キングレコードが80周年を迎えた2012年、講談社とタッグを組んで新たな女性ボーカリストを発掘するために開催したオーディション“Dream Vocal Audition”でグランプリを獲得し、11/21にシングル『スクランブル』でデビューを飾った泉 沙世子。生きていく中で生じる葛藤や悩みを、不器用ながらも自分なりに受け止め、乗り越えようとしていく彼女の等身大の歌は、聴く者にたくさんの力を与えてやまない。2ndシングル『境界線/アイリス』のリリースを1/30に控えている彼女に、2ヶ月連続で迫るインタビュー企画。今月は、シングルと曲作りについて訊いた。
●11月に取材させていただいたとき、「遠回りしてきた分、“デビューおめでとう”と祝われるのは嬉しいけど、デビューはスタート地点だから、自分としてはこれからだと思っている」とおっしゃっていたじゃないですか。そういう部分の心境に変化は出ましたか?
泉:実際にリリースしても本当に変わらず、嬉しいという感覚はあるけど、どんどんどんどん“ちゃんと結果に繋げていきたい”という気持ちもあります。『紅白歌合戦』とか、年末になるとテレビで歌番組が増えるじゃないですか。
●なんとか歌謡祭とかありますね。
泉:そういうのを観て、“今年も出られていない! 今年も私は観ている側だ!”と、毎年年末は憂鬱になるんです。
●ハハハ(笑)。“師走ブルー”ですね(笑)。
泉:好きだから歌番組は観るんですけど、観る度に落ち込むというのがあって。今年ももちろん観ている側です。それでも、去年とは違う気持ちで観ることができるようになりました。
●他人事ではなくなってきたわけですね。
泉:いつ実現するかは分からないけど、切符だけは手にしたような気持ち! …切符というか、権利かな?
●この線路は繋がっているぞと。
泉:そう! 途中で切れてはいないぞって(笑)。そういう意味で、ふわふわと喜ぶというよりも“これを叶えたいし、これも叶えたい”という欲みたいなものが出てきたというか。
●夢が目標になったというような変化でしょうか?
泉:そうですね。どんどん増えていっています。
●いい意味での緊張感がある状態なんですね。
泉:プレッシャーとかではなく気は張っていますね。でも宛てや目標がない時期よりも張りがあって、好きな気持ちというか…いい気持ち!
●言いたいことは分かるけど、相変わらず表現がざっくりしてますね(笑)。
泉:フフフ(笑)。
●歓迎すべき状態だということですよね。前回のインタビューで訊かせてもらいましたけど、泉さんは高校を卒業してから歌を作るようになって、最初は恋愛の悩みや悲しいことを歌っていたんですよね。
泉:そうです。
●でもそれは“どうも自分っぽくないな”という違和感があって、いつの頃からか生きていく上での葛藤や悩みといった、普段の自分が心に抱いているものを歌うように変化したと。
泉:変わりました。
●今回、1/30にシングル『境界線 / アイリス』をリリースされますが、この2曲はタイプは違いますけど、生きる上で感じる想いや葛藤を歌っていて、決してウエルカムではない気持ちを音楽にしているじゃないですか。泉さんは一体どういう感じで感情を音楽にしているのか訊いてみたかったんです。多分自分の中にいろんな種類の感情がある気がするんですよね。それをどういう風にチョイスして、どういう風に曲に落とし込んでいるのかなと。どちらの曲も、泉沙世子らしさ…ネガティヴからスタートした気持ちや視点…が出ているじゃないですか。泉さんにとって、音楽を作るというのはどういう作業なんですか?
泉:M-1「境界線」を作っているときは、雰囲気的にはピアノを弾きながら歌っていく感じだったので、アレンジも音圧でガーッといくよりは声が先に耳へ届くようなものにしたくて。
●曲が出てきた時点でそういうイメージがあったんですね。
泉:そうですね。声がいちばんに前に立つような感じにしたくて。それで、歌詞はふんわりと“こっちの構想かな〜?”というイメージがあった上で、この映画(※「境界線」は映画『さよならドビュッシー』主題歌)を観たら…。
●あっ、映画を観てから作ったんですか?
泉:観る前から原曲はあったんです。その原曲がもともと持っていたふわっとした雰囲気が映画にハマる感じがあったので、そこに向けて組み立てていくことにしたというか。
●デモのような状態で原型だけはあったと。
泉:そうですね。“境界線”の意味は、人との間に勝手に線引きして、勝手に壁を作ってしまうということなんですよ。そういう気持ちでこの曲名にしていて、曲全体のイメージとしては友情でも親子でも恋人でも何でもいいんですけど、大きな無償の愛を書いたんですよね。
●無償の愛か。なるほど。
泉:それは私自身が欲しいもの。もちろん貰ってはいますけど、本当にしんどいときに“しんどいけど、こんなにも暗い悩みを打ち明けたら引かれるんじゃないか。重くて相手が受け止めきれないんじゃないか”っていう気持ちが、人と付き合っていく上で常にあるんです。「なんでも言ってね」って言われても、“そうは言っても、ほんとに言ったら受け止めてくれないでしょ”っていう風に思ってしまう。
●誰に対しても“この人と私の境界線はどこか?”を常に意識しているということですか? “これ以上は越えたらダメ”とか?
泉:そうですね。意識しちゃうんです。遠慮もしてしまう。でも、越えて来てほしくないっていうわけじゃなく、私自身が越えたくないんです。自分から絶対に言えない性格なんですよね。
●でも自分がそういう性格だと、ぐいぐい越えてくる人は少ないんじゃないんですか?
泉:そうですね。だからそういうときに「越えても大丈夫だよ」って、「越えてもぐしゃっと潰さないし、ちゃんと受け入れるよ」という言葉をかけてほしくて。そういう気持ちを書いたのがこの曲ですね。
●なるほど。
泉:頼っていいし、もたれていいし。“あなただけは潰れちゃいけない”っていう歌詞は、命が大事だとかそういう大きなものじゃなくて、ピンポイントに“あなた”。そしてピンポイントに“私”。本当に“あなた”が大事であって、“あなた”だけは他の人と違って、しっかり1対1で心に畳み掛けるような想いで作りました。
●今おっしゃったようなことを、まずは頭の中にイメージするんですか?
泉:そうです。私自身が安心して吐き出して、安心して寄りかかれる場所。あと、「離れない」とか「見捨てない」っていう言葉をかけてほしい気持ちも強くあって。多分、何をするにしても、“見捨てられるんじゃないか?”という気持ちがすごく大きいんですよ。
●何をするにしても?
泉:何をするにしても、ですね。そういうような、常に心の中にある恐怖を一瞬でもいいから払拭して、“いけるかも!”と思える言葉が欲しいなと思って。「私だけは離れない」とか「あなただけは潰れちゃいけない」という1対1の会話が作れたらいいなと思ったんです。
●メロディはいつ出てくるんですか? 言葉と一緒に出てくるんですか?
泉:そうですね。この曲は特に、語りかけるイメージで作ったので同時に出てきましたね。かつ、どこが映画とリンクしたのかというと…映画自体はミステリーなので、「こういう展開になったときのこの人の気持ちとリンクした」とか言っちゃうと映画のネタバレになっちゃうんですけど(苦笑)。
●ハハハ(笑)。この映画はミステリーなんですね。
泉:主人公の女の子は、あることをきっかけにとても大きな孤独感を抱いていて。例えば普通に生きていても、“私、本当はこういう性格なのにみんなが期待しているから…”といって、根暗なのに明るく振る舞ってみたり、本当は不安だけど出来る人のフリをしてみたり、何かになろうとする気持ちがあると思うんですよ。
●しんどいですよね、そういうの。
泉:そういうときに、“本当の自分は違うんだ”と弱さを見せてしまいたい気持ちと見せられない恐怖で孤独を感じてしまうことがあると思うんです。
●そういう気持ちが、もともと作っていた曲とシンクロしたわけですね。この曲は言葉とメロディが一緒に出てきたとおっしゃいましたが、そうではないパターンもあるんですか?
泉:M-2「アイリス」は言葉とメロディを別に作りました。Aメロとかは基本的に言葉と同時に出てくることが多いんですけど、この曲のサビはみんなで口ずさめるような、こういうイメージ!(と言って手を振る)
●一体感ということですか?
泉:そうです! みんなで合唱して一体感が生まれるような曲にしたかったので、パッと聴いて誰でも覚えられるようなメロディを作ろうと思って、まずはメロディから固めていきました。
●前回のインタビューで感じたんですが、泉さんは音楽に対して、歌っている内容に対する想いの比重がすごく大きい人だと思うんです。だから、音楽的に云々よりも伝えたい気持ちの精度を上げるというか。そこで興味深いのは、メロディがキャッチーかキャッチーでないかという判断は、どういう感覚でするんですか? メロディを作るのは簡単ですか?
泉:簡単ではないですね。
●「アイリス」のサビはキャッチーなものだと思うんですよね。
泉:私、普通に作ってしまうと、多分他の人にとっては覚えづらいようなものばかり作ってしまうと思うんですよ。
●泉さんのパーソナルなものをそのまま出すと、難易度が高くなってしまうということ?
泉:言葉のアクセント通りに、うわんうわんと波が付くようなメロディになってしまうんです。それをフラットにする努力を常に頭に置いていないといけないんです。
●ややこしくなるんですか? ラップみたいな感じ?
泉:ラップではないですね。
●じゃあ、フォークみたいな語りっぽいメロディ?
泉:うーん…自分の中ではそこで音程が上がることに気持ち良さがあると感じるんですけど、他の人が聴くと「なんでそこで上がるの? なんでそこでまた下がるの? さっきの行ではまっすぐいったのに、次の行ではなんでこうなるの?」っていう感じみたいで、覚えづらいらしいんです。
●なるほど。メロディの抑揚が、気持ちの抑揚と繋がっているのかな。
泉:「アイリス」は唱えて自分に暗示をかけられるような曲になったらいいなと考えたんですよね。お客さんが“諦めたりしない 負けたりしない”という歌詞を一緒に言いながら、“私は負けない! 私は諦めない!”と自己暗示にかかってくれたらいいなと(笑)。
●自己暗示(笑)。
泉:視点として“こうするんだよ”というより、自分自身に向けて歌うことによって、その気になっていけばいいなという気持ちで作りました。
●ベクトルとしては自分に向けて歌っているけど、聴いている人が一緒に歌うことによって、その人自身にも届くようになればいいと。
泉:そうですね。聴いた人自身も自分に向けて歌ってほしい。
●なるほど。普通に出てくるメロディは、他人からするとちょっと歪なものになってしまうわけじゃないですか。それを整える作業は難しいんですか?
泉:難しいし、自分の中では間が抜けたような気分になるんですよ。尖りを削って、字数の多いところを抜いていく作業なんです。だからディレクターの方とのやり取りで「なんか単調すぎません?」と言うことがよくありますね。
●シンプル過ぎると感じて。
泉:でも「これくらいの方が覚えやすいよ」と言われるんです。それは詞を優先させているからかもしれないですね。そこであまりにも平坦にし過ぎて引っかかりのない言葉にするのは勿体ないというか、自分的に切ないものがあるので、ある程度の歪さは削りすぎずにいきたいというか。
●それが自分の個性ですもんね。やっぱりそういうメロディの方が歌いやすいというか、気持ちを入れやすいんですか?
泉:そうですね。最近すごく思うことがあるんです。
●おっ、そういうこと聞きたい。
泉:気持ちって、複雑じゃないですか。喋っていても“この言葉って微妙に違うんだ”とか“私の知っている単語では表現しきれない”っていう想いがすごく多いと感じていて。
●泉さんはニュアンスで話されることが多いですもんね。1つのことを色んな例えで説明したり、擬音が多かったり(笑)。
泉:“これでもないし、これでもない”と思ったら、「◯◯◯のような」とか「今は◯◯と◯◯の間くらいなんですよ」というような言い方になるんです。でもやっぱり人から言わせると、「◯◯と◯◯の間だったら、つまりこれでしょ?」って言われるんですけど、“これじゃなくて◯◯と◯◯の間なんだけどなあ”っていう想いが自分には常にあるんですよね。
●うんうん。
泉:それを代用して整えてしまうと、違うものになった気がしてしまうんです。だから、“これでいいか”じゃなくて、なるべく自分の気持ちに近いものを1つ1つ責任を持ってチョイスしていきたいと思うんです。
●それと曲にタイアップが付く場合、お題に沿って作ることになるわけですし、何かしらにインスピレーションを受けた上で作るから、100%自分の気持ちというわけにもいかないこともあると思うんです。そういう作り方は、泉さんにとってどうですか?
泉:「アイリス」の場合はファッションショーの『神戸コレクション/東京ランウェイ』のテーマ曲なんですが、“神戸コレクション”に行く女の子のイメージが私の中にあって、自分とぴったり合うかと言われるとそうではないんですよね(笑)。
●ハハハ(笑)。
泉:でも、年代的にも性別でも重なる部分は絶対にあるだろうと思ったし、最初から「違う人間だし」とか「私とはタイプが違う」とかは絶対に言いたくなくて、重なる部分はどこなんだろうかと摺り合わせをして、共通点を探すところから始めました。無意識に寄せようとしていた部分があったと思うし、偏見も入っていたと思うし。
●偏見とは?
泉:イメージとして“ピカピカ”というか、“キラキラ”しているイメージがあって、初めに書いた歌詞はすごく違和感があったんです。“なんか嘘くさいな…”と。
●きっと寄せようとして無理が生じたんですね。
泉:その後、素で書いてみようと思って書いてみたら、逆に擦れすぎているというか、「スクランブル」のAメロみたいに哀愁が漂いすぎていて“これも違うな…”と。
●うん、あの哀愁感は“神戸コレクション”とはちょっと違うと思う(笑)。
泉:そういう感じで、こっちへ行ってそっちへ行って、最後にやっと“ここや!!”って見付けたポイントが「アイリス」のメロディになったんです。歌詞については、自分と重なっている部分を探して書いたので、自分と全然違う歌詞というわけではないですね。でも自分よりはちょっとキラキラしている。
●「アイリス」を初めて聴いたときに泉さんのポジティブな部分が集約されているというイメージがあったんですよね。例えば「境界線」や「スクランブル」と核は一緒なんだけど、出ていく方向が違うというか。
泉:そうですね。最初、歌詞はもっともっと前向きな感じにもしたんですが、やっぱり嫌で。最初の歌詞を読んで、“こんなことを言われたら絶対にしんどいわ!”って自分で思ったんです。キラキラしたものを見ても、会場を出た瞬間“あんな風に綺麗になりたいけど、私なんて…”って思う子も絶対にいるし、“ああいうのに出たいな”とか“ああいう人は素敵な恋愛をしているんだろうな”って思っても努力をできない自分がいるとか、卑屈な部分が絶対にあるんじゃないかと思ったんですよ。人によって表れ方は違っても、そういう部分は私も持っているものだと思ったから、こういう歌詞になりました。
Interview:Takeshi.Yamanaka
Assistant:Hirase.M