START OF 10'S GENERATION
2010年、音楽シーンには次から次へと綺羅星の如く新たな才能が芽吹いており、“テン世代”の出現に胸を躍らせている音楽ファンも多いだろう。このムーヴメントが今後大きなうねりになるのかどうか現時点では未だわからない。ただひとつ言えることは、今までのフォーマットに当てはまらない規格外(本人たちは規格外とすら思っていないのだが)の個性を持った若い世代のアーティストたちが今後どんどん台頭するだろうということ。テン世代…彼らは強いオリジナリティと豊富な知識、そして柔軟な対応力と根元的な普遍性を兼ね備えている。色々な時代の様々な情報を同時に(そして瞬時に)知ることが出来る2010年代、YouTubeやMySpaceなど音楽を知るための“ツール”が普及し、情報が溢れ過ぎているが故に“本当に良いモノを選ぶための審美眼”が必要とされてきた今の時代だからこそ育まれた個性と言えるのではないか。
2009年1月にリリースした初音源集『WHITE LIGHT』で産声を上げ、同年11月にリリースした1stミニアルバム『BREATH THE BEAT』で可能性の片鱗を見せつけたHaKU。平均年齢22.5歳、四つ打ちのビートを基盤に“人力エレクトロ・ロック・サウンド”と称されるライブ感を兼ね備えたサウンドスケープを作り出す4ピースロックバンド。彼らを知る人の数はまだまだ少ないかもしれないが、そのライブを1度でも観れば、その音を1度でも聴けば、4人が秘めている可能性の大きさを実感できる。
彼らの音楽は既存の“ディスコ・ロック”とはまったく趣が違う。同期モノを一切使わず、インプロビゼーション性の強いバンドアンサンブルと強靱なグルーヴ、精度の高いブレイク、辻村の中性的で個性的な声が描き出す流麗なメロディと独特な歌詞世界、そしてそれを増幅させる三好のコーラス。そういった様々な要素を絶妙のバランスでブレンドしてバンドが持つポピュラリティでコーティングし、2007年7月結成という浅いキャリアからは考えられない完成度の高さを持つと同時に、1年後2年後の姿がいい意味で想像出来ない余白と異物感も併せ持った音楽を作り上げている。彼らのライブを1度でも観れば、彼らの音源を1度でも聴けば誰もが疑問に思う。いったい彼らはどのようにして今のようなバンドになったのだろうか?
ROOTS OF HaKU
結成当初のHaKUは、“人力エレクトロ・ロック・サウンド”と称される今のサウンドとはかけ離れた場所で活動を開始した。
「R&Bみたいなことをやってました。歪みは使わないし、まったくノレない(笑)。30分間ずーっとミディアム〜スロウな曲ばかりやってて。特に“こういうバンドをやろう”とか考えてなかったんです。たまたま最初に始めたのがそういう感じだった」(辻村)
専門学校の同級生だった辻村と藤木によって始まったこのバンドは、コンセプトが無かったが故にセッションバンドとしてスタートしたという。ヘヴィメタルとR&Bというルーツを持つ辻村は元々プレイヤー志向ではなく、照明を勉強するために専門学校に入学した。だが、照明という仕事に自分の可能性を見い出せず、1年で学校を辞めようと考える。
「でも辞める前に1回だけ記念でバンドやろうかなと思って、藤木とセッションして遊び始めたんです。それがおもしろくてドラムが欲しいということになり、長谷川を誘って。その頃からライブハウスで活動してたんですけど、最初は歌詞もメロディも無かったんですよ」(辻村)
「オケだけ決めてて、その日に出てくる言葉とメロディを辻村がぶっつけで歌ってました。サビだけはある程度メロディがあるんですけど、後はラップやトーキングスタイルっぽい感じ」(藤木)
バンドを開始してすぐ、地元大阪で開催されるオーディションの存在を知った彼らは、オーディションに参加する為に1曲だけ歌とメロディがあるオリジナル曲を作る。それは彼らの初音源集『WHITE LIGHT』に収録されている「夢見枕」の原形だったのだが、60組近い出演者が居るオーディションライブで彼らはいきなりグランプリを獲得。ベーシストが抜けて学校の後輩だった三好が加入して現在の編成となりつつ、大阪のライブハウスで即興性の高い楽曲を中心にしたライブ活動を開始する。その直後、現在のレーベルと出会って初音源集『WHITE LIGHT』の制作に取り掛かるのだが、まだHaKUというバンドの輪郭はぼんやりしたままだった。
「まったくのド素人で、レコーディングのなんたるかが全然わかってなくて。でも死に物狂いで頑張って。そこで生まれたのが、四つ打ちを主体とした音楽…今の原形ですね。お客さんを踊らせたいと思ったら、四つ打ちに辿り着いた」(辻村)
初音源集の制作過程でやっと自分たちなりの表現方法を見出した4人。そこで“人力エレクトロ・ロック”と称される、繊細且つダイナミックなHaKUのダンスミュージックが生まれたのだ。
「“人力エレクトロ・ロック”とか言われますけど、誰も同期とかで作ることが出来ないからこうせざるを得なかったんです」(三好)
「でもやってみたら、絶対にこっちの方がかっこいいと思う」(辻村)
「知らない間にみんなが人力で表現するダンスミュージックに取り憑かれた感じで、寛茂のギターを主体に考えることが多くなっていった」(長谷川)
「同期を使ってしまうと、やっぱりライブが難しくなってしまうだろうし。ライブを主体に考えてるから未だにこの方法なんだと思う。忙しいのは僕だけなんですけど(笑)」(藤木)
初音源集『WHITE LIGHT』で四つ打ちを基調とした人力エレクトロ・ロック・サウンドに希望を見出した4人だったが、実はライブが伴っていなかった。
「音源出してしまった。でもその曲をライブをやってみたらクソだった。本当に酷いライブをやって、それはすごく悔しいことで。こんなことじゃあダメだって。最初のツアーで対バンした色んなバンドさんから刺激を受けて。4人が4人とも“ライブバンドでありたい”という気持ちを強く持った」(辻村)
悔しい想いをきっかけとして、HaKUの中にバンドとしての自我が芽生える。音楽の道を志した4人が不甲斐ないライブをして“お客さんを踊らせたい”“もっともっと楽しませたい”と思うのは当然だった。
「最初のツアーで“ライブと音源、その2面性を持ったバンドになろう”という話を4人でして。僕らは天才型じゃないから努力しないとダメなんだって。スタジオも他のバンドよりもいっぱい入って、考えて考えて考えて」(辻村)
「週3日スタジオに入って、1日6時間やってます。リズム隊2人で1時間入って、その後バンド練習で5時間」(長谷川)
更に彼らは、音楽表現の延長線上に更なる理想を描くようになる。踊らせるだけではなく、聴かせるだけではない。辻村が描く独特な(ごくパーソナルな響きを匂わせながら、独自の視点で文学的な情緒をも感じさせる)歌詞の世界観。その世界観を最大限引き出すためには、高い表現力が必要となった。
「やっていくウチに、音楽で映画を見せたいと思う気持ちが出てきたんです。だからライブの中で起承転結を付けたりするようになった。やっぱり感じ方って人それぞれ違うから、別に僕たちのライブを観て悲しい気分になる人が居たとしてもそれはそれでいいと思う。2面性と言いましたけど、それはライブだけじゃなくて音源にも同じ様な感覚を持っている」(辻村)
努力と試行錯誤の末、彼らは1stミニアルバム『BREATH THE BEAT』を完成させる。同作を聴けばその恐るべき成長幅を実感できるだろう。我流かもしれないが、彼らは自分たちにしか出来ないやり方で、自分たちにしか出来ない音楽を作り上げた。彼らは自分たちが描く理想に対して貪欲に突き進んできたのだ。
PROOF OF HaKU
この2年間で目を見張る成長を遂げてきたHaKU。そんな彼らが7/2にタワーレコード限定でシングル『解放源』をリリースする。タイトル曲「解放源」は2010年になって彼らが初めて作った曲。同曲は、HaKUというバンドが持つ様々な要素が詰め込まれており、2010年現在の彼らそのものと言ってもいい。間奏での開放弦アンサンブルなど、結成当初を匂わせる即興的アプローチがあるかと思えば、キャッチーな歌メロを中心にしたポップ感も持ち合わせている。もちろん同期類は一切使っていないが、ギターを主体にして描き出した音像はダンサブルであると共に深い美しさを感じさせる。そして何より、彼らの最大の武器のひとつと言える辻村の中性的な声が最大限活かされたアレンジ。HaKUというバンドが持つポピュラリティの高さ、可能性の大きさを存分に味わうことが出来る。
カップリングの「tag」も含め、今作は新しい時代の幕が開いたことを告げる鐘の音の如く、シーンで高らかに鳴り響くのだ。結成してからたった2年、2010年代を象徴する若き才能は、これからいったいどのように飛躍していくのだろうか。HaKUが追い求めるのは、誰も到達したことのないKarman Line。そこから見える景色を、今後彼らは自らの音楽で表現していくことだろう。
interview&text:Takeshi.Yamanaka
※Karman Line
海抜高度100 kmを超える高度に達した人工物および人間を宇宙飛行を行ったと認定する、国際航空連盟が定める仮想のライン。このラインを超えた先が宇宙空間、この高度以下は地球の大気圏と定義される。
Ba./Cho.三好春奈
Dr.長谷川真也
G.藤木寛茂
Vo./G.辻村有記

TOWER RECORDS LIMITED Single 『解放源』
CALLING COMER
CLCM-0001
¥525(税込)
2010.7.2 Release