福岡県を中心に活動するバンド、迷いクジラ。幼い頃から十数年クラシック音楽を学んできたというVo./G.石下谷温美が2015年に友人と共に結成するも、メンバーの脱退を経て現在はサポートメンバーを加えた編成で活動している。2019年9月には、1st EP『HAIGONIUMI』をリリース。まだ全国的な知名度はないバンドだが、爆音の中でもまっすぐ届いてくる石下谷の伸びやかな歌声、そして耳に残る言葉とメロディに心惹かれる人は少なくないはずだ。サウンドにはUSインディやオルタナの匂いを漂わせつつ、童謡的な和メロが印象的な歌では日本人の郷愁を呼び覚ます。そして、どこかに残る違和感が中毒性を生むという、その不思議な魅力の根源に迫る初インタビュー。
「“不幸も自分で選んでいる”というか。“あきらめ”じゃなくて、“選択”(の結果、ここにいる)という感じなんですよね」
●石下谷さんは、幼少時から十数年クラシック音楽を学ばれてきたとのことですが。
石下谷:そうですね。3歳からピアノを習っていて、高校から声楽を始めました。その後で音楽系の短大に進んだんですが、そこまでは声楽をやっていましたね。
●子どもの頃はどんな音楽が好きだったんですか?
石下谷:童謡みたいな日本歌曲が好きでした。
●そういった音楽を好きになったキッカケとは?
石下谷:最初に好きになったのは、中学校の時の合唱からでした。それまでも童謡は大好きだったんですけど、そこから合唱曲にハマって。合唱曲ばかり聴いていた時期もありますね。
●当時流行っていた音楽などは聴いていなかった?
石下谷:中学生の頃は、あまり他の音楽を聴いていなくて。高校生になってから友だちに教えてもらって、少し聴くようになったくらいですね。18歳くらいから、後追いで自分の世代の音楽も聴くようになりました。
●ロックと初めて出会ったのは、中学2年生の文化祭で観た銀杏BOYZのコピーバンドのライブだったそうですね。そこで大きな衝撃を受けたんでしょうか?
石下谷:大きかったですね。バンドの音自体もそうですけど、そこまで大きな音を生で聴いたことがなかったから…ちょっとビックリしました。
●カッコ良いと感じた?
石下谷:“カッコ良い”というよりは、よくわからなくて…。“うわっ、ええ~!”みたいな感じでした。音の大きさに驚愕したというか。大きな山を初めて見た時みたいな感覚かな。
●そこで衝撃を受けつつも、実際にバンドを始めたのはもっと後なんですよね。
石下谷:今から5年くらい前ですね。大分の学校を卒業して、福岡に引っ越してきてから1年後くらいにバンドを始めました。
●バンドを始めたキッカケは?
石下谷:元メンバー(Dr./Cho.金丸晴音)と一緒に大分から福岡に出てきたんですけど、その子がバンド好きだったんです。彼女から教えてもらった曲も多くて、福岡に出てきた頃にはもう色んな音楽を聴くようになっていましたね。その子が「バンドをやりたい!」と言ってきたので、「いいよ~」みたいな感じで始めました(笑)。
●それまで自分でバンドをやりたいと思ったことはなかったんですか?
石下谷:福岡に来てからライブにも行くようになったんですけど、自分でやりたいとは全く思っていなかったですね。その子に“バンドがやりたい”と言われた時に初めて、“自分でやるっていう考え方もあるんだな”と気づきました。
●最初は元メンバーの金丸さんと2人で始まったと。
石下谷:元々、私は歌う気がなかったんです。だから最初は私がピアノを弾いて、元メンバー(※金丸)が歌っていたんですけど、“全然良くないな”となって。その子は和太鼓を元々やっていたというのもあって、“ドラムを叩けるんじゃない?”という感じでやらせてみました。
●ドラムとピアノのデュオ編成だったんですね。
石下谷:最初はそんな感じでした。当時はまだ私もギターを持っていなくて、歌ってもいなかったです。
●曲はどうしていたんですか?
石下谷:曲は、私が書いていました。
●あ、いきなりオリジナルだったんですね。
石下谷:そうですね。コピーをしたことがないんです。
1st E.P『HAIGONIUMI』 トレイラー
●当時はピアノで曲を作っていた?
石下谷:はい。今作のM-1「アップロード」も当時、ピアノで作りました。
●結成当初から、やりたい音楽のイメージはあったんでしょうか?
石下谷:初期はメンバー2人で話し合いをする機会が結構あって。スタジオにもあまり入らずに“何がやりたいか”ということをよく話し合っていました。もう今はいなくなってしまったメンバーなんですけど、当時はすごく仲良しで一晩中、家で一緒に踊ったりしていましたね(笑)。そういう中で、何となく方向性が決まっていった気がします。
●どういう方向性だったんですか?
石下谷:ダンスミュージックではないんですけど、2人ともちょっとイモくさいダンスを踊るので…。今の迷いクジラの曲もちょっと田舎くさいというか、垢抜けない感じが自分の個性なんじゃないかと思っているんです。最近も思うんですけど、私の曲にはどうやっても抜けない田舎っぽさがあると思うんですよね。
●それが自然と迷いクジラの色になっているわけですね。たとえば“こういうバンドのような音楽がやりたい”といった話にはならなかった?
石下谷:バンドを始めてから、そういう話は全くしたことがなくて。2人の趣味も違ったし、むしろお互いの好きな音楽があまり好きじゃなかったから。人から“~っぽい”と言われても、自分ではよくわからないんですよ。
●趣味も好きな音楽も違う2人が一緒にやる上での、共通項はどうやって見つけていったんですか?
石下谷:そこは結構…暴力的な感じでしたね。
●暴力的…!?
石下谷:元々は仲が良かったんですけど、スタジオに入っている時は仲がすごく悪くて。いつも怒鳴り合いだったり、ケンカをしている中で曲ができていく感じでした。
●今作で一番古いのは「アップロード」?
石下谷:この中では「アップロード」ですね。一番古い曲でもありますし、やっぱり思い入れが一番ある曲なのかなと思います。
●それもあって1曲目にしたんでしょうか?
石下谷:今作のレコーディングをしている途中で、メンバー(※金丸)が抜けることになったんですよ。だからドラムは、その子が叩いたものを使っていて。曲順は私が決めたんですけど、考えている時になんか寂しくなっちゃったので1曲目に「アップロード」を持ってきました。
●全体に統一感はありつつも、どれもどこか違うタイプの曲になっているのは、趣味の違う2人がスタジオでぶつかり合いながら作ったからなのかなと思いました。
石下谷:そうですね。バイオレンス的な作り方をしたので(笑)、どの曲もイライラしながら作っていて。平和なんてほど遠くて…本当に小さな紛争をしながら、どうにか救われたいような気持ちで作っていた気がします。
●そんなにイライラしていたのか…(笑)。どの曲もメロディや歌詞の言葉が耳に残るところが共通点かなと。
石下谷:そう言っていただけると嬉しいです。基本的には、言葉とメロディが一緒に出てくることが多くて。どちらかが先に出てくるということはなくて、いつも一緒に出てくるんですよね。
●初期からそうやって曲を作っていた?
石下谷:最初からそうでした。私は普段から思ったことをメロディに乗せてしまうクセがあって。周りの人から「うるさい!」とか言われて、疎ましがられるんですよ(笑)。そのノリで、曲も作っている感じですね。
●そういう意味では、歌詞にはその時々に考えていたことが出ている?
石下谷:そうですね。見たものを曲にすることが多いかもしれないです。
●そんな中でも「アップロード」だけは、歌詞が特に抽象的な感じがして。“僕の部屋には魔物がいてね シネマの中の欲情ピエロ”という部分は、映画の中の情景を描いているのでしょうか?
石下谷:というより、これは(自分のことを)自分じゃないような感じで見ているというか。俯瞰しているような歌詞ですね。
●ということは、“魔物”というのは自分?
石下谷:…はい、恥ずかしいですけど(笑)。
●あと、最後の“当事者だけで決めないで”というフレーズもすごく耳に残りました。
石下谷:これは“怒り”が近いですね。ふわっとしていて、言いたいことは自分の中にないんだけど、“何か言ってやりたい!”という感じで書きました。言いようのない怒りというか。
●そういう言葉にできない“怒り”の感情も、創作の根源になっているのでは?
石下谷:そうかもしれないですね。普段はあまり怒ることがないんですけど、曲を作る時は何かしらに怒っていることが多くて。感情が高ぶっていて、自分でも何を言いたいのかわかっていない時が多いですね。
●人前で怒ったりはしないけれども、日頃からイラ立ちを感じる時はあるんでしょうね。
石下谷:そう…みたいですね。
●まるで他人事みたいな(笑)。
石下谷:それで言うと今、バンドをしていることすらも他人事みたいな感じがしているんです。他人がやっていることのような…、あまり自分のことだと思っていないところがあるかもしれないです。
●そこも俯瞰で見ている。
石下谷:あと、当時は元メンバーの怒りとかの感情を全部吸収していたんだと思います。私は他人から影響を受けやすいんですよね。特に怒りの影響を受けやすくて、人が怒っているのを見たり聞いたりすると、自分が怒っているように感じてしまうんです。そこから曲を作ることが多いですね。
●他人の怒りに影響を受けて、曲が生まれると。
石下谷:逆に人が喜んでいることからも、同じように影響を受けていて。本を読んでいる時もそうですね。人から話を聞いたり、本を読んだりして感じたことから曲を作っている気がします。
●自分自身の体験というよりは、誰かから聞いた話に自分を重ねているというか。
石下谷:そうですね。共感だったり、反感だったり…両方あると思います。
●Twitterでは、川を眺めているとよくわからないポエムが浮かぶと書かれていましたが、そこからも曲が生まれたりする?
石下谷:川は、ちょっとヤバいですね。まず川に行くと、目を細めてしまうんですよ。目を細めると脳みそがキュッとなって、視界が狭まるというか。視界を狭めて川を眺めていると、歌を詠むような感じになっていくんです。川は、どんどん流れていくのが最高で…。どんどん流れていくのは、川だけな気がします。
●海はまた違う?
石下谷:海は、寄せては返すじゃないですか。でも川はただ流れていく。
●確かに、基本的には上流から下流に流れていきますね。M-3「よるはうみ」という曲もありますし、作品タイトルも『HAIGONIUMI』なので、海にこだわりがあるのかなと思っていたのですが。
石下谷:そうかもしれないですね。川の最後が海だから。
●川が流れて行き着くところが海だと。
石下谷:はい。行き着く場所とか、終わりの曲ばかり書いているかもしれないです。その中でもM-2「ひかりをあつめる」だけは、未来について書いている感じがしますけどね。”いつかは会いにいくよ”と歌っているから。
●確かに。タイトルの『HAIGONIUMI』には、どんな意味を込めているのでしょうか?
石下谷:これは海を背にして、川に流されているようなイメージですね。その時、川を毎日眺めていたというのもあって、“流されたい”とか“流出したい”と思っていたんです。
●海に流れ着いたら、そこで終わり? それともさらに流されていく?
石下谷:流れる…でしょうね。それか、打ち上げられるか。“迷いクジラ”って、そういう意味じゃないですか。
●あ、バンド名ともつながっているんですね。
石下谷:はい。そういう意味もあって、『HAIGONIUMI』にしました。“海に行くか、打ち上げられるか”っていう感じですね。
●ただ、それもネガティブなだけの言葉ではないのかなと。
石下谷:そうですね。M-4「終着」の“待ちこがれた絶望の淵 ずっとここに来たかったみたい”という歌詞が、自分では気に入っていて。この歌詞ができた時に、自分の中でストンと落ちたような感覚があったんです。“不幸も自分で選んでいる”というか。“あきらめ”じゃなくて、“選択”(の結果、ここにいる)という感じなんですよね。
●あきらめてきた先の末路ではなく、全て自分で選んできた結果として今がある。
石下谷:そうですね。…うん、選んでいます。
●今日お話しした印象として、心の深い部分に暗さは持ちつつも、それを前面に出すタイプの人ではないように感じました。
石下谷:全体的な割合では、暗さが多くの部分を占めていると思うんですよ。でも明るさを絞り出せるということは、たぶんそれも持っているんでしょうね。暗さは自分のためにあって、明るさは人のためにあると思うんです。だから、できるだけ明るさの部分は曲にしたいなと思っています。
Interview:IMAI
Member:Vo./G.石下谷温美 |
1st EP 『HAIGONIUMI』 ギューンカセット CD95-81 ¥1,600+税 NOW ON SALE Official Twitter |