2016年、とある企業が「音楽をやっている社員を応援する」という異色のプロジェクトを立ち上げた。その会社は、コールセンターなどのサービスを提供する大手企業・KDDIエボルバ。音楽をやっている社員が希望すれば、その楽曲を配信サービスに登録し、手数料なども会社が負担するという異色の太っ腹企画は、どのようにして生まれたのか? 夢を応援する会社はどのような社風なのか? 今月号ではその真相を探るため、KDDIエボルバの代表取締役社長 中澤 雅己氏と、同プロジェクト「ハタラク」×「オンガク」に応募したookubofactoryの大久保日向氏の対談を行った。 (取材/文:山中毅、写真:美澄)
株式会社KDDIエボルバ
代表取締役社長 中澤 雅己
KDDIエボルバは旧KDDの国際オペレーション開始から63年にわたり、コールセンターを中心としたアウトソーシングサービスや人材派遣サービスを全国区で提供。2014年の社長就任以来、近年はSMSやチャットなどを駆使する「オムニチャネルソリューション」や、ITインフラを中心としたソリューション分野への参入など、これまでのコールセンターサービスに縛られない領域へも挑戦中。企業ビジョンとして『Workcreation!(ワークリエーション)-未来の「働く」をクリエイトする-』を掲げ、多様なサービスや働き方を追求しながら、イキイキ・ワクワクできる会社を目指している。
「エボルバで、あなたの夢かなえませんか」 プロジェクト 第1弾
「ハタラク」×「オンガク」
http://www.evojob.com/dream/
ookubofactory
Vo./G.大久保日向(写真左から2人目)
GELLERSでベーシストを務める大久保日向率いるバンド。「dubバンドをやろう」と言った事をきっかけに、フジロックのルーキーステージを目指して曲を作り、泣きのメロディと意外性のある歌詞が満載の大久保の曲に、ハヤシ(G./nhhmbase)、岡崎英太(Ba./ex:YOMOYA)、ヤノアリト(Dr./H Mountains)といった界隈の実力者が集まり活動中。
ookubofactory
http://ookubofactory.tumblr.com/
●まずは中澤社長のご経歴を教えていただけますでしょうか?
私は北海道の生まれで、大学進学のために上京しました。それから、就職でいろいろと紆余曲折がありまして、結局KDDIのもととなるIDO(日本移動通信株式会社)に入りました。そこでいろいろと経験させていただいた訳ですが、最終的には経営戦略本部長を経て、2年半前にKDDIエボルバの社長に就任しました。
●大久保さんのご経歴は?
私は高校生のときからバンドを始めまして、そのバンドは今も活動しているんですけど、バンドを続けたいと思って高校卒業後に音楽の専門学校に入りました。そこで録音技術の勉強をして、その技術を活かすためにスタジオに就職したんです。バンドを続けるためということもあり、アルバイトで働いていたのですが、結局アルバイトだとあまりお金が貯まらないんですよね。そこでちょっと限界を感じて、生活をするために飲食店で働いたり、DTPのアルバイトをしていたのですが、“もう少しちゃんと働きたい”と思うようになり、今35歳なんですが、26〜7歳のときに携帯電話関係の会社に就職しました。
●なるほど。
その会社では携帯サイトの運用などをしていたのですが、すごく残業が多い仕事で、そうすると音楽ができなくなって。だから音楽を続けるためにその仕事を辞めて、6年くらい前に音楽と仕事の両立ができそうだと思ってKDDIエボルバに入りました。
●大久保さんから見て、KDDIエボルバはどういう会社ですか?
シフト制の仕事だから時間の融通が利く、というところが大きな特徴だと思います。それに音楽をやっている方が多数いらっしゃいます。バンドマンや俳優さんなど仕事の外でも活躍されている方が多くて。自由だし、その上で安定した生活もできる会社だと思います。
●なるほど。ところで今回の“夢プロジェクト”は中澤社長の発案だそうですね。
そうですね。当社の社員の方たちの経歴を見てみると、すごい高学歴の方もいれば、特別な技能や才能を持った方も結構いらっしゃる。そういう方たちも私と同じようにみなさん紆余曲折があって、ご縁があって現在KDDIエボルバで働いてくれているんですね。だから彼らの才能や能力を伸ばしてあげたいと思いました。KDDIエボルバが、自分の夢をかなえたり、自分がやりたいことができる場所になればいいなと。今回、“エボルバで、あなたの夢かなえませんかプロジェクト第1弾 「ハタラク」×「オンガク」”の企画を始めたのも、すべてが今集っている人たちの才能を活かしたいという想いがベースになっています。実は現在のリーダーや管理職の中でも、以前はそれなりに活躍していたミュージシャンの人もいるんですよ。
そういう話を聞いていて“社員の才能を活かせる方法は無いかな?”と思っていて、「あなたは何か夢を追いかけていますか?」というアンケートを社内で取ってもらいました。その結果“夢を追いかけている”と答えた人が全体の6%くらいいましてね。
●6%ですか。
たぶんそういう質問はなかなか正直に答えにくいと思いますので、だいたい1割くらいの人は働きながら何かの夢を追いかけているのだろうなと。その1割の中で音楽関係、いわゆるミュージシャンになる夢を持っているのが4割でした。
その次に多いのが俳優で約3割。要するにミュージシャンと俳優を目指している人がほとんどなんです。
ミュージシャンがいちばん多くて、当社の関連会社でKKBOXというサービス(KDDIグループのKKBOX JAPAN合同会社が運営する定額制音楽配信サービス)もありますから、第1弾は“「ハタラク」×「オンガク」”という企画にしようということで、話がどんどん進んでいきました。
●ただ、会社側から見れば“音楽”は業務外…要するに趣味ですよね。そこまでを会社が支援するというのは正直びっくりしたんです。
支援をして、我々のところから羽ばたいていって欲しいというのが本音のところですが、ミュージシャンや俳優になって成功して、もし年齢や何かの理由で限界が来れば、また我々と仕事をしてほしいとも思っています。そして先ほど大久保さんがおっしゃったように、生活基盤をしっかりと持ってほしい。夢も仕事も中途半端になれば元も子もないですからね。
先ほど言いましたように、現在の管理職やリーダーの中にもミュージシャンの道を諦めて仕事に専念した人間がたくさんいますので、そういう選択肢も持ってほしいなと思っています。
私の場合、売れる・売れないというのは別のベクトルで、ずっと音楽を続けるつもりで専門学校に行って勉強して、仕事をして。“音楽を辞める”という選択肢はなく今まで来ました。
●音楽を辞めようと思ったことがないと。
はい。最初は友達と遊ぶきっかけとして音楽を始めたんですが、音楽はやればやるほど成果が体感できるし、若い頃から演奏したり聴きながら踊ったりして“楽しい”という感覚を身体で覚えてきた感じがあって。その中で評価も少しだけされたりして、達成感がだんだん病みつきになっていったんです。だから今も続けているというか。
こちらで働かせていただいている理由も同じです。KDDIエボルバの仕事もやっただけの評価をしていただけるというか。6年続いているというのは自分の中ではかなり長い方なんですけど、これからも働き続けることができたらいいなと思っています。
「いろんな働き方があっていいと思うんですよ! そういう人たちに“KDDIエボルバに来たらおもしろいよね”と思ってもらえるような会社にしたいですね。それをもっともっと拡げていく。それが私の夢です」(中澤)
●中澤社長、ookubofactoryの曲は聴かれました?
テクノっぽい感じで、我々の年代からすると馴染みやすい曲ですよね。
●ookubofactoryは「Don't Worry (feat. 吉田靖直 & うーちゃん)」という楽曲で今回応募されましたが、この曲はどういうきっかけでできたんですか?
TuneCore ookubofactoryページ
この曲は2年くらい前に作ったんですが、完成するまでに半年くらい時間がかかりました。
●半年も?
私は打ち込みの経験がほとんどありませんでした。もともとはバンドでベーシストをやっていたんですが、ookubofactoryでは電気グルーヴとか石野卓球さんのような、エレクトロニックな楽曲を作りたくて、独学で勉強して。
●「Don't Worry (feat. 吉田靖直 & うーちゃん)」はテクノっぽいサウンドとエモーショナルな歌が印象的だったんですが、曲を作るときは何か実体験や感情などをイメージするんですか?
うーん、特にイメージはないですね。“こういう音楽を作りたい”というところから曲を作ることが多くて、自分の感情を表現したいと思うことはあまりないかもしれません。
●もともとはバンドサウンドで曲を作っていたんですか?
はい。ギターの弾き語りで作って、打ち込みで入れるのはドラム程度だったのですが、やっぱりテクノとなるとなかなか思う通りにはならなくて。でも打ち込みは打ち込みのおもしろさがあって、ずーっと繰り返すだけで長く聴ける音楽を作りたかったんです。
●ということは、「Don't Worry (feat. 吉田靖直 & うーちゃん)」は大久保さんがミュージシャンとして現時点でいちばん表現したい世界観だと。
そうですね。自分の欲求の中にあったもの。なおかつ、世に出したいもの。流行りとかには全然繋がっていないと思うんですけど(笑)、自分が聴いてきたものの中で“いい”と思ったものを、自分なりに作りました。
●そもそも今回の“夢プロジェクト 「ハタラク」×「オンガク」”を知ったとき、大久保さんはどう思ったんですか?
言ってみれば、会社は働いてもらう側の立場じゃないですか。でも仕事以外のことを応援する。そのバランスにびっくりしつつも、“どのような内容かな?”と興味を持って質問したんです。そしたら TuneCoreで配信すると。実はookubofactoryの楽曲をあるサービスで配信しているんですけど、TuneCoreは一度にたくさんの配信サービスを利用できるし、KDDIエボルバがそれを援助してくださると。
じゃあ一度やってみるのもいいかなと思って、応募してみました。もともと、仕事はきっちりとやって、プライベートで音楽をやるというスタンスのつもりでしたが、まさかそれが絡むとは思わなかったですね(笑)。
こういう企画をせっかくやるからには、我々を土台にして才能のある方たちが世に出るっていうのは、会社としておもしろいんじゃないかなと思ってます。だから是非、世の中に出るようなバンドやミュージシャンの方が出てきてほしいですね。
●おもしろい取り組みですね。
今回の“夢プロジェクト”は最初からプロジェクトチームを組んで、チームのメンバーが色々と考えてくれまして。私なんかは「有名になったら会社に利益を還元してもらうような企画はどうだ?」と最初に言ってみましたが、プロジェクトのメンバーに「社長、そんなことしたらダメですよ!!」と言われちゃって(笑)。
だからTuneCoreで配信して、そこで曲を購入されたらミュージシャンに収入が発生しますけど、会社側は一銭も取りません。
●ご英断です(笑)。
やはり現場に近いメンバーの考えていることの方が正しいというか、説得されました(笑)。
あとはこの企画をきっかけに、当社の社員がやっているバンドやミュージシャンが少しでも多くの人に知ってもらえれば嬉しいですね。
それがいちばん嬉しいです。でもこういうのがきっかけになって、他にも音楽活動をしている人が手を挙げたりとか、いろんな派生があると思うんです。そうなると一番いいですよね。
現時点で“「ハタラク」×「オンガク」”に25曲の申込みがありますが、だんだん増えてきています。最初に言ったように当社はミュージシャンが多いので、KDDIエボルバの繋がりで情報交換をしてもらったりしたら嬉しいですよね。グループ全体で社員は23000人おりますが、そこでみんなが音楽活動をされている方の情報を知ることができて、みんなで応援できるようになればいいなと考えています。
そうすると音楽仲間ができて、新しい何かが生まれたりもするだろうし。
●こんな会社、他にないですね。
確かに(笑)。実は私、同じフロアで別のチームで働いている方がドラムをやっていて、そのお手伝いをしているんです。
(互いのバンド活動を)サポートし合ったり。社風としても、そういう横の繋がりができやすい会社だと思います。
そういう感じで、我々ができることはしっかりとやっていきたいと思っています。だから大久保さんやミュージシャンの方たちから「こういうことをやってくれ」みたいな希望を出してくれるとありがたいですね。我々が勝手に思っているよりも、実際のニーズとして意見を出してもらうのが一番だと思います。
●社長としては、できる限り現場の意見を採り入れようというお考えが根底にあるんでしょうか?
というか、この企画は当社で働く社員ミュージシャンの方たちのためにやっているので、そのミュージシャンのみなさんがどう思われているのか、が一番大切じゃないですか。すべてそこ…現場ですよね。我々の仕事でいえば、コールセンターの現場やそれぞれの職場のみんながどう思っているか。だからどういう改善をしていくか。それぞれ場所によって違いますので、1つ1つ良くしていく。それが経営のベースだと思っています。
「週5日働いて、その中で音楽をやって、花が開いたら開いたでいいし。やっぱり仕事だけでも音楽だけでもない、両立が大切だと思っていて、それが自分の中ではすごく安心するし、その状態がずっと続けばいいなと思っているんです」(大久保)
●お二方にお訊きしたいのですが、今回の企画は“夢をかなえませんかプロジェクト”ということで、それぞれの“夢”を教えていただきたいんです。
私の場合、目標としては“人生で10枚アルバムを作りたい”と思ってます。
今はまだ2枚なので、これからも長く音楽を続けていきたいと考えてます。
●いいですね。社長はいかがでしょうか?
私が就任する前からKDDIエボルバにはビジョンがあります。2020年までの中期ビジョンとして『Workcreation!-未来の「働く」をクリエイトする-』を掲げているのですが、新しい仕事の仕組みや働き方を創っていく。まさに“夢プロジェクト”もその一環でして、音楽活動をしながら仕事をしていくという、“新しい仕事のやり方=未来の働き方”を創っていく。
あと、今準備しているのは「ニア宅」といって…これは“家の近く”という意味で“near”と“宅”を合わせた造語なんですが…郊外の都市でコールセンターの事務所と託児所を一緒にして働けるような環境を創っていこうと。
●すばらしい!
それに今は子育てや介護などのために週に2〜3日しか働けなくて、なかなか機会に恵まれない方も多くいらっしゃいます。
そういう方たちに週2日でも3日でも仕事に就いていただけるような仕組みを作ろうと思っていまして。いろんな働き方があっていいと思うんですよ!そういう人たちに“KDDIエボルバに来たらおもしろいよね”と思ってもらえるような会社にしたいですね。それをもっともっと拡げていく。それが私の夢ですね。
復興事業の一環として、農園をやって障がい者の方々を雇用しようと。だからいろんな人たちが働ける場所を創って、そういう受け皿をもっともっと作っていきたいと考えてます。
私、実は結婚していまして、子供もそろそろと考えているので、「ニア宅」のような取り組みはすごく興味がありますね。
「ニア宅」はまだ一箇所だけですが、今後は拡げていこうと思っていて。
すべての原点は最初に言ったように、能力や才能を持った方にたくさん集まってもらいたいし、そういう方たちが活躍できる仕事を作っていきたい。やっぱり商売というのは、近江商人の“三方よし”じゃないですけど、関わる全ての人にメリットがないと長続きしませんよね。だから“夢プロジェクト”もできる限り長く続けたいと考えてます。
それは私も希望するところです(笑)。自分もこの会社で働き続けたいと思っていて、その中で音楽を続ける。周りには音楽だけやっている方もいるんですけど、やっぱり生活はすごく大変そうなんですよ。
それよりも自分はしっかり週5日働いて、その中で音楽をやって、花が開いたら開いたでいいし。やっぱり仕事だけでも音楽だけでもない、両立が大切だと思っていて、それが自分の中ではすごく安心するし、その状態がずっと続けばいいなと思っています。だからKDDIエボルバのこういう取り組みが長く続いていくと、すごく楽しいなと思うんですよね。
●最後に、今日の対談の感想とそれぞれの印象を教えてください。
中澤社長はやりたいことをたくさんお持ちで、それをハッキリと表現されて、1つ1つ体現されている方で、それがすごいなと思いました。
でも私が「やろう」と言って失敗したこともたくさんありますよ(笑)。
一同:ハハハ(笑)。
でもトライ&エラーの繰り返しですよね。それがすごいと思います。
大久保さんはミュージシャンというより、エンジニアのような印象を受けました。破天荒なミュージシャン像ってあるじゃないですか。そういうのとは全然イメージが違いました(笑)。
●ステージでは変わるんですか?
いや、あまり変わらないかもしれません。ステージでは目をつぶって歌っているんです。客席を意識しないように。
「じゃあなんでミュージシャンやってるんだ?」という話になるかもしれませんが(笑)、ただ音楽が好きだからやっているんです。
※当対談の記念に、取材終了後大久保さんにはライブ時の服装、中澤社長にはバンドマンっぽい格好をしていただき、アーティスト写真風の記念撮影を行いました。
取材を終えて
約3ヶ月前にKDDIエボルバの採用ご担当者様から問い合わせがあり、誌面展開についての打ち合わせを重ねて今回の対談実現に至ったのですが、当方の悪ノリも含んだご提案がサクッと通り、まさかグループ全体で23000人もの大手企業の社長がJUNGLE☆LIFEにご登場いただけるなんて、そしてまさかバンドTシャツを着てギターを持った姿まで撮らせてもらえるなんて、(ふざけた提案をした私自身が)正直びっくりしています。自分に合った生き方を見つけ、自分に合った働き方を創り、やりたいことや夢を追い続けること。中澤社長の今回のお話、この対談&撮影をご了承いただいたご担当者の方々、そして夢を持ちながら働く大久保さんを通して、とても大切なことを教えていただいたような気がします。(取材/文:山中毅)