音楽メディア・フリーマガジン

黒岩あすか

世界中にあるひとりぼっちの夜に“おやすみ”を届ける密やかな絶唱

1996年2月に大阪で生まれたシンガーソングライター、黒岩あすか。ささやきのようでささやきではない、むしろ絶唱とも言うべき彼女の歌声は他の何にも似ていないものだ。ガットギターの弾き語りによって紡ぎだされる言葉と音は、揺らぎながらもそっと心の奥深くへと入り込んでくる。まるで一音一音全てに意味があるかのごとく響き渡る、かけがえのない大切な音楽を収めた『晩安』という名の1stアルバム。この密やかにして稀有なる名作が、届くべき人のところに届いて欲しいと切に願う。

 

「夜って誰でもひとりぼっちになっちゃうので、そういう人に“おやすみ”をあげたいなと思って。その人がもし深い海の底にいるんだとしたら“引っ張りだしてあげたい”という想いはあって作りましたね」

●学生の頃は顔を見られたくなくて、トーマスのお面を付けて授業を受けていたそうですが…。

黒岩:そうなんですよね。私は顔を見られるのがすごく苦手で、高校生の時はお面を付けて自転車登校していたんです。担任が生活指導の先生だったので、没収されたりもしていました。

●先生から見れば、フザけているようにしか見えないですよね(笑)。

黒岩:「何だ、お前は?」みたいな感じですよね(笑)。学校にあんまり仲良い人もいなくて“面白くないな”と思っていたので、自分の中で楽しむためにそういうことをやっていて。たとえば“こどもの日”だったら鯉のぼりを持ってきたりして、私なりに遊んでいたんですよ。

●今では、顔を見られても平気?

黒岩:今はもう精神を鍛え上げた感じです(笑)。

●何かキッカケはあったんですか?

黒岩:ライブをやるようになってからですね。…でもライブの時も、前をあんまり見れないんです。

●人が苦手だったりする?

黒岩:元々は苦手で…ひきこもりだったんです。未だに電車も誰かと対面で座るのが苦手なんですけど、前よりはマシになりましたね。

●そんな黒岩さんがライブをしようと思ったのは、なぜなんでしょう?

黒岩:私は本当に人と喋るのが苦手で、家族とも喋らないくらいだったんですよ。それでずっと部屋にひきこもっていたんですけど、“このままじゃ死ぬな”と思って…。そういうところから、なぜかライブをしようと思ったんですよね。

●ギターを弾き始めた当初から、歌も自分で歌おうと思っていた?

黒岩:最初は自分が歌うことになるとは思っていなかったです。バンドがやりたいなと思っていたんですけど、“一緒にやる人がいないな…”となって。“じゃあ、自分で曲を作って歌おうかな”という感じでした。元々、誰かの曲を見よう見真似で歌ったりはしていたから。

●たとえば誰の曲を歌っていたんですか?

黒岩:浅川マキさんとか村八分だったり…そのあたりです。

●そういう音楽を知ったキッカケとは?

黒岩:キッカケはいまいち思い出せないんですけど、15〜16歳くらいの頃から聴いていて。何かしらの音楽を聴きたいと思った時があって、古い音楽雑誌を見たり、webで検索したり、レコード屋さんに行ったりはしましたね。それでそういう音楽を、部屋にひきこもってどっぷり聴いていました。

●なるほど…。今作『晩安』を聴いた時に、どんな音楽に影響を受けたのかが掴めなくて。何者にも似ていない気がしたんです。

黒岩:たまに言われます。

●ここまで話していて気付いたんですが、歌う時だけではなく普段から“ささやき声”に近いんですね。

黒岩:これでも今日はめっちゃテンションが高いほうですよ(笑)。でも声が聞き取りづらいらしくて、車道の近くで話しているともう何を言っているのかわからないみたいです。よく「えっ?」って聞き返されますね。

●歌い方も意図しているわけではなくて、自然とささやき声のような感じになっている?

黒岩:自然…だと思います。最初はどう歌ったら良いのかわからなくて、もっと声を張って、大きな声で歌おうとがんばったりもしていたんですよ。でも“私には無理だな…”と思って。

●それで今の歌い方に辿り着いたと。

黒岩:ギターにしても普通だったら同じテンポでみんな弾くと思うんですけど、私の中にあるペースがゆっくりなんですよ。人とはペースが違うのか、ちょっと遅いんです。あと、同じテンポを続けることも難しいんですよね。でも自分のペースを崩したら、良くないものができちゃうなと思って。だから自然とギターをゆっくり弾くようになったり、こんな歌い方になったりしたのかもしれない。

●演奏するごとに毎回違ったりもするのでは?

黒岩:自分では毎回同じようにやっていると思い込んでいるんですけど、ちょっとギターが変ったり、テンポが早くなったり遅くなったりはしていると思います。だから、ふらふらしている感じに聞こえますよね(笑)。

●自然とゆらぎが生まれている気がします。曲自体もいわゆる普通の“Aメロ〜Bメロ〜サビ”みたいな構成になっていないというか。

黒岩:知識がないんですよね。“Aメロって、どこですか?”っていう感じです。

●そういう知識がないから、逆に自分なりに作るしかないわけですね。

黒岩:普通は音楽をやっている人って、基礎的な知識はあるじゃないですか。でもそういう勉強をしようとしたらイライラしてきて、やりたくなくなっちゃうんですよ。それだったら何も知識がない状態でやってみれば良いやと思って。だから「このコードを弾いて」と言われても、“どうやるんだろう…?”みたいな感じです。

●コードを覚えて、ギターを弾いているわけではない。

黒岩:“ここを鳴らしたらきれいだから、鳴らしておこうか”みたいな感じで。パッと感じたままにやっているだけというか。“ここ、きれい!”と思って、次に別のところを弾いてみたらまた“あ、良いなぁ”となったりして。絵を描いているような感じですね。色を付けていって、だんだん完成させていくんです。

●1曲1曲そうやって絵を描くように作っている?

黒岩:どうだろう…? “曲を作ろう”と思って作ることは少なくて、“何か歌いたい”となった時にギターを弾いてみるんです。それで“あっ、これ良いな!”と思ったら、そこに“言葉を付けてみよう”という感じで作っています。

●曲を先に作ってから、歌詞を載せていると。

黒岩:大体、歌詞が後ですね。歌詞を考えるのが苦手なんです。音は頭の中に浮かんだりするんですけど、歌詞を書こうとなると“どうしようかな…”という感じになってしまいます。

●音が頭に浮かんだところから、曲が生まれていく?

黒岩:私は音にすごく敏感で。右耳が聞こえないんですけど、逆に左耳はすごく良いんですよ。嫌な音を聴いちゃうと気分が悪くなったりもするし、音で空気を読もうとしたりもしていて。だから、先に音からじゃないと嫌なんです。歌詞を書く時も、声に出して言ってみながら考えるんですけど、その言葉で発生した音で決めたりしています。

●まずは音重視で、言葉や歌詞の意味は後から考えている感じでしょうか?

黒岩:まずは言葉がバーッと出てきたいように出していって。自分ではその時には気付いていないんですけど、後から“私はこういうものが作りたかったのかな”と気付いたりもするんです。自分の中の“知らない自分”が出てきて、“あっ!”て気付くことがあるんですよね。だから言葉を出すのって大事だなと、最近すごく思います。

●自分の思っていることが、歌詞に出ていたりもする?

黒岩:自分は不器用な人間で話すことも苦手なので、歌詞にすれば何か伝えられるかなとは思っていて。ちょっと抽象的な言い方にはしますけど、そういう気持ちで作っていたりはします。

●伝えたいことはあると。曲によっては風景を描写しているような感じもあるなと思ったんですが。

黒岩:歌詞にしたら風景に見えるかもしれないんですけど、そこにもちょっと意味があったりはして。たとえば“めっちゃ好き”みたいなわかりやすい歌詞のラブソングってありますけど、そういう音楽を自分はちょっと聴けなくて。“生活の一部”みたいなものが作りたいなと思っているんです。

●というのは?

黒岩:たとえば“桜が散っていて、春の空気になってきたなぁ”みたいな、そういう感じの音楽ができたら良いなと思います。私がひっそりと誰かの生活に入り込めたら良いなっていう感じですね。だから、そういう表現になっているのかもしれないです。

●今作の曲間に色んな自然音を入れて挟んでいるのも、日常の中に音楽があるというイメージなのかなと。

黒岩:そうですね。自分は目立ちたい人間ではないんですけど、普通はステージに立つ人やテレビに出ている人って華やかな場所で活動して目立っているイメージがあるじゃないですか。でもそういう人たちもひとりひとりがしんどいことやつらいこと、うれしいこととかがありながら生きていると思うんですよ。そう考えたら、どれだけ目立っている人でも人間はみんな同じ位置にあって。私ももちろん一緒で、みんな生活している。自分はその生活の中にひっそりと存在しているような人でありたいんです。

●目立つ存在になりたいわけではなくて、日常の中にさりげなくあるようなものになりたいというか。

黒岩:そうです。道を歩いている時に、風がふわっと吹いてきたような感じで“いる”…というか。

●風は“吹いてきた”ことを感じられるものであるように、自分の音楽を聴いた人に何かを感じさせたい/届けたいという想いはあるということですよね?

黒岩:そうですね。あります。

●そういう想いがあるから、曲を書いたり歌ったりしているんでしょうね。

黒岩:そうですね。何というか…このアルバムを作った理由にもなるんですけど、自分は部屋にひきこもっていた頃、夜も眠れない人だったんですよ。だから自分には、“おやすみなさい”という言葉がなかったんですよね。

●そのくらい眠れなかったと。

黒岩:でも“自分はこのままでは死んでしまうんじゃないか”と思って、曲を作ってライブをするようになっていって、今ではやっと夜に眠れるようになったんです。“おやすみなさい”も言える状態になったので、じゃあ今度は(自分以外の)眠れない人やしんどい人がひとりで聴いた時に何かを感じて欲しいなと思って。それで中国語で“おやすみ”という意味の『晩安』というタイトルのアルバムを作りました。

●最初からそういう作品にしたいというイメージはあったんでしょうか?

黒岩:最初は自分の中でも、あんまりよくわかっていなかったんです。でもスタジオに入って録音していったものを聴いて、“あっ、私はこういうことがやりたかったんだ”と気付いたというか。夜って誰でもひとりぼっちになっちゃうので、そういう人に“おやすみ”をあげたいなと思って。別に夜以外でも聴きたいタイミングで聴いてもらって良いんですけど、その人がもし深い海の底にいるんだとしたら“引っ張りだしてあげたい”という想いはあって作りましたね。…なんか偉そうですけど、勝手にそう思って(笑)。

●深いところに落ち込んでいる人を、自分の音楽で引っ張りだしてあげたい気持ちがある。

黒岩:そんな力はないかもしれないですけど、自分自身もずっと暗いところにいるような人間だと思っているから。決して華やかでキラキラしたところにはいない人間だと、思っているんですよ。だから、たとえば地下でも海の底でも暗いところでもどこにいても良いので、その人なりに前を向いて欲しいというか。自分も後ろ向きですけど、“一緒にがんばりたい”っていう気持ちはありますね。

●そのキッカケに自分の歌や音楽がなれば良いというか。

黒岩:そうですね。何かしらでそういう人の“そばにいたい”という気持ちはあります。別に歌や演奏がめっちゃ上手いというわけではないですけど、自分の中で音楽はすごく重要なものなんです。私から音楽を取ったら何が残るかなっていうくらいで…。大袈裟ですけど、それくらいのものですね。

●それが伝わってくる作品というか…“その人にしかできない音楽”になっているなと思います。

黒岩:本当ですか…良かった(笑)。根拠はないんですけど、心に何かしら抱えている人には絶対に届く気がしていて。今までにもたまたまライブで観てくれた人が「救われた」と言ってくれたことがあったんです。そういうこともあって、絶対に歌い続けたほうが良いなと思っています。

●実際にそういう反響をもらうことで、自分が音楽をやる意味をより深く感じられている。

黒岩:そうですね。やっていくうちに“自分ってこういう人なんだ”と気付いたりもして。歌うことで“あっ、私ってこうだ! 生きていて良かったな…”と思うこともあるんですよね。

Interview:IMAI
 
 
■黒岩あすか – 海(MV)

 
 

 
 
 
 

黒岩あすかの作品をAmazonでチェック!!

 

  • new_umbro
  • banner-umbloi•ÒW—pj