優勝者は3万人を動員するドイツの野外フェス“タウバタール・フェスティバル”で演奏できるという世界最大級のライブコンテスト、“エマージェンザ・ミュージック・フェスティバル”。その2015年日本大会で優勝を果たしただけでなく、その後のドイツ大会でも優勝し、ヨーロッパツアーの権利も勝ち取ったのがninja beatsだ。ウクレレとヒューマンビートボックスという、特異な組み合わせの2人組ユニットである彼ら。そこに加えてループマシンやDJ機材を駆使することで、既存の音楽ジャンルに囚われない変幻自在なサウンドを創りだしている。世界一の栄冠に輝いた2人の背景にあるものと目指す理想とは…?
「1つの理想形が見えたというか。あの光景が今でも脳裏に焼き付いているから。エマージェンザの最後に見た光景を、今度は自分たちで作りたいですね」
●ninja beatsは2014年4月に結成して、その翌年にはエマージェンザの世界大会で優勝しているんですよね。最初から海外でやりたいという気持ちが強かったんでしょうか?
YUYA:元々、海外で何かしら活躍したいという想いはありました。当時は学生だったからこそ、そういう“野望”的な発想も生まれたのかもしれないですね。でも最初から“何かの大会で優勝したい”とか“デビューしたい”という目標があったわけではなくて。
SHIN:“海外でライブをしたい”っていう漠然とした想いは、2人ともにありましたね。それが結成する理由の1つにはなったと思います。だから結成した年の夏に、いきなりニューヨークに行ったんですよ。
●すごい行動力ですね…。
SHIN:あの時のパワーって、やっぱりすごかったなと。
YUYA:僕はまだ当時10代だったので、恐いもの知らずなところもありましたね。あとは、純粋な好奇心という部分もあったのかな。
●好奇心?
YUYA:元々は海外の人がヒューマンビートボックスをやっている映像を見たのがキッカケで、独学で会得していったんです。それもあって“海外の人はこういうのが好きなんだ”というイメージは持っていたので、“ニューヨークとかでやれたら気持ち良いんだろうな”と思っていたんですよね。お客さんの反応も想像できるというか。逆に日本だと「あ〜、ボイパ(※ボイスパーカッション)ね」みたいな反応だけで終わってしまうところもあって。だから今までに感じたことのない感触を得たくて、ニューヨークに行ったというのはあるかもしれない。
●そもそもヒューマンビートボックス+ウクレレという編成になった理由とは?
YUYA:元々はSHINさんから、声をかけてくれたんです。海外でも日本でも、ヒューマンビートボックスと楽器が一緒に演奏されること自体があまりなくて。そういう意味でも“何か新しいことをしてお客さんを盛り上げたい”っていう気持ちが芯にあって、一緒に始めましたね。
SHIN:僕はウクレレを中学生の時からずっとやっていたんですけど、それだけだと世界が広がらないなと思っていて。だからバンドと一緒にやったり、三味線と一緒にやったりしていたんです。そういう経験が土台にあったので、誰かとコラボすることにも抵抗はなかったんですよ。でもYUYAに初めて出会った時は「何かヤバいのが来たな」と思いましたね(笑)。
●初めて出会った時に衝撃を受けたと。
SHIN:僕のいた音楽サークルにYUYAが後から入ってきたんですけど、そこはオールジャンルで何でもアリだったんです。それでスタジオへ一緒に入ってみたら、バチッと決まった曲があって。そこから「ライブしたいね。海外でもやりたいよね」という話になって、「じゃあ、2人のユニットにしちゃおうか」みたいなところから始まりました。
●その瞬間から海外でも受けるだろうという感覚があった?
SHIN:いや、最初は遊びに近い感覚で始めたので、“ウクレレとヒューマンビートボックスだから海外でも受けるだろうな”みたいな気持ちはなかったですね。それよりもお互いに変わった者同士だから、“バンドと一緒にやるんじゃなくて、この2人で一緒にやったほうが面白いな”という感覚のほうが強かったです。
●音楽性は活動する中で固まってきた感じでしょうか?
YUYA:そうですね。最初は単純に“ヒューマンビートボックス+ウクレレ”っていう感じで。今では色んな機材を使っていますけど、元々そういう発想はなかったんです。
●色んな機材を使うようになったキッカケは?
YUYA:当初は僕がルーパーを1台使ってビートを重ねるだけだったんですけど、やっぱり今までにやられていないことをしたいなという想いがあって。そこで“2人で同時に音をループさせている人たちは世界的にもいなんじゃないか?”という話になったんです。その結果として今はSHINのウクレレもルーパーに入れて、2人で同時に音をループさせるっていう他にはない独特なスタイルになりました。
●“エマージェンザ・ジャパン”の予選に参加した時は、既にそういうスタイルだったんですか?
SHIN:実は、今の形態になったのはエマージェンザがキッカケで。バンドと戦うとなると、ウクレレとヒューマンビートボックスだけでは音圧で絶対負けてしまうんです。そこから“ウクレレもループしよう”となったんですよね。
●今のスタイルにつながるキッカケがエマージェンザだった。
SHIN:でも楽器だけだと盛り上がりに限界があるなと思ったので、“だったらボーカルを入れてみよう”とか“三味線を入れてみよう”となっていって。そこから決勝まで勝ち進んでいく中で、“もっと全体にエフェクトをかけたほうが良いな”とか色んなアイデアが積み重なって発展していったんですよ。
●エマージェンザで勝ち進むごとに進化していったと。
SHIN:“いかにしてバンドを相手に戦うか?”というのは、かなり意識して考えましたね。普通はヒューマンビートボックスがバンドを相手にやることもないし、ウクレレ奏者がデスメタルバンドと一緒にやることもないから。エマージェンザで勝ち進むために進化せざるを得なかったという感じですね。でもそれが結果として楽しくなっちゃって、今は機材マニアみたいになっていますけど(笑)。
YUYA:DJよりも機材が多いっていう(笑)。
●状況に合わせて、自分たちのスタイルを柔軟に変化させられるのも強みなのでは?
SHIN:ninja beatsのコンセプト自体が、“変化”だから。忍者って“変化の術”とか使うじゃないですか。自分自身が変わらないといけないと思っているところもあって。ヒューマンビートボックスが単なるボイパだと思われているところも変えていきたいし、自分の楽器に関しても“ウクレレでこんなシンセサイザーっぽい音が出せるんだ!”とか、そういう認識の変化をもたらしたいなとずっと思っていたんです。そのための最短ルートが大きな場所でやることだと考えていたので、エマージェンザ以外にも色んな大会に出ていました。
●他の大会での結果はどうだったんですか?
SHIN:決勝まではどれも行くんですけど、なかなか優勝できなくて。エマージェンザが、3度目の正直でした。
●エマージェンザの日本大会で勝つために、何か意識したことはありますか?
SHIN:いかに自分たちが呼んだお客さん以外の層を取るかというところが、一番重要だと思っていて。(日本大会では)やっぱりお客さんも「こいつらを海外に送っても大丈夫かな?」っていう見方をすると思うんですよ。だから和服を着たりして、海外を意識したパフォーマンスはしていましたね。
YUYA:多少なりともありましたね。僕らみたいな編成が出てきたら、お客さんの目を引くだろうなっていう。
●バンドの中に混ざって出場することに不安よりも、自信を感じていたんですね。
YUYA:そうですね。僕らがその中でも特に意識したことは、お客さんを飽きさせないっていうことで。お客さんを惹き付けるための工夫として、曲によっては三味線を入れたり、ボーカルを入れたりするようになったんです。
●ステージ上に違うエッセンスが加わることで、観ている側を飽きさせない。
SHIN:どうしても見慣れてしまうから、“飽きさせない”っていうことは常に意識していました。あとは、過去に出演したアーティストのデータを調べたりもして。決勝は非公開なんですけど、予選から準決勝までは(各参加者が)どれくらい呼んでいるのかがわかるんですよ。そこから“対戦するバンドはこのくらいの動員だろうから、自分たちはこれくらい呼べば決勝に行けるだろう”みたいなことを逆算したり、緻密に計算しましたね。
●お客さんを集めるための工夫はどういったことを?
SHIN:やっぱり学生だったということもすごく大きくて。僕らは早稲田大学に通っていたんですけど、大学内でダンスやパフォーマンスのコミュニティが根付いているという環境もすごく大きかったですね。そういう人たちは、コラボするのが好きなんですよ。僕らは色んな人たちとコラボしまくったので、その中からライブに来てくれた人もたくさんいたんです。キャンパス内でのストリートライブをゲリラ的にやることで認知を広めたりもして、学生ならではの強みは活かせましたね。
●とはいえ集客するにはかなりの努力が必要なわけで、大変な部分もあったのでは?
SHIN:よく言うんですけど、エマージェンザは“頑張れば頑張るほど美味しい大会”だと思うんですよ。勝ち進む中でスタッフにアドバイスをもらえたりもするし、優勝すればドイツにも行けるし、そこで勝てばヨーロッパ・ツアーにまで行けたりする。本当に、頑張れば頑張るほど報われる大会だと思っていて。かといって、人をいっぱい呼んだから勝てるっていうわけでもないんですよね。最後の決勝は、審査員のジャッジで決まるから。
●その日本大会の決勝でも勝てる自信はあったんですか?
YUYA:自信はありましたね。自分の中でも“やれることはやったな”という印象があったから。“正直ここまでやったなら、優勝できなくても得るものはあったな”という感覚だったんですよ。“お客さんもこんなに楽しんでくれているし、もう思い残すことはない”っていう感じでした。結果的に優勝できた時は、“マジか!?”っていう…。
●一瞬、信じられなかった?
YUYA:そうですね。“優勝できたんだ…?”みたいな。最初、僕は気がついていなかったんです(笑)。
SHIN:「優勝はninja beats!」ってアナウンスされた時も、YUYAは1人だけキョロキョロしていて。後からその場面の動画を見返すと、優勝してスタッフとハグしたり握手したりしているんですけど、YUYAはいまいちよくわかっていない顔をしているのがめっちゃ面白いんですよ(笑)。
●そこまで祝福ムードなのに、本人は気付いていなかったんですね(笑)。
YUYA:最初に聞いた時は集客が1位だっただけだと思っていて。「…で、優勝は誰なの?」とか思っていたんですよ。ヤバいですよね(笑)。
●ハハハ(笑)。その後で進出したドイツの世界大会でも優勝を果たしたわけですが。
SHIN:バンドの紹介を各国のスタッフがやるんですけど、日本のMCを務めるTAKAさんがめちゃくちゃ上手くて。オーディエンスをかなり盛り上げてもらってから、自分たちの演奏を始められたというのはすごく大きかったですね。
●スタッフの力も大きかったと。
SHIN:本当に全てが上手く行ったかというか。時間帯もすごく良くて、お客さんたちはお酒も良い感じに入っていて。自分たちの前に出たバンドもかなり盛り上がっていたし、すごく良い状況だったんですよね。やっぱり気持ち的な部分で、パフォーマンスも変わってくるものだから。
●動画で見ましたが、本当に大盛り上がりでしたよね。クラウドサーフが起きたり、失神する人もいたとか…。
YUYA:日本ではあまり見られない光景ですよね。
SHIN:そういうものを早い段階で見られたということが良かったですね。そこで1つの理想形が見えたというか。次はそういうところに自分たちの力で行けたら良いなと思っています。
●世界大会の決勝と同じくらいの光景を、自分たちのワンマンライブでも生み出していきたい。
SHIN:それができたら、最高だなって思います。あの光景が今でも脳裏に焼き付いているから。エマージェンザの最後に見た光景を、今度は自分たちで作りたいですね。
Interview:IMAI
Assistant:平井駿也
■エマージェンザ告知文言
“エマージェンザ・ジャパン2018”出場者募集中!
応募・詳細はコチラ→http://www.emergenza.net/
■副賞の告知文言
副賞決定! 優勝者には、 STUDIO CHAPTER H[aus]にて
1日10時間のロックアウトで2日間のレコーディング進呈。
STUDIO CHAPTER H[aus]…来年20周年を迎える茨城県日立市のレコーディングスタジオ。
機材はもちろんのこと、壁の素材や建物の設計、電源周りまでにこだわり抜いたエンジニア樫村治延氏のノウハウが詰まったスタジオには、その“音”を求めて県外はもちろん海外からも多くのミュージシャンやクリエイターが集まる。
http://www.chapter-trax.com/