでニューウエーブ寄りにトランスファーしたオルタナバンドのアルバム。個性を前面に出しながらも、キャッチーな要素がベタにならずバランスよく混在する良盤。アニマルコレクティヴ、Tama Impalaなど好きな人は要チェック。
jajauma 「夜に」
メンバー全員が高校生だと感じさせない、作編曲力が冴えわたるシングル。音楽の分析力は、同世代の中でも頭一つ抜きんでている。これからの活躍に期待。
Noel 「Reflect」
2000年前後のLAメロコアバンドエッセンスがふんだんに感じられるマキシシングル。MVのファーストインプレッションがじわじわと脳裏に浸透するような中毒性をはらんでいる。当スタジオではマスタリングを担当。