私が客員講師を務める茨城音楽専門学校で開催している『SOUND PRODUCE&PROMOTIONセミナー』今年は10月25日に、perfume、きゃりーぱみゅぱみゅ、capsuleなどの制作に関わっておられる音楽プロデューサー中脇雅裕氏を講師にお迎えして行われました。第一部は中脇氏による講演、第二部は私も加わった対談形式で、中身の大変濃い大充実の内容でした。
前回、前々回と2回に渡りお送りしてきたエンジニア萩谷真紀夫氏との対談、後編です。
樫村(以下、樫)レイテンシーがなくてバランスの良いモニター環境が構築出来たら、次はクリックがポイントかな?
萩谷(以下、萩)クリックをテーマとして取り上げたら、興味を持つ人が結構いるんじゃないですか?
樫)バンドのマルチレコーディングでは必ずクリックを使うと思っている人が多い気がするけど、本当に必要かなぁって思うことがたまにある。
萩)同じくです。
樫)クリックを使ったほうがリズムが安定するのは言うまでもないけど、必死にクリックに食らいつくんじゃなくて、余裕で合わせられるくらいのレベルじゃないとね。演奏が正確でも守りに入った感じになって、結果として、おとなしいこじんまりした音源になる傾向がある。
萩)バンドの雰囲気とか、方向性とか、ジャンル、スキルも含む経験値によっては、かえって使わないほうが味のある音源になることも多い気がします。
樫)アンダーグラウンド系のレコーディング、例えばオールドスクールのハードコアとか初期パンク、R&R、ロカビリー、サイコビリーなんかは、バンドと相談してわざとクリックなしで録ることもぼちぼちあるね。
萩)僕も昔、パンク系のロックバンドでドラムやってたんでわかります。駆け出しの頃、樫村さんのスタジオで録ってもらった時は、クリックなしでしたよね、確か。
樫)ああそうだったっけ、なつかしいね(笑)その音源の勢いは相当あったように憶えてるな。
萩)普段の練習、バンドでも個人でも、クリックをじっくり使った徹底的な練習をしたあとに、本番ではあえてクリックなしで臨むバンドもいます。全員が身体にしみこむまで徹底してクリックと向き合ってるから、相当なグルーヴを醸し出してる。
樫)熟練の技だよね。逆に、クリックを使っててもグル―ヴィーな演奏が出来るバンドは、録っていても本当に気持ちいいんだよね。
萩)こういう場合は、かぶりなしの3リズム一発録りで、後で歌入れしてもノリの良いテイクが録りやすくなりますね。
樫)音楽的でかつ攻めのRECね。プロとアマの差が出る。
萩)同期系のバンドについてはどうですか?僕はワンパートずつのバラ録りで、ノリや雰囲気を出すのって意外と簡単じゃないと思ってるんです。特に自宅録音で、ベースやキーボードのラインものを録る場合。
樫)同期の作り方も含め、一番こだわりたい部分だね。年々ジャンルを問わず、同期を取り入れてるパターンは増えてるから。
萩)ドラム打ち込みの場合まで含め、ライブでも生バンドと混じりにくいんですよね同期って。レベルも本当にピンキリで。PAに頼る前に、よっぽど上手に作りこまないとね。
樫)アレンジとか音色がしっかりしてても、オーディオ化する時に差がつくね。そしてセルフRECにおける第一関門って、録る時の「ディレクション」だと思う。
萩)当然といえば当然だけど、経験値は大きいです。プロの現場を経験してる人がいるのと、いないのとでは差がでますね。作業の進行具合とか、アーティストのメンタルケア、演奏力や録り音の限界の見極め、楽器の状態やチョイスの仕方とか、細かいところなんですけど結果大きな差になる。
樫)本格的なレコーディングを経験しないとわからない点なんだけど。だからこそ、こういう時代でもレコーディングスタジオの存在意義はまだまだあるんじゃないかな。
萩)最近はドラムだけレコスタで録って、あとは自宅で録るっていうのも多いです。僕もやりますけど。
こういうパターンもセルフRECと呼んでよいのか迷いますが。
樫)何にせよ「録り」が良ければMIX、マスタリングも絶対楽になるし、編集も最低限で済むと。
萩)本来のレコーディングの姿ですよね。
樫)可能であればだけど、少しでも有名なバンドのレコーディング現場を見学するのが一番勉強になるね。
【今月のちょいレア】
Symetrix 「528E VOICE PROCESSOR」
90年代前半に発売されたマイクプリ、EQ、ディエッサー、コンプ、エキスパンダーまで装備しているチャンネルストリップ。英国の有名アーティストも本番で使用している、知る人ぞ知る隠れた名機。当スタジオではモディファイしてさらにパワーアップしています。Vo.はもとよりスネア、ギターなどのRECにも効果大。特にコンプとディエッサーの効き方はワイルドさの中にもジェントルな質感が残る、他のどの製品にもないワン&オンリーな特徴を持つ逸品です。
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【樫村 治延(かしむら はるのぶ)】
STUDIO CHAPTER H[aus](スタジオ チャプターハウス)代表・レコーディングエンジニア・サウンドクリエーター。
レーベルWhirlpool Records(ワールプールレコード)、brittford(ブリットフォード)主宰。
専門学校非常勤講師、音楽雑誌ライターとしても活動。
全国流通レベルのレコーディング、ミックス、マスタリング、楽曲制作を年間平均250曲以上手掛ける。
スタジオについての詳細は http://www.chapter-trax.com/ をご覧ください。
当スタジオで一貫して制作されたアーティスト作品の一部をご紹介します。
エンジニアといたしましては、webや動画ではなく是非「CDで」音質をチェックしてほしい!!!
niente「unlace」
ポーティスヘッドやチャーチズ、J-シューゲイザー要素が加味された雰囲気のポストロック、ニューウエーブバンドのマキシシングル。ギターよりもキーボードの押し出し感が印象的。
Quartet of Death「Sorrow of Darkness」
北欧シンフォニックメタル+南米デスメタルが合体したネオラウドスタイル。ハイトーンのKOZAWAの存在感がすごい。世界20か国同時発売のラウドコンピレーションアルバムにも参加している。
後藤優子「HIKARI」
仙台在住の女性シンガー。JAZZ、クラシック、ポップスの名曲を、時代を超えてハイモダンに再 現。ソプラノながらワン&オンリーな声質が特徴。SHIZUKA氏の知的なトラックメイキング力も随所から感じられる秀作揃い。
Retorighter「蒸気ランプ」
エレクトロを取り入れたガールズギターロックバンドのアルバム。曲のバリエーションはもとより、大担なシンセアレンジが最大の聴きどころ。サカナクション、テレフォンズ好きにおすすめ。
shabby「それでも、咲くのを待っている。」
定番のギターロックサウンドに、Vo.EHARAの独自の声質と歌の世界観がカレイドスコープのようにカラフルに絡む。初々しさの中に多大な可能性を感じる一枚。無心で楽しんで欲しい。